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 ブレイクリー卿は、翌日の早朝に再び採掘現場の村へと向かったと、朝食の時に伯爵様からそう聞かされた。

 うーん……どうなんだろう、やっぱり「気に入らねー女」とか思われたかな。まあね、社交界でさんざん嫌われてますからいいんですけれど。

 伯爵様とは、血は繋がらなくてもお兄さんだからさ……。

 伯爵様にはごめんなさいって感じよね。


「ごめんなさい」


 執事のマーカスが食後のお茶を給仕してる時にわたしがそう言うと、伯爵様は小首を傾げて「何が?」と目線で答えてくれた。


「ブレイクリー卿には、気に入られなかったようで……」

「グレースが他の男に気に入られるとか……俺がムカっとするからいいんだよ」


 さらっと言ったよこの人。


「ブレイクリー卿――イライアスはちょっとね、俺に対して反応が過剰。俺にかまわず、自分のことをなんとかすればいいのにね。フォースター侯爵夫人からのいいお話を蹴って、俺にあれこれと世話をやくのもどうかと思うし」


 あーあの、仲人趣味のフォースター侯爵夫人のお話を蹴っちゃってるのか……。

 かなり優良物件だものね、あの侯爵夫人のお見合い攻勢を凌ぐのってなかなかだわ。うん、王都で夜会があれば、彼女を盾にしようかな。


「俺より五歳上で、独身とか、問題じゃない? 彼女や婚約者の一人でもできればそっちに構うかなとは前から思ってはいたんだけど」

 いやー……あの人、半分は平民の血を引いている自分が、伴侶を貴族からって考えてないかもしれない……。ブレイクリー家の醜聞が他家に伝わる可能性は潰すって感じがする。

 だから婚約者とか彼女とか作らないのかも。

「多分先代のブレイクリー侯爵からレッドクライブ公に対して忠義をお持ちなのでしょう。現ブレイクリー卿も、伯爵様を大事にされたいのですよ。そう育ったのではないでしょうか」

「庶子なのに?」

「はい」

「アンジェリーナ様がレッドクライブ公の御子を成したらそっちに行くかな?」

「どちらも可愛い弟扱いでしょうね。少し過保護な」


 わたしがそう言うと、伯爵様は困ったようにため息をつかれた。

 その憂い顔も絵になるわー。


「真面目な方ですし」


 堅物で、真面目なんだろうなあ。

 食事前に領主館の執事のマーカス氏から、書類を渡されたのよ。

 ブレイクリー卿からだって事だった。

 ざっと目を通したけれど、スカイウォーク社に必要な物資とか、トロッコの車体のタイプ別の予算とか、採掘現場の村(町開発)のレイアウト候補とか……マーカス氏を介して伯爵様ではなくわたしにこれを託すということは、わたしの仕事ぶりは認めてもらえてるんじゃないだろうか?

 もちろん物資の手配はしますとも。この後すぐにね。


「口うるさいとか言わないんだな」

「弟が大好きなお兄ちゃんと思えば、理解できます。わたし自身も四姉妹の三女ですから。会話をしないとわかりませんよ。なので伯爵様、今日は、採掘現場方面でのダーク・クロコダイルの討伐をなさっては?」


 弟がお兄ちゃんを宥めるはありでしょ。

 わたしだってジェシカが可愛いから軽くケンカしたって、すぐに許しちゃう。

 ジェシカがそういう甘え上手なところがあるからなんだけど。

 伯爵様だって、そういう末っ子気質なところはあるよ、だから、話をすればいいよ。

 堅物で真面目で――弟バカな兄はすぐに機嫌が直ると思うの。

 わたしがそうだからね!


「……敵わないな……グレースには。でも、俺からもお願いがあるんだ」


 あら、なんでしょうか?


「今日は、この館にいてほしいな。俺が帰宅したら、『おかえり』って言ってほしい」


 伯爵様はちょっと照れてるのか小さい声で呟いた。

 ちょっとお~何この甘え上手な人~。今、心臓がずきゅううううんって撃ち抜かれたわ!

