「まったくあの女は、家の力を使ってばかりで!」「いやまて、それおかしくね?」
※突発的に思いついた短編になります。よろしくお願いします。
「それなら、王太子予算からあの子に贈り物するのはおかしくないか?」
「……言われてみればそうだな?」
王太子の執務室に顔を揃えたアホの子集団の中でも比較的まだましな王太子ジョシュアが、なるほどと手を打った。
金髪碧眼、絵に描いたような美形王子様だというのに、その表情はなんとも間が抜けている。
まあ、こんな表情も一部女子には受けているようだが。
「まてよ、それってどういうことだよ?」
「そうですよ、王太子であるジョシュアが好きに使って何が悪いというのですか」
残念なおつむをしている側近二人が食って掛かってきた。
流石におむつはしていない、はずだ。赤ん坊の方がましかも知れないが。
君達、一応高位貴族である公爵家と侯爵家で教育受けてんだよね?
という至極当然なツッコミを、俺は飲み込む。
賢そうな顔で眼鏡クイクイしてる侯爵令息アレックスは見た目だけで、言ってることは残念だし。
公爵令息であるグレイに至っては、言葉遣いからしてまず躾直されてこいと思うレベルだし。
しかし家格とプライドだけは高いこの二人に、さてどう説明したものか、と俺が頭を悩ます横で、ジョシュアがそれはもう得意そうな顔で説明をしてくださる。
「そんなこともわからないのか?」
……得意そうに言っているフレーズだが、それは普段家庭教師に散々言われている言い回しだ。
もちろんその場合は『そんなこともおわかりにならないのですか?』となっているが。
もしかしたら一度使ってみたかったのかも知れない。こいつが使えるタイミングなんて、そうそう無いからな。
「王太子予算とは、王家の人間だから与えられている予算。これを使うということは、つまり家の力を使っているということだ。
そこから贈り物をするなどあのテレーズがやっていることと同じだと、ロイドは教えてくれたのだ!」
「おお~!」
「なるほど、流石ロイド、学院首席の頭脳は伊達ではないですね……」
王太子であるジョシュアの言葉を素直に受け入れた二人は、感心と尊敬に満ちた目を俺に向けてきた。
……くっそ、こういうとこがあるから、このアホの子集団を見捨てきれないんだよな……。
しかしほんとにいいのか君達。しがない伯爵令息でしかない俺が首席な上に、ブレインとして機能しているこの状況は。
いずれはこの二人のどちらかが宰相にならにゃいかんのだが。……まさか、俺がこの国初の伯爵家出身宰相とかならないよな? まじ勘弁して欲しいんだが。
ジョシュアにくっついて何度か王宮に行ったことがあるけど、そん時見かけた宰相様、激務で疲労困憊だったからなぁ……。
「ということは、俺も公爵家の予算から出すわけにはいかないな!」
「私も、ですね」
ジョシュアの言い分に納得した二人は、うん、と大きく頷いている。
大丈夫かこいつら、将来絶対詐欺師に引っかかるだろ、と思った回数なんて、数えるのはとっくにやめた。
それよりも、将来引っかかった時にどれだけ損害を出さないようにするか考えた方がなんぼかましというもの。
……それ、本来俺じゃなくて家の人が躾けるなり何なりすべきことだよなぁ……。
とか考えてると、不意にジョシュアがはっとした顔になる。
「……まてよ? ということは、贈り物はどうやって買えばいいんだ?」
「え、ジョシュア、小遣いくらいためてねーの?」
「そんなもの、ミルキーへの贈り物と街での買い食いでとっくに使い果たしている」
「あ、実は俺も~」
おいまて、気楽に笑ってんじゃないぞ公爵令息。王太子殿下もだ。
高位貴族の小遣い使い果たすくらい貢いでるのも問題だが、それと同列に並ぶ買い食いってなんだよ、食い倒れ選手権でもやってんのかよ!
