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王都、商業地区の一等地にあるラッセルズ商会――。
先触れを出していたので、ランクが上の従業員が、わたしと伯爵様の来訪を知ると、恭しく本館の特別室へと案内してくれた。
現代日本でいうところの有名老舗百貨店の外商部門へのご案内~って感じよ。
普通、高位貴族なんかはここのスタッフを呼び出して、自宅でいろいろお買い物をするんだけど、まれに出先で必要なものを購入する~なんてこともあるわけで、そう言った場合にこの部屋に通されるわけ。
一般庶民や下位貴族とは扱う商品の額が違うからね。
身内というのも含めて、昨年までわたし個人がラッセルズ商会とはいいお取引をしていたし、今日はわたしだけではなく伯爵様もいらっしゃるから、これは当然と言えば当然の対応なのよ。
さて、ここにきたからには、普通ならばパトリシアお姉様が顔を出して下さるのだけど、特別室担当の従業員がわたしと伯爵様にお茶を給仕する。
わたしはその様子を窺うが、心なしか、従業員の顔は明るいような……。
え? やだ、パトリシアお姉様が不在なのに明るい様子ってどういうことよ?
「パトリシアお姉様は?」
「はい、パトリシア様はラッセルズ家本宅におります。トレバー様がじきに参りますので……本日はレーデル産の初摘み茶にオレンジフレーバーを加えたものでございます。爽やかな香りの一品ですので、まずはそちらをお楽しみくださいませ」
香りのいいお茶を飲みながら待てということか。
場合によっては、ラッセルズの本宅へ行こう。
「大丈夫だよ、グレース」
わたしの頭に軽く掌を乗せて、伯爵様はそうおっしゃった。
仕方ない……とりあえず、若旦那から買い付ける商品リストを確認していると、ほどなくして若旦那が扉を開けて入って来た。
「グレース!」
両手を広げて、こんなに感情的で明るい顔をしている若旦那は――パトリシアお姉様との結婚式以来では?
なんでそんなにご機嫌なのよ。
「トレバーお義兄様っ! パトリシアお姉様は?」
「ああ、安心してくれ」
安心?
パトリシアお姉様の体調が悪いと聞いているのに、安心とは?
「子供だ、子供ができた!!」
わたしはその言葉を聞いて、ソファから立ち上がる。
若旦那のこれまでにない晴れやかで嬉しそうな表情につられて、わたしも驚きで目を見開く。
パトリシアお姉様に子供!
結婚してから、1年目はまあいいが、2年、3年と、お姉様にはプレッシャーもあったはずだ。貴族ではないが、国一番の大商会の後継者は絶対に求められる。
「パトリシアお姉様に御子が……!」
「本人はいたって元気なのだが、私の親がかなり過保護で、大事にしろと」
そりゃそうだ。
たださえ、ラッセルズ商会の大旦那と奥方は、パトリシアお姉様のことを実の娘のように大事にしてくれている。
まして跡取りを懐妊したとなれば、多分、本人以上に盛り上がってるに違いない。
「うちはそうでもないが、取引先やらライバル商会がうるさくてね」
美人で、元貴族、社交、大商会の奥方業、時としては高位貴族のご夫人相手のお取引なんかも仕事として采配を奮い、そして実家への支援も怠らない――そんなパトリシアお姉様を娶った若旦那には嫉妬がつきもの。
口さがない連中は跡取りができないのでは……と、若旦那に当てこすりもしたことだろう。
聡明なパトリシアお姉様もその状態はきっとわかっていたはず。
いつだって凛として穏やかで淑やかで、ザ・貴婦人の態を崩さずいたパトリシアお姉様だって、そういうところは悩んでいただろう……。
「本当に? 本当ですか?」
「ジェシカの結婚式は絶対に出席するといってね、パトリシアを案じてうちの両親も付き添うときかないんだ! もう本当に、いまからそんな状態で……グレース?」
「よかったぁ……」
もう、ほんとよかった!
ユーバシャールに行く前から、パトリシアお姉様は調子悪そうだったし、まさか病にかかってとか思ったりもしたのよ。
でもそんなんじゃなくて、「おめでた」だからだったのね。
わたしは深々とため息をついて、若旦那を見上げる。
「おめでとうございます。お義兄様」
「おめでとう。ラッセルズ氏」
わたしと伯爵様がそう言うと、若旦那は目を細めて頷く。
「さて、そういうわけで、仕事の件はさっと進めて、今日はお二人を我が家にご招待したいのですが?」
その提案をわたしと伯爵様は笑顔で受け入れたのだった。
短いけど、区切りがいいので切ります。ごめん!
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