ジェシカが迷子になった日(二巻発売記念SS)
こわいよお……、ウィルコックス家の領主館よりも広いよ。
わたし、ジェシカ・ウィルコックスはアビゲイルお姉様が、下賜された王都の魔導伯爵邸に招待された。
わたしには三人のお姉様がいる。
お姉様達はみんなキレイで、頭がよくって、かっこいい。
その中で、一番、頭がよくて、かっこいい、アビゲイルお姉様はすごいお薬を作って、魔導アカデミーからも、王家からも認められて、この度、この大きなお屋敷をいただいたのですって。
すごいでしょ!
わたしとグレースお姉様がアビゲイルお姉様にご招待されて、このお家に来たのだけど……。
なんていうか……全体的に暗いの!
古いお屋敷を改装してる途中だからだよ、なんてグレースお姉様は説明してくれたけど、怖い。
お手洗いに行ったのに、迷子になっちゃったの。
助けてパーシー! パーシーがいたら怖くないのに!
「お姉様どこ~! グレースお姉様ー! アビゲイルお姉様ー! どこー!?」
廊下はすごく広いけど、窓が面してる廊下じゃないから暗い。
心細くなってきて、わたしは泣き出した。
廊下でうずくまって泣き出したけど、お姉様達を思い出した。
パトリシアお姉様もアビゲイルお姉様もグレースお姉様も、こんなことで泣かない。
わたしはすくっと立ち上がる。
――迷路の脱出は右手法っていうのがあるらしいけどね。
以前グレースお姉様がパーシーとお話していた。
あれは絵本で、迷路に迷う子供のお話を読んでいた時だった。
――遠回りだけど脱出できるっていう話をきいたことあるよ。
グレースお姉様はそういった。
――アビゲイルお姉様なら物理で破壊しそうだけど。
その言葉にパーシーも笑っていた。
その時、楽しかったなと思い出して、右手で壁伝いに歩き始める。
グレースお姉様って、楽しいことを言うよね。あと、すごく、物知りっていうか。知りたい欲がすごいというか。
グレースお姉様に魔力があったら、グレースお姉様もアカデミーに行っちゃってたんだろうなって思うぐらい。
魔導伯爵邸に来た時もおうちのデザインとかにやたら興味津々だった。
アビゲイルお姉様が実験とか薬を作ったりするから、なるべく太陽の光を遮断しているから、魔導伯爵邸はこういう作りなんだって言ってた。
貴族の令嬢が、そういうところに視点を置くのは珍しいって、パトリシアお姉様が言ってたな。
グレースお姉様の視点って、確かにそう。
そうでなければ、お父様よりも、領地を上手く治めたり、事業にかかわったり出来ないもんね。
――グレース義姉上が、現在ウィルコックス子爵当主代行できるのは、そういう知識欲とかもそうだけど、やっぱり度胸が違うんだよね。僕の実の兄よりも話が合うのは不思議。
いろんなところに行ってみたいとか思ってる節があるし。
パーシーもそんなこと言ってたな……。
――いろんなところに行っちゃったら、おうち帰ってこなくなるよ! ダメよ!
わたしがそう言ったら、パーシーは「それはないでしょ」って言ってた。
――グレース義姉上はジェシカや他の義姉上達のこと、大好きだし。戻ってくるよ。
そんなことをつらつらと思い出していたら、明るい回廊に出た。
「明るい! あ、お姉様!!」
庭に出る回廊にわたしは進み出ると、庭のガーデンテーブルにグレースお姉様とアビゲイルお姉様がいた。
「ジェシカ、迷子になっちゃったのね」
「もう~泣き虫なんだから~でもえらい、ちゃんと泣き止んで、ここに戻ってこれたのね」
「グレースお姉様が言ってた右手法をやってみたの」
ふんと右手をお姉様達に翳す。
「何? グレース、右手法って」
アビゲイルお姉様も知らないのね、やっぱりグレースお姉様って物知りかも。
「迷路に入って迷ったら、右手を壁伝いに歩くって教えてもらったの!」
わたしがそう言うと、アビゲイルお姉様も「この子に魔力があったら……惜しい」とかグレースお姉様を見てそうぶつぶつ呟いている。
そんな呟きは聞こえてないかのように、グレースお姉様はわたしを椅子に座らせて、甘いお菓子を取り分けてくれた。
「美味しいお菓子だよ、ジェシカ。うちの領地でも作れるかな~紡績関連でなんとかなったけど、美味しいものって、なんか幸せになるからね。ジェシカもニコニコ笑ってくれるんだもん」
アビゲイルお姉様の呟きがグレースお姉様の耳に届かないのは、きっとグレースお姉様が別のこと――どうやって領地を豊かにするか、あとはわたし達に美味しいものを食べさせたいかってことで頭がいっぱいだからなのかも!
わたしはこの時そう思った。
1月10日カドカワBOOKS様よりこちらの二巻発売されました。
なので記念SS公開。