「ふ、二人とも買い食いとは、何とも下品なことですね」
「なんだよ、そういうお前は小遣い貯めてるってのかよ!」
「何をわかりきったことを。私の小遣いなど、眼鏡代でとっくにすっからかんですよ!」
「あ~、お前昨日も壊してたもんなぁ」
と、アレックスがまたクイクイやってる眼鏡は、確かに真新しい。
この時代、眼鏡なんて結構なお値段するってのに、そんなものを何度も買い換えたら、いくら高位貴族の小遣いでも流石に飛ぶよなぁ。
なんて思っていた俺の方に、いつの間にか三人の視線が向けられている。
「……ロイドはどうなんだ?」
「ふ、殿下、侯爵家の私ですらすっからかんなんですよ? 伯爵家のロイドがそんな……」
「いやまあ、それなりに持ってるけど」
「なんですって!?」
いや、そんなショックを受けた顔をせんでも。
アレックスはもちろん、ジョシュアもグレイも『驚愕』を絵に描いたような顔で俺の方を見てくる。
そんなに熱烈に見つめんなよ、恥ずかしい。いや、全然恥ずかしくもくそもないけど。
「は、はは、持っていると言っても伯爵家のロイドのことです、大した金額では……」
「大体こんなもん」
「なんですってぇぇぇぇ!?」
ぷるぷる震える指で眼鏡を押し上げるグレイに、騎士の給料三ヶ月分くらい貯まっている通帳を見せれば、驚きのあまり強く押し上げすぎて眼鏡が顔にぶち当たり、フレームが歪む。
……これ、また買い直しとかじゃないよな? 直せば多分つけられるよな?
「うえっ、めっちゃ貯めてんじゃん!? ロイドすげー!」
「うむむ……まさかこんなに小遣いを貯めているとは……」
それぞれに感心するグレイとジョシュア。
ここで『そんだけあるならくれ!』と来ないのは、育ちがいいからだろう、きっと。
「これだけあれば、ミルキーへの贈り物には事欠かないな……」
「いや、流石にこの程度じゃドレスとか無理だからな?」
もちろん男爵令嬢である奴の身の丈にあったものであれば余裕で買えるんだが、あの女、もうそれじゃぜってー満足しないだろうからな……。ついでに言うと、買ってやるつもりはこれっぽっちもないし。
「それでも、ちょっとしたアクセサリーなら十分じゃないか」
「だよなぁ、羨ましい。どうやってこんだけ貯めたのさ?」
むむむ、と眉を寄せるジョシュアの横から、グレイが身を乗り出してきた。
当然ジョシュアも、アレックスも興味津々である。
かかった。
俺は内心でほくそ笑みながらも顔には出さず、和やかに応じる。
ああ、我ながら貴族様が板についてきつつあるなぁ。
「ああ、冒険者登録をして、週末はダンジョンに潜ってるんだよ。そこで結構稼げてさ」
「なるほど、だから週末は誘っても都合が合わなかったのだな」
納得顔のジョシュアへと、俺はゆっくり頷いて見せる。
ちなみに、ミルキーとの集団デートに巻き込まれたくないから、というのも大きいのだが、そこは黙っておく。
この国、というか世界には、ダンジョンと呼ばれる領域がある。
迷路状になった洞窟の場合もあれば、地下に作られた迷宮であることもあったり。
場所によっては森林や山岳地帯が迷宮化したものもあるそうだ。
その存在を知った時に俺は思ったね。
『あ、ゲームの世界か何かに転生したんだな』って。
恥ずかしながら俺は元日本人オタクで、異世界転生ものにもそれなりに親しんでいた。
だから物心ついた時には『もしかして』と思っていたし、ダンジョンの話で確信した。
その後、学院入学の前くらいに側近候補としてジョシュア達に引き合わされ、『あ、乙女ゲーの世界だ』とも気付いたのだが。
なんせ、正統派王子様担当のジョシュア、やんちゃショタ担当のグレイ、眼鏡クール担当のアレックスとバリエーション豊かなイケメン王子と貴族令息である、きっとそうに違いない。
多分俺は騎士タイプ担当。うちの伯爵家、代々上位騎士を輩出してるし。自分で言うのもなんだけど、それなりに美形だし。黒髪黒目だから、メインヒーローではないんだろう、多分。
そんな家系なので幼い頃から鍛えていたし、入学前には冒険者登録をしてダンジョンに暇を見ては潜って将来を見据えてレベルアップにいそしんでいた。
もっとも、進路の選択肢は欲しかったので勉強もしていたのだが……こっちは前世知識のおかげでかなり楽をさせてもらった。
おかげで学院一の剣の腕と学力を併せ持つ、文武両道の鑑として不本意ながら有名になってしまっている。
……まあ、首席入学した時にはこっちの両親を嬉し泣きで号泣させたから、それはまあ良かったと思ってるけども。