 もう、お留守番しますとも! わたしでよければ! ええ!

 ご無事のお帰りをお待ちしておりますよ!


「もちろんです。伯爵様」


 わたしがそう言うと、伯爵様の顔が近づいた。

 このくらい顔が近かったことはあるよ? 夜会とかではべったりだけど、普段の時、こんな顔近いことあった!?

 あわわと内心動揺していると、おでこにちゅって、リップ音がして伯爵様の顔が離れる。

 

「じゃあ行ってくる」


 そう言って、伯爵様はわたしの髪を一房だけ掬うように触れた。

 まるで、花びらにそっと触れるみたいに……。

 伯爵様の軍服の袖から、わずかにふわっていい香りがする。


「い、行ってらっしゃいませ」


 キスされたおでこに手をあてたわたしの姿を見て、伯爵様は楽しそうに微笑んでくれた……。

 さすが……アビゲイルお姉様曰く、ラズライト王国一の女ったらしっっ!!

 今のだけでメチャクチャときめいちゃったよ!



 ま、まあ、気を取り直して……。

 この領主館(仮宅)で本日はお留守番です。

 お留守番ならば、やっぱり、奥さんらしくお食事事情を考えましょうか。

 先日、伯爵様に提案してみたことを、料理人トマスに言うと、すぐに請け負ってくれて、計画を詰める。

 まず、水耕栽培――米作りにおいて担当してくれる農夫と場所の確保。


「なるほど~湖から水路を確保しての農作物ですか」

 トマスは袋に入った籾種を掲げながらそう言った。

「気候が違うから、一回でうまく行くとは思えないけれど、根気強く責任もって担当してほしいわけよ」

 わたしがそう言うと、執事のマーカスは頷く。

「数年前にラズライト王国領になった国の食物ですからねえ」

「でも、ここで作れれば、名産品になるわ。自分の畑作をやりながらでもいいのよ、でも、責任もってやれそうな人にまかせたいの」

「わかりました。心当たりが数人おりますので、頼んでみましょう。ところで、本日のお食事はどうされますか?」

「うーん、伯爵様って、何がお好きなのかな? 昨夜は喜んでくださったけれど、わたしもレパートリーはそれほどないのよねえ」

「はい⁉ また作るおつもりで!?」

「え⁉ 違うの?」

 え? 一緒に伯爵様の夕飯作ろうってことじゃないの? わたしがそう思うと、執事のマーカスが「ンンン」と咳払いをし、ヴァネッサがわたしに進言する。

「グレース様、このあと、兄ヘンリーとの打ち合わせ、ラッセルズ商会のユーバシャール支店代表との打ち合わせがあります」

「魔導アカデミーの方からも面会の先触れがきております」

 ヴァネッサの言葉に執事マーカスの言葉が続く。

 トマスを見るとほっとしたような表情をしている……。

 あ、あ~……勘違いか!

 なんだ、単純にわたしに食べたいものあれば作るよってことか! あはは……。

「トマスの料理は美味しいわ。期待してる」

 わたしがそう言うと、トマスはほっとしたように、頷いた。

「ではさっそくこちらを契約している農夫に依頼してきます」

「お願いね」


 わたしは執務室のデスクに頬杖をつく。

 今朝の伯爵様のことを思い返すと、なんというか、なんかしてあげたいんだよねえ。


 ――おかえりって言ってほしい……。


 ちょっと照れたような……はにかむような……そんな呟き――。

 当たり前のささやかなことを、あんなふうにお願いするなんて、やっぱりご家族とご縁がなさすぎて、そういうのに憧れてるんだろうなあ……。



……グレースさんがヴィンセントって呼んであげればいいんじゃね?


はい、ここで連投ストップです! マジすみませんっっ!!

なるべく早く18話とか19話とか続きをお届けできるようにがんばります。

ブクマとかいいねとか評価とかありがとうございます! 初めましての方も、よければぽちりとしてください!


こちらの話、2/9にカドカワBOOKS様より発売されます! 書店、電子ストア等でおみかけしたら、お迎えしてください。

よろしくお願いします! m(__)m


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