4.自由への欲望
動物園へは、夜行く事にした。
この地域の山には熊はいない。いるとすれば、猿、猪、鹿がメインだ。どの動物も、夜は寝てますように…そう願い、山へ侵入した。
縦縞ズを見て、顔は守ろうとフルフェイスのヘルメットを購入し、角材片手に夜道を歩く。ぱっと見はただの犯罪者だが、身を守るためには仕方ない。
静かに山道を歩く。動物園の外周を歩くだけだから、普段仕事で山を歩いている希星には、なんて事ない道のりだ。しかし、真っ暗な闇の中、ようやく慣れてきた目で歩き始めるが、パキッ…パキッと、希星が踏みつけ枝が折れる音だけが不気味に響く。上空の星空や月明かりなど木の枝に遮られ、僅かな灯りと微かな物音は、嫌でも希星に夜の怖さを思い知らせる。
それ程長い道のりではないはずだが、恐怖心と戦いながらの道のりは随分と長く感じた。
基本動物は昼行性だ。夜、警戒すべきはハクビシンか…?
何やらキーキーと鳴き声が聞こえ始めたが、俺は大丈夫なのだろうか…?
いくつもの視線を感じながらもようやく動物園へと着いた。ここは動物だらけだが、基本的に柵の中に入っているはずなのできっと大丈夫だ。そう自分に言い聞かせながら、希星は胸元の石を取り出した。石は淡い光を放ちながら、爬虫類館がある方角を示している。
意を決して一歩を踏み出すと、遠くからザッザッという音が聞こえてきた。目を凝らして見ると、猿の集団が、月明かりの中、瞳を不気味に光らせ、まるで集団行動のように規律の取れた動きで希星に向かってきているのが見えた。
その集団が20m程まで近づいてきた瞬間、『ニタァ…』と音が聞こえてきそうな気味の悪い笑みを浮かべたかと思うと、全員が一斉にバラバラの動きで駆け寄ってきた。
いや、あそこにハスラー踊ってる集団がいるぞ?!あっちは完全に星空デート中の奴もいる。なんなんだよ!
これはヤバい気がする!希星は慌てて逃げ出した。
足腰は鍛えている。歩くスタミナには自信はある。短距離もそこそこ早い自信はあるが、長距離を走り続けるスタミナには自信がない希星は、隠れられそうな所を必死に探す。
頭上とか案外死角だったりするから、木の上とか、いやいや猿を相手に木はまずい。じゃあ、建物の外壁に張り付くとかか…?
そう考えながら、猿達のいない方へいない方へ、全速力で走った。
そうすると館内と土産物屋を繋ぐ渡り廊下が見えた。
渡り廊下の屋根と土産物屋入り口の庇の間が、ちょうど良い隠れ場所になりそうだった。
まずは土産物屋横に設置されたトイレに入り、個室の小窓から外に出て窓枠に足をかけ、屋根によじ登る。
トイレの屋根の上を四つん這いで横切って、ようやく希星は張り出したコンクリートの上に身を横たえた。
(嘘だろ…。あんな不規則な動き、猿の動きじゃない…。目は焦点が合わないというか、黒目が白く濁ってたし、口からはだらりと涎が滴っていた…。それになんか黒い靄みたいなものが見えたけど)
とりあえず、呼吸が整うまでしばらく隠れていよう。時折聞こえてくる猿の鳴き声にビクビクしながらも、希星は身を隠した。
動物園だから、きっと猿以外にもいるはずだ。檻に入っててくれたらいいけど。
猿だけでこのザマか…。
それからどれくらい経っただろうか。おそらく数分しか経っていないのだろうが、希星には何十分と経っているように思えた。
希星は隠れていた場所からそっと周囲を確認した。気配はない。
よし、猿は巻いたな。なんとか逃げ切れそうだ。
そう思ったとき、遠くから『カポッ…カポッ…』と音が聞こえる。
よく目を凝らして見てみると、一頭の馬が近づいて来ているのが見えた。
いや、馬じゃなくてロバか?ロバと犬と猫と…雄鶏?