で、そんな俺は王太子殿下の側近候補として学院では行動を共にすることが多いのだが……そのせいで、多分『乙女ゲー』の主人公なんだろうなというミルキーという少女にも出会ってしまった。
ピンクの髪で明るく前向きな平民出身の男爵令嬢で聖属性魔法が使える。後、かなりゲームの設定からずれてるであろう俺を見て怪訝な顔をしたので、多分前世の記憶持ち。役満である。
お約束通り、婚約者そっちのけでミルキーにのめり込んでいくジョシュア達。
贈り物というか貢ぎ物をしまくり、ついに王太子予算に手を付けそうになったところに、先程待ったを掛けたのが今の状況、というわけだ。
ただ、いずれはこうなるんじゃないかとは思っていた。
だからさっきの台詞も以前から考えていたものだったし、通帳も、こんなこともあろうかと以前から持ち歩いていたりする。
公爵・侯爵令息の予算となれば半分公的なものではあるが、まだ家の内側の話だから何とかならなくもない。
しかし王太子予算という公的なものを本来の用途外に使えば、誤魔化しようのないレベルで横領罪だ。
そうなってしまえばジョシュアの廃嫡にも繋がりかねないし、止められなかったということでうちの伯爵家にも累が及ぶ。
当然それは困るし、まあ、友人であるジョシュアが破滅の道一直線に向かっているのを止めないのも寝覚めが悪い。
かといってのめり込んでるこいつらは、ただでさえ持っていない聞く耳は絶賛家出中。
となると、打てる手は限られてくる。
「親父から修行として行っておけって言われてるしな」
「あ~、それうちも言われてる。そろそろ一回くらいはいかないとまずいよなぁ」
「私もです。攻撃魔法を習ったのだからと、最近は特にせっつかれてますね」
「君達もか。私も最近陛下から……となるとこれは、煩いお小言からも逃れられミルキーへの贈り物も買えるというナイスアイディアなのでは?」
ジョシュアの言葉にグレイとアレックスは、はっとした顔になった。
いいぞいいぞ、きっと俺が言うよりも効果的だ。
この世界では、魔力が高い故に貴族は尊ばれ、だからこそ有事となればその魔力をもって戦うことが求められる。
なので学院でも戦闘訓練はするし、明文化はされていないが、一度はダンジョンに行って実戦を経験することは貴族子弟の責務。
しかし、このアホの子三人組はまだ経験していない。
よくわからんが、ゲームを知ってるはずのミルキーが、全くダンジョン攻略に手を出さないんだよな。
もしかしたら、恋愛パートにレベルは関係ないのか? 単に面倒なのがいやなのかも知れないが。
そんなわけで未だに一度もダンジョンに行っていないことを煩く言われている三人組は、この話に乗ってくるんじゃないかと思ったんだが、大当たりだった。
「ダンジョンで稼いだ金なら、好き勝手使っても文句は言われないし!」
「ミルキーへの贈り物はもちろん、眼鏡をいくつ壊しても!」
「いや、それは壊れないようにしろよ……」
ツッコミは入れるけれども、グレイもアレックスも乗り気な様子を見て、俺は内心でしめしめと思う。
これで横領を防ぎ、週末ミルキーとつるむ時間を減らせる、一石二鳥の策。
ここまでは順調と言って良いだろう。
「ならば早速次の週末に行ってみようじゃないか!」
「いいねぇ、行こう行こう!」
「そうですね、賛成です」
即断即決なジョシュアに同調するグレイとアレックス。
こういう、リーダーっぽいところは王子らしいっちゃらしい。アホの子だけど。まあそこは俺が手綱を取ればいいだけの話だ。
「ロイドはダンジョンに慣れているようだし、案内を頼んでもいいか?」
「もちろん。最初からそのつもりだ」
じゃないと危ないしな。そうそう死にはしないと思うけど。
王家や高位貴族はもちろん、大体の貴族とその子弟はダンジョンで意識を失ったら自動的に所定の地点に転移するアイテムを持っている。
なので、超高レベルなダンジョンに行って一撃でミンチになるような一発をもらわない限りは大丈夫、なはず。
少なくとも、俺が案内するつもりの初心者向けダンジョンなら全く問題はない。
「ならば、早速今週末、ダンジョンに挑戦だ!」
「「おお~~!」」
音頭に合わせ、勢いよく腕を突き上げる三人。
いや、俺もついつい上げてしまったから、四人か。
まあ、うん。
なんだかんだ、俺だってこの三人のことを友人だとは思ってるのだから、これくらいはいいんじゃないかな。
付き合いきれないと思うことも多いけど。
そんなこんなで迎えた週末。
もちろん、このアホの子三人組がトラブルを起こさないわけがなかった。
「だあああ!! 突っ走るなって何度言わすんだグレイ! 離れすぎたら『ディボーション』が切れる!
