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 王都魔導アカデミーの歴代最年少で魔導伯爵位を叙爵したアビゲイルお姉様は、真っ赤な燃えるような髪を無造作に掻き上げて、玄関エントランス中央に進み出る。

 護衛についてきた騎士にクロードを取り押さえさせると、アビゲイルお姉様は、ガシッとクロードの顎を掴んだ。


「なんの御用なのよ。お坊ちゃん。確かに狭いけど、これでもここは一応貴族のタウンハウスよ? おまけにアンタが喚き散らしたのはこのあたしの姉と妹なの。それを知っての狼藉?」


「……ひっ……」


 おおう。

 まるで反社会の組織のボスもかくやという貫禄と迫力。

 パトリシアお姉様は正しく誇り高く貴婦人的な迫力はあるんだけど、アビゲイルお姉様はなんていうか……魔導伯爵っていう言葉どおり、得体の知れない迫力があるわけで。

 いまぶっわああって、わたしの全身に鳥肌が立ったわ!

 パトリシアお姉様よりも幾分薄いブルーの瞳を眇めて、アビゲイルお姉様はクロードを見下ろした。

 クロードは多分、顔の造作はいいが黒い眼帯の女性を間近に見たのは初めてよね。

 片目を黒の眼帯で隠してるから、なおさらその異様さが際立つ。

 魔導探求の為に、自らの眼球をも犠牲にした赤毛の魔女の名前は王都で知らない者はいない。

 王都の下町では「赤毛の魔女がさらいにくるかもしれないよ! はやくおうちに帰りな!」と子供を家に返す時に世話焼きの大人が常套句にするぐらいだ。

 間近にいるクロードならば開いた毛穴から一気に体液が漏れ出そうな感覚だろう。


 アビゲイルお姉様、相変わらずお元気そうで何よりですが……魔導伯爵位を受けた時よりも迫力がグレードアップしてる……。

 さっきまで喚き散らしていたクロードは、アビゲイルお姉様を護衛してきた騎士たちに身体を拘束されて、身動きができなかった。

 鍛えられた騎士と、貴族の令息だった彼とではその力に違いがあって当然だな。

 多分この騎士達は……アビゲイルお姉様の私兵だな。


「せっかく実家に帰ってきてみれば、わけのわからない男が玄関で喚き散らしているなんて、腹立たしいこと。どうしてくれようか」


 アビゲイルお姉様の言葉に答えたのはパトリシアお姉様だった。


「脳味噌の解剖あたりが適切かもね」


 その言葉にアビゲイルお姉様が、ぱあっと顔を輝かせる。


「本当⁉ ちょーど人体で試したかった魔法と術式があるんだ!! ユーシス、ダリオ、憲兵に引き渡して、受取人がいなかったら、あたしの実験検体で預かるって言っておいてね!!」


 護衛騎士の名前を呼んでそう伝えると、クロードはしゃにむに暴れて、ウィルコックス家の敷地から逃げ出していった。

 火事場の馬鹿力なのか、よくあの拘束を解けたな。

 いや、騎士達がわざと力を緩めたのか。そうすれば逃げ出すだろうと思って。


「捕らえてきますか? アビゲイル様」


 逃げてもいつでも捕らえることができるということですか。

 怖い人を護衛につけている……。


「今はいいわ。あたしの前にまた現れたらお願い」


 アビゲイルお姉様ならば本気で実験検体にするだろうな。


「お帰り。アビゲイル」

「ただいま、お姉様。先日はいい素材をありがとうございます。そしてグレース。すっかり子爵家当主の貫禄だねえ。ジェシカも元気になったね。顔色がいい。ピンクのほっぺがつやつやしてて、可愛いなあ」


 二番目の姉に頬を撫でられて、ジェシカは嬉しそうにしてる。


「わざわざ、アビゲイルお姉様まで……恐縮です」

「エインズワース新聞見たわよ。グレースの夜会服、素敵だった」

「わたし、わたしが見立てたの! 今度、アビゲイルお姉様の服も見立てたいわ!」


 ジェシカがアビゲイルの腕に手を添えてそう言うと、アビゲイルは破顔する。


「本当? 嬉しいよ」


 末っ子とすぐ上の姉のやりとりを見てわたしは尋ねた。


「アビゲイルお姉様。ロックウェル卿は何か急いで結婚しなければならない事情があるのでしょうか? 相手が私であるのが疑問です。ウィルコックス家の爵位は子爵。ロックウェル卿ならば、もっとそれなりの爵位の令嬢と結婚するものと思われます」


 わたしの言葉を耳にしたジェシカが、アビゲイル姉様の腕を掴まえたまま頬を膨らませる。


「アビゲイルお姉様、言ってくださいよ! グレースお姉様は、ロックウェル伯爵の申し込みに懐疑的なのよ!」 


 そう仰いますがね。

 だまし討ちのようにワルツを三曲踊ってみればわかる。


「懐疑的か……」


 なんですか、アビゲイルお姉様の、その可哀そうな子を見るような同情に溢れた視線は。


「確かに、グレースのことは職場で自慢したから、薦めたといえば薦めたような気がする」

「はい?」

「だってえ、うちの妹、美人で優秀なんだもーん」


 んん? どういうことなのよ。

 わたしの内心を読み取ったかのように、アビゲイルお姉様は微笑む。


「お前の婚約が流れて、婚期が遠のいたのって、あたしのせいも少しはあるからね」




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