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俺にヒロインは訪れない  作者: 流風
21/25

20.喫茶店にて




 コツコツ、コツコツ。


 サイレンの音で周りが騒がしい中、アスファルトを叩く靴音はどこか軽やかだ。

 その足取りのまま、雨風に晒されて古ぼけたドアの前にたどり着く。黒くくすんだ看板には、古めかしい字で、『喫茶こもれび』と書かれている。


 ドア横に並んでいる食品サンプルをチラ見してドアの取手を握り、そのまま『押』のマークに従うようにドアを押した。


 からん、からん。


 懐かしいカウベルが鳴り響くと、香ばしい香りが鼻をくすぐった。そして、少し遅れて優しい声が耳に届いた。


「いらっしゃいませ。こちらの席をどうぞ」


 店の奥から、この店のマスターらしき人物が顔を出す。黒髪に少し白髪が混じり始めたマスターは見た目から美味しいコーヒーを淹れそうである。

 ちょうどランチタイムだったせいか、店内は満席に近かった。


「どうぞ」


 マスターに勧められるままカウンター席に座る。すかさず水とおしぼり、メニュー表を差し出してきた。


「サンドイッチのセット、まだありますか?」


「ああ、ごめんね。今日はもう無いんだ」


「残念。じゃ、ナポリタンでお願いします。あと、コーヒーも」


 注文を終えマスターが目の前からいなくなるとカウンターに肘を付き、手ひらの上に顎を乗せて、少し離れた場所でコーヒーを淹れるマスターを見つめる。


 ふあっ……と香ばしい香りが店内に広がる。


 いい香りだ。そう思いながらマスターの手元を見ていると、背後のグループから気になる会話が聞こえてきた。




「やたらとサイレンがうるさいな。火事?」


「最近、火事が多発してるらしい。放火って噂だ」


「さすが月偉るい、情報が早いな」


「サイレンのする方を見ていたら、周りのマダム達が勝手に教えてくれるんだよ」


「……隣に俺も立ってたのに、俺は無視だぜ」


「なんだ?希星すばる、マダムにモテたいのか?」


「モテたい!ラブラブしたい!彼女欲しい!」


「なんだ、そんなにモテたいなら、この櫻子様が女の扱いをレクチャーしてやろう」


「お断りします!」


「あ?可愛くないヤローだな」


「イテッ!痛い!ごめんなさい!助けて大和!」


 櫻子は青筋をたてながら、希星すばるにアイアンクローをくらわしている。その隣で、月偉るいと大和はいつもの事だと放置を決め込み食後のコーヒーを堪能していた。


「ラブストーンが指し示したのは、この街だったんだよな?」


「あぁ。最後の欲念珠があるのがここだな」


「そんな街で連続放火……欲念珠に関わりがあると思うか?」


「間違いなくあるだろうな。火事で亡くなった人が、13人いるらしいが……次の相手は快楽殺人者と思って間違い無いだろう」


「はぁ……そんなマジもんのヤバい奴が相手だなんて、いやだなぁ」


 大和と月偉るいの真面目な会話のバックミュージックよろしく、櫻子と希星すばるの謎会話が聞こえる。


「ほら、櫻子お姉様がキッスのやり方を教えてあげよう。ブッチューっとやるやり方だぞ。ブッチュー!」


「いやだ!近づくな!痴