ジョシュアは下がりすぎ! アレックス、天井だとかばっかりキョロキョロしてんじゃない!」
「いやしかしですねロイド、ここのダンジョンの建築様式や彫刻にはとても興味深いものが」
「こんな時だけインテリ発揮してんじゃないよ全く!」
大体こんな感じである。
俺が取得したスキル『ディボーション』によって、ジョシュア達が受けるダメージは俺が肩代わり出来る。
結構な高レベルになっている俺が、ゴブリン程度しか出ないここでの攻撃を受けるのだから、よっぽどのことが無い限りジョシュア達には毛ほどの傷も付かない。
はずなのだ。
だが、このスキルには有効距離があり、グレイはそれを以上の距離に突っ走りがち。
逆にジョシュアは遅れがちで、アレックスは前方不注意。
ちょっと目を離した隙に何が起こるかわからないスリリングな状況になっている。仲間のせいで。
もうこれ、怪我してもこいつらの自業自得ってことに出来ないかな。
出来ないよな。俺この中で一番下っ端の伯爵令息だし。騎士の家系だからって大人からは護衛騎士みたいに見られてる時あるし。
お貴族様といえども、付く相手によってはドブラック人生になるのである。
「ひええぇぇぇ! ゴ、ゴブリンがいっぱい!」
「だから突っ走るなっつったろうが! ああくっそ、ほら、こっち!」
ゴブリンの集団を引き連れながら慌てて逃げ戻って来たグレイの襟首をひっつかむと、ぽいっと後方に投げた。
『ぐぇっ』とかいう声が聞こえた気がしたが、知らん。聞こえなかったことにする。
ついで、床に衝撃波を叩きつけて近距離に範囲攻撃を食らわせる『ブレイクショット』という剣技を手加減して発動、ゴブリン達を吹き飛ばせば半数が一撃で落ち、残りはふらふらになりながら攻撃目標を俺に変えてきた。
当然、ゴブリン程度の攻撃なんて俺には通用しない。
「いいぞロイド、そのまま殲滅を!」
「したらだめだろ、お前等のレベルにならん! アレックス、攻撃魔法! ジョシュアも弱ってるやつを叩け!」
俺が指示を飛ばせば、アレックスが慌てて呪文を詠唱し始め、ジョシュアがおっかなびっくりゴブリンに斬りかかる。
何しろジョシュア達と俺ではレベル差がありすぎて、俺が倒したら彼らの成長に繋がらない。
よくわからんが、多分経験値みたいな何かがあるらしく、そしてそれは高レベル者が倒したおこぼれを低レベル者がもらう、いわゆる『吸い取り』行為が出来ないようになっているようだ。
この辺りもまた、ゲームの世界っぽい。
「グレイ、モンスターは一匹か二匹ずつ引っ張ってこい、それならジョシュアとアレックスで何とかなる!」
「わ、わかった!」
殲滅が終わりかけたところでまたフラフラと動き掛けたグレイへと声を掛ける。
流石のグレイも、ゴブリンの集団に追い回されたのは怖かったのか、慎重さというものを少しは身に付けたらしい。
そうやって何度かモンスターを倒したら、レベルアップしたのか度胸がついたのか、ジョシュア達も落ち着いて立ち回れるようになってきた。
勘の鋭いグレイが先行して罠や待ち伏せがないか調べつつ敵を釣り、俺が盾役として一旦止めて、アレックスの詠唱に合わせてジョシュアとグレイが攻撃。
これを何度か繰り返した後には三人でも倒せるようになり、俺は『ディボーション』をかけて万が一に備えるだけで良くなった。
『乙女ゲー』のヒーロー役だからか侯爵以上の家系で魔力が高いからか、アホの子三人組だがレベルアップは目に見えて速い。
となると今度は強くなったことで調子に乗るかと心配したんだが……。
「グレイ、あまり先行しすぎるなよ!」
「わーってる、そこの曲がり角の直前までにしとくから!」
ジョシュアの声かけに、気を悪くした様子もなくグレイが応じる。
どうやら最初のゴブリンの群れがよほど怖かったのか、お調子者のグレイが慎重なままなので、ジョシュア達も釣られてか油断を見せていない。
……ちょっとこう、子供の成長を見る親の気持ちになって涙ぐみそうになったのは内緒だ。
前世と合わせたら精神年齢アラフィフなんでねぇ……。
子供持ったことないけど。てか結婚したこともないけど。
そんなこんなで、道中時々ヒヤッとする場面もありつつ乗り切って、俺達は、というかジョシュア達は初心者向けとはいえダンジョンに初挑戦にして最深部到達を果たした。