あれ?これって、ブレーメンの音楽隊??どんな話だったっけ?たしか森を歩いてて、泥棒達がご馳走を食べながら金貨を数えていた小屋を見つけて…。
とっとと逃げればいいのに、希星はどうでもいい事を考え込んでしまった。それが最悪の事態を巻き起こすと知らずに。
考え事をしてる間にロバ達は希星が隠れている場所の近くまで来てしまった。
すると、ロバの上にイヌが乗り、イヌの上にネコが乗り、ネコの上にニワトリが乗り、一つのタワーを作り上げた。そして、建物上部を確認するように視線をめぐらせた雄鶏と希星の目があってしまった。あ、と思った瞬間、一斉に大声で鳴いたのだ。
「ヒヒーン!」
「ワンワン!」
「ニャーニャー!」
「コケコッコー!」
まずい!
その鳴き声を聞き、動物達が再び奇怪な動きで集まり始めた。さながらゾンビ映画のゾンビに追われている気分だ。
「ギャァァァァッ!!!なんなんだよ!くそぉぉぉぉ!」
なんだなんだ!身を隠す意味もなくなった。隠れていた場所から飛び降り、なりふり構わず走り出した。
ジグザグに走りながら、死にものぐるいで逃げた。
いつのまにか爬虫類館の近くまで来ていた。正門の前を走り抜ければ辿り着ける。ふと見ると動物園の正門の脇に身を隠した動物達が見える。出入り口は封鎖されているのだろう。
腰をくねらせながら待ち構えているゴリラの姿も見えて、方向転換しようとしたら滑って転んでしまった。顔を上げると視界の端に何かの影が見えて咄嗟に最後の力を振り絞って体勢を立て直してびょんっと横っ飛びに跳ねた。
それから駆け出そうとした足を捕まれ、引きずり戻される。なんだと思って見てみると、猿が足を押さえつけていた。希星は恐怖のあまり猿の手を蹴って手を外させ脱兎の如く逃げ出した。
目の前の爬虫類館へ逃げ込み、再び身を隠した。息を整えていると、胸元が光っているのに気づいた。何だろうとシューから貰った石『ラブストーン』を取り出すと、爬虫類館の一画を光の筋が指し示した。それは蛙の展示場で、よく見るとピンクの石のかけらが落ちていた。その石を手にした瞬間、石のかけらはシューから貰ったラブストーンに吸い込まれるように消えていった。
その瞬間、希星を中心に凄まじい光が広がっていき、一瞬にして元の暗闇に戻っていった。
(なんだったんだ??今の光は…)
外の気配が変わった。さっきまで動物の声が聞こえなかったのに、甘えるような戸惑っているような鳴き声が聞こえる。そっと外を覗くと動物達の奇行がなくなっていた。目の澱みもなく、変な靄も消えている。
(元に戻った…?)
その時、外が騒がしくなった。
「おい!何だったんだ?!今の光は?!」
ざわざわと人の気配が近づいてくる。まずい!と思い、希星は再び裏山へ向かい動物園から去っていった。
希星は、欲念珠の一つめを手に入れた。
初めてシューと約束した欲念珠を手にいれた。
本当にあったんだな…。欲念珠…。正直、シューの話など信じていなかった。ただ、ヒロインに会ってみたいな〜って邪な考えで旅に出たのだが…。
(あれ?本当に俺に未来の命運が託されてるのかな?)
今回の事件を思い返す。動物園で動物が大暴れ。自分達の意思ではなく、操られている様子だった。今回は動物だったけど、もし次は人間だったら…。
あれ?シューからの依頼、重い。重いぞ。まずいな。よし。
希星は かんがえるのを あきらめた
「よ〜し!次の欲念珠の所に行くぞ!待ってて!俺のヒロインちゃん!」
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