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Victim change?『被害者の変貌?』

これからも毎日投稿続けます。




 雨が腫れた頬を滲ませて、ひりひりと痛んだ。濡れた全身が不快で、1mくらいの水路をにそって、走って家に帰ろうとした。


 傘も持たずに学校へ行った僕は、土砂降りに降られることになってしまった。僕の身に災難があると、追い討ちをかけるシステムがあるのだろか。


 頬が痛い。実を言うと、足も痛い。だけど一番痛いのは腹だ。何故なら()()()()()()()()()


 殴りがいがあって、普段見られないとなると、腹を狙うのも納得する。僕もいじめっ子の立場ならそうするだろう。何のために殴るのかは知らないけど。



 痛い思いをするのは嫌だし、周りの無視も辛い。こんな事をする彼らが憎かった。


 誰かを嫌いになる事はあっても、憎んだりすることはなかった。憎しみを抱きたいなんて、誰が望むんだ。自分の知らない、重くて血潮のような濁流が、胸に渦を巻く。


 「殺したい」と、そう思った。だけど、いくら殺意を持っていてもどうにもならない。実行した時のリスクが大きすぎる。


 夢は? 友達は? 将来は? 


 というか将来なんてあるのか? 僕はもう、自分の未来が暗闇に囚われている気がしてならなかった。


 だから、「殺したい」よりも「死にたい」気分が多かった。不安の解決を目的とするなら、この二択しかないらしい。


 誰にも打ち明けられない。大事じゃないんだ。すぐ終わるんだ。一日たったの一時間。それさえ耐えれば一日が終わる。言えば必ず大事になる。それの仕返しが怖いんだ。言ったとして解決は約束されてないじゃないか。解決されなかった場合、もっと暴力を振るわれるのに。



 横目に見える水路のかさは、どんどん上って、手を伸ばせば表面の水に触れられそうだった。汚いし、あんな勢いのある水に触りたくないけど。


 カバンの中にある勉強道具が心配だった。こんな雨に降られた後は、ドライヤーか何かで乾かした方がいい。少しヨレヨレになるノートを想像して、また気分が憂鬱になった。だけど、勉強道具が彼らの手によって捨てられたりするのも時間の問題だろうから。そう思うと、雨に降られるノートも教科書もどうでも良くなる気がする。


 苦悩によって苦悩を回避するなんて、馬鹿にするくらい奴隷の考えだと思う。彼らの行為に比べれば、何もかもが小さく見えた。例えば僕の網膜で(うじ)(かえ)ったとして、その不快感はきっと一生消えないだろう。それに比べれば、夏の夜に耳元で飛来した()の不快感は、薄れるものではないだろうか。


 頬が痛い。そういえば世界中の雨は全て酸性雨らしい。ひりひりとした痛みはそのせいなのだろうか。


 靴に水が浸透してくる。半袖のシャツがぴたりと肌に張り付く。身に起こる全てが不快だ。でも耐え切れる。


 腹の痛みを思い出す。そしたら他が楽になる。腹と頬をさする自分が可笑しくて涙が出そうだった。涙が……出そうだった。どこかの心理学者は言った。「泣くから悲しい」のだと。だから泣いては駄目だ。泣いたら悲しくなってしまう。


 涙を堪えて走って帰っていると、水路のフェンスに寄りかかる小学生くらいの女の子を見つけた。女の子の腰の高さしかないフェンスを見て、頼りないと思った。


 しゃっくりを上げるみたいに泣いているその子を見て、僕はもっと悲しくなった。悲しみは伝播するのだろうか。この場合伝染かもしれない。病魔に犯されたようなものだろう。精神病。


 僕は傘を差さずに水路を見るその子を心配して、ぐっと涙を堪えて喋りかけた。


 「大丈夫? そんなに近いと危ないよ」


 僕はこの子に、少し親近感を抱いていた。この子ならどうにかして、この腹の痛みに代わる「何か」を用意出来るかもしれないと、そう思った。


 僕は悲しみの同調を長く行ってなかったせいか、頼りない小学生の女の子に頼るしかなかった。いや、むしろ頼りないからこそ、僕は頼りたいと思った。この子はきっと僕を傷つけないから。


 何か水路に落としたのかもしれない。もし本当にそうなら諦めてもらい、もう帰ろうと諭す事ができた。だけど女の子はこちらを見て、そんな事は言わなかった。


 女の子は僕を見て、ランドセルに付いた防犯ブザーを鳴らし始めた。大雨が地面を叩く音と合わさって、犯罪をしているみたいだった。


 「ちょっと! 待ってよ!! 僕何もしてないじゃん! ねぇ!」


 僕が話しかけても、女の子は怯えるだけだった。その場から離れようとした女の子を見て、突発的に手を掴んだ。


 それにバランスを崩した女の子は、水路に呑まれてどこかへ消えてしまった。恐怖一色のあの顔を見て、吐き気を催した。



 防犯ブザーの音が消えた。もうこの場で、僕が犯罪者として誰かに呼ばれる事はない。あれだけ僕を陥れようとした悪意が、すっかり僕の前で消えてしまった。不安を解消してしまった。



 『悪意を摘み取ると、それ以上の悪意は、僕に及ばない』



 女の子を水路に落とした罪悪感はあり、それも憔悴したが、それ以上に明日が楽しみになってしまった。明日の学校。いじめの時間。


 僕は、台所のどこに包丁があるか、思い出し始めていた。階段から落とされた事も思い出した。窓から試してみようかな。



ご高覧ありがとうございます。

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