そこで待ち構えていたボスはゴブリンの大型種、ホブゴブリンだったのだが……なんと三人組は俺抜きで撃破。
ついにダンジョンをクリアしたのである。
「やった……やったぞぉぉぉ!!!」
「あ、あははは、やった、やったぁ!」
「ふ、ふふ、こ、これくらい、当然、です」
「何言ってんだアレックス、お前眼鏡が涙でびしょびしょじゃねーか、前見えてんのか?」
「し、失敬な、これは涙じゃありません、心の汗です!」
喜びを弾けさせ、わいわいとはしゃぐジョシュア達。
俺はうんうんと後方腕組み『こいつらはわしが育てた』顔でその様子を眺めている。
いや、眺めてるだけじゃいけないな、ホブゴブリンのドロップを確認しないと。
そう思って倒れたホブゴブリンの身体を探ったところ、良い物が出てきた。
「……お。ちょっと見てみろよ」
俺の言葉に、ジョシュア達の視線が集まってくる。
そこにかざして見せたのは、薄い青色に輝く水晶。『アクアクリスタル』と呼ばれるものだ。
それを目にしたジョシュア達の目の輝きったらありゃしない。
正直に言えば、初心者向けダンジョンで取れるようなものだし、あまり高くは売れないものだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
今この瞬間において、間違いなくジョシュア達にとって最も価値のある宝石なのだから。
「な、なあ。これをミルキーに贈るのはどうだ?」
「いいじゃん、最高じゃん!」
「そうですね、きっと喜んでくれますよ」
その最高の宝物を、あの女に贈ろうとする辺りがこう……もやっとするところであり、こいつらを見捨てられないところでもあり。
この、誰かの為に何か出来る性質を、もっと他の方向に向けてくれたらなぁと思うのはしょっちゅうだ。
だけどまあ、今ばかりは黙っておこう。
保護者つきとはいえ彼らが自分の手で掴んだ宝物だ、どう使うかは彼らの自由でいい。
そう思っていた時もありました。
「え、『アクアクリスタル』じゃん。ホブゴブドロップの。しょっぼ」
ダンジョンから出たその足でジョシュア達が届けた『アクアクリスタル』を見たミルキーの第一声がそれだった。
このアマぶちころしたろか、と本気で思った。
抑えられたのは、俺の殺気を感じ取ったのかジョシュア達が必死になって俺にしがみついてきたから。
ちなみに、殺気にあてられたミルキーが床に染みを作って気絶するくらいだったんだが……それだけ本気で放った殺気の中で動けたジョシュア達は、やっぱり成長したんだなぁ、とどこかズレた感慨を覚えたのは後になってからのこと。
勿論そんな状況で長居するわけにはいかず、俺達は早々に男爵邸を辞した。
夕日を浴びながら帰る道すがらの空気は、そしてジョシュア達の足取りは、重い。
当たり前だ、自分達の宝物を、あんなにばっさりと斬り捨てられたんだから。
正直なところ、こうなるんじゃないかとは思っていたし、だから止めなかった。予想の斜め上をいかれたが。
目を覚ましてもらうつもりが、劇薬過ぎて致命傷だよもう。
もうちょっとオブラートに包めよ、今まで被ってた分厚い猫はどこいったんだよ。
それともあれか、思わず素が出るくらいにしょぼいアイテムなのか、『アクアクリスタル』って。
いやまあそうなんだろうな、多分あのダンジョン、最初のダンジョンとかそんなもんだろうし。
だからってなぁ……。
どう慰めたものか、あれこれ思案はすれども言葉にはならない。
そんな中で一番に口を開いたのは、やはりジョシュアだった。
「……あんな子だったんだな」
ぽつりと。力を込めるでもなく。
それだけに、心から言っているのがわかる声音で。
それを聞いたグレイとアレックスが、のろのろと顔を上げた。
三人とも、目が真っ赤になって折角の美少年が台無しになっている。
「今思い返してみれば、確かに高額な物を贈った時ほど喜んでましたね……」
「そういや、男爵家の人間が滅多に目にすることがないような高級品ほど詳しかった」
アレックスが思い出したように言えば、グレイもそれに追随する。
あの女がゲームをやっていたのなら、序盤のアイテムよりも後半に出てくる価値の高いアイテムの方が記憶に残っているだろうから、そんな知識の偏りが出るのもある意味当然。
そこを皮切りに、今まで気にしていなかった違和感がボロボロと出てきたらしい。
「考えて見れば、身分なんて関係ないとか言いながら、ミルキーが親しくしてたのって俺達とか高位貴族ばっかりだぞ」
「それも、令息だけ、ですね。令嬢達と話しているところを見たことがないような」
「『令嬢達が仲良くしてくれない』と言っていたことはあったが……そもそも仲良くしようとしていたか?」
そこへ放り込んだ俺の問いに彼らはしばし考え……力無く首を横に振る。
平民出身な上に多分元日本人の現代っ子だろうミルキーは、貴族令嬢としては言動が奔放すぎて浮きまくっていた。
仲良くしたいなら相手に合わせろよと思ったもんだが、自分がヒロインと酔いしれてる奴がそんな殊勝な態度を取るわけもない。
だから令嬢達から遠巻きにされていただけだったんだが、そのことにジョシュア達はやっと気がついてくれたようだ。
その代償に、大きな心の傷を負ってしまったようではあるが……。
「あんな子のために、私達は……くそっ、こんな、こんなもの!」
三人を代表して『アクアクリスタル』を持っていたジョシュアが、激高して声を上げ、手を振り上げ。
……地面に叩きつけるかと思ったが、ゆっくりと力無くその手を下ろし、その場に膝をついてボロボロと泣き出した。
それを見て堪えきれなくなったのか、グレイとアレックスが同じく膝をついてジョシュアの肩を左右から抱き、励ましの言葉を口にしようとして、言葉にならずおいおいと泣く。
同じ一人の少女にほのかな想いを寄せ、力を合わせてやり遂げた冒険を、その証を、その少女から汚された。
今や『アクアクリスタル』は、彼女に騙されていた過去の象徴でしかないのだろう。
それでも。
それでも彼らは、『アクアクリスタル』を打ち壊すことも出来ない。それは、もう一つの象徴でもあるのだから。
だから俺は、両手で拝むように持たれている『アクアクリスタル』に、手を重ねた。
「ジョシュア、ちょっと貸してくれ」
「ロイド……?」
返ってきた声と同様に力のないジョシュアの手は、あっさりと『アクアクリスタル』を手放す。
手にしたそれは、何だかずっしりと重く感じたけれど、気のせいでもないかも知れない、と言ったらロマンチストすぎだろうか。
俺が何をするつもりか当然わからないジョシュア達が茫洋とこっちを見ている前で、俺は懐から短剣を取り出した。
つい先日、他のダンジョンで見つけた高レベルエンチャントのかかっている、文字通りの懐刀。
ジョシュア達が何事か理解する前に、俺はそれを振るう。
キン、キンと澄んだ音が二回。
俺達の目の前で、『アクアクリスタル』は四つに割れた。
「ロ、ロイド、お前何を!?」
我に返って声を上げたジョシュアの目の前に、俺は一番大きな欠片を差し出す。
「俺達の友情の証に。……それじゃ、だめか?」
笑って見せた俺の顔は、ほろ苦いものが滲んでいたことだろう。
いくら俺でも、この空気の中で爽やかに笑うことなんて出来やしない。
そして、差し出された欠片を、呆然とした顔つきで受け取ったジョシュアは。
汗と泥にまみれてなお綺麗なその顔を、くしゃっと歪ませた。
「ば、馬鹿野郎、泣かせるんじゃない!」
「とっくに泣いてるじゃないか、それと言葉遣い!」
ぼすんぼすんと俺を叩いてくるけど、ちっとも痛くない。
いや、ちょっとだけ痛い。いつもの蚊が刺したようなのに比べれば、遙かに。
きっとこれも、ダンジョンでレベルアップした分なのだろう。
グレイに、アレックスにと渡していけば、二人とも同じようにボロ泣きである。
まあ、うん。俺もちょっと、鼻の奥がつんとした。
色々ぶちまけながら、ひとしきり泣いて。
それが落ち着く頃には、三人とも随分すっきりした顔になっていた。
男の子だって泣きたい時はあるのだ、きっと。俺の心はおっさんだけど。
少しだけ笑顔も見えるようになったところで、ジョシュアが俺達の前に手にした『アクアクリスタル』の欠片を突き出してきた。
何となくやりたいことがわかった俺達が、同じようにそれぞれの欠片を突き出せば、ぴたりと合わさって一つの塊に戻る。
我ながら上手く切れたものだと自画自賛したくなるくらいに、ぴったりと。
「この『アクアクリスタル』に誓おう、我らの友情を!」
「「「我らの友情を!」」
ジョシュアに合わせて唱和する俺達の姿は、あまりに青春すぎてどうにも気恥ずかしい。
けどまあ、たまにはこういうのもいいんじゃなかろうか。
はにかみながらも誇らしげな友人達の姿に、俺は柄にもなくそんなことを思ったのだった。
その数日後。
「テレーズ、本当にすまなかった!」
王太子執務室にて、ジョシュアは向かいのソファに座るテレーズ嬢に頭を下げていた。
ちなみに俺は護衛としてジョシュアの背後に控えている。
……ほんとに護衛騎士代わりに使われてんな、俺。
「あ、頭をお上げください、ジョシュア様。一体どうなされたのですか?」
座ったと思えばいきなり頭を下げられたテレーズ嬢は大慌て。そりゃそうだ。
何しろほんのつい数日前まで婚約者失格な態度ばかり取っていたジョシュアが殊勝な態度で頭を下げたのだ、困惑もするだろう。
だがジョシュアは頭を上げず、下げたままだ。
「いや、本当に申し訳ない。そもそも本来ならば私の方から公爵邸を訪問して、頭を下げねばならないところなのに!」
「そ、そこは、ジョシュア様もお忙しいですし、わたくしはついでがありましたし……」
頑なに頭を上げようとしないジョシュアに対し、テレーズ様はオロオロとし始めている。
この方のこんなところ、初めて見たな。
ジョシュアの言う通り、今までやってきたことを考えればジョシュアが公爵邸に赴き、謝罪すべき。
しかし今まではともかく、心を入れ替えたジョシュアは王太子としての教育、執務を真面目にこなし始めたため、本当に忙しくなってしまった。
ついでに言えば、お互いの準備もそこそこに公爵邸で謝罪などしてしまえば、王太子であるジョシュアが頭を下げたことがどこからか漏れてしまう可能性がないではない。
公爵邸の使用人であれば大丈夫かとも思うが、今までの行いが行いだから、テレーズ嬢の恨みを晴らさんとリークする可能性がゼロとは言い切れないため、仕方なく王宮の王太子執務室という国で二番目に機密保持がされる場所で謝罪をすることにしたのだ。
もちろんテレーズ嬢も忙しいのだが、彼女は王妃教育のため王宮に来ることもそれなりに多いため、失礼を重ねること承知の上で、執務室に来てもらっている。
ちなみに、テレーズ嬢の父である公爵閣下には手紙を出し、日を改めて謝罪に伺う段取りを付けている最中だ。
これらは当然ジョシュアが言い出したことではなく、俺の進言と仕切りによるものだ。
「それでもだ。形を整える時間よりもまずは君に謝罪することが優先と考えてこのような形になったが、本来ならば何としても両方を満たす形で謝罪をすべきところを、私の力不足で申し訳ない。
何よりも、今までの不義理、婚約者として、王太子として不適格と言われても仕方ない対応、本当に申し訳なかった。
許してくれとは言わない。だが、心を改めたことを知らせたく、こうして時間を取らせてもらったんだ」
おお、噛まずに言い切ったぞこの王太子殿下。
ジョシュアを幼い頃からよく知るテレーズ嬢の驚きはそれは大きく、おろおろと周囲を見回し、やがて俺へと視線が向く。
だが、俺は小さく首を振って見せるのみ。
言うまでもなく、これは俺が考えた謝罪の台詞……ではない。
ジョシュアにこんな長い台詞は覚えられないし、仮に覚えられても絶対棒読みになる。それも、ダイヤモンド並みにカッチカチの。
俺は、三日ほどかけて懇々と何が拙かったのを説いたのみ。
これらの謝罪の言葉は、説教の内容を踏まえてジョシュアが自分で考えた、心からの言葉だ。
……そう考えると、ちょっとまた鼻の奥がつんとしてくるな……。
付き合いの長いテレーズ嬢は、そこも理解してくれたのだろう。
困惑しきりだったテレーズ嬢は、やっといつもの微笑みを取り戻した。
「……わかりました、殿下の謝罪をお受け致します。ですから、もう頭をお上げください」
「テ、テレーズゥ……」
声の感じからしてわかっちゃいたが、顔を上げたジョシュアは涙を滲ませていた。
見えないところで泣いてたんだ、これはきっと演技じゃない。てか、演技なんて出来るやつじゃない。
それは誰よりもテレーズ嬢がわかっていることだ。
「本当にお変わりになられたのですね、ジョシュア様。いえ、元にお戻りになったと言うか……」
そう言いながら、ジョシュアの執務机を見るテレーズ嬢。
そこには、今まで積まれることなんてなかった書類が山積みになっている。
器用にこなすことは出来ないが愚直にやる、そんな姿を透かし見たテレーズ嬢が目を細めて微笑む。
と、その目が机の上に置かれたあるものに止まった。
「あら……殿下、あの水晶は?」
「え? あ、あれは……」
と、ジョシュアは『アクアクリスタル』を手に入れた経緯を話した。
もちろんミルキー絡みのところはカットである。偉いぞ。
「ということなんだ。調べて見たら、あまり価値のある石ではなかったんだが……」
「何をおっしゃいます。皆様が力を合わせて手に入れた、友情の証……何物にも代えられない、素晴らしい宝ではありませんか」
照れくさいのか、誤魔化すようなジョシュアの言葉を遮るように……いや、遮るというにはあまりに柔らかな声がかぶる。
机の上に置かれた『アクアクリスタル』の欠片を見るテレーズ嬢の眼差しは、本当に優しい。
それから、ゆっくりとテレーズ嬢はジョシュアに向き直って。
「本当に頑張りましたね、ジョシュア様」
労いの言葉と共に、慈母のごとき微笑みを浮かべた。
テレーズ嬢の言葉が重ねられた瞬間から硬直していたジョシュアは、呼吸すら止まっていて。
数秒ほど、執務室に落ちる沈黙。
それを破ったのは、ひくっとジョシュアの喉が鳴る音だった。
ボロボロとその目から大粒の涙が溢れ出して。
「ぶわぁぁぁぁ! ごめんよテレーズゥゥゥゥ、ごべんよぉぉぉぉ!!!」
みっともなく泣き叫びながら、ジョシュアはテレーズ嬢に抱きついた。
「えっ、ちょっ、お、お待ちくださいジョシュア様っ、こ、このような場所でっ」
お~お~、淑女の鑑と言われるテレーズ嬢が顔を真っ赤にして大慌てである。
ていうか別の場所ならいいんですかとか言いたくなったが、ぐっと我慢。後でジョシュアから処されかねない。
しかし良いのかこれ。婚約者同士ではあるが、年頃の令嬢に令息というか王太子が抱きつくのって。
『止めた方がいいですかね?』とテレーズ嬢の侍女さんに目で問いかけてみると、小さく首を横に振って返された。
表情は全く変わってないが、主であるテレーズ嬢の心情を知っている彼女からすれば、この光景はどちらかと言えば歓迎するものなのだろう。
……何を今更とか思われるとこまでいってなくてよかった、と心から思う。
そんなこんなで、ジョシュアとテレーズ嬢の関係は改善、あるべき姿へと戻った。ちょっと良すぎるくらいに。
ちなみにグレイやアレックスも婚約者に謝罪、同様の対応をされて関係の修復が出来たそうだ。
「どうしようロイド、謝罪のはずがテレーズのドレスを汚すなど逆に迷惑を!」
「いや、王太子予算から出してドレスをお詫びに贈ればいいじゃないか。婚約者にドレスを贈るのは正当な使い道だぞ?」
「そうか! 流石だなロイド!」
なんて相変わらずアホの子な面は残ってるが、それでも大分成長したんじゃないかと思う。
それから……唯一婚約者のいなかった俺だが、執務室でアイコンタクトをしたテレーズ嬢の侍女とお近づきになった。
彼女は子爵令嬢なので釣り合いも悪くないし、ゆくゆくは婚約することになるのかも知れない。
その後、ジョシュア達の前で本音ともう一つ、漏らしてはいけないものを二つもダダ漏れさせたミルキーは、それでもしょげずにアプローチをかけようとしてきたが、ジョシュアの傍についている俺を見るだけで足をガクブルさせるようになってしまったため、徐々に疎遠となっていった。
今は身の丈にあった子爵令息のイケメンにつきまとっているらしい。
また、ジョシュアについている影から報告されたらしく、後日国王陛下から非公式に呼び出され、礼を言われるなんてこともあった。
もちろんとても名誉なことだったが、同時にこうも思った。詰んだな、と。
そして、その予感は当たり、後年、王国中興の祖と言われる国王ジョシュアを支える初の伯爵宰相として俺は歴史に名を残すことになるのだが……それはまた別の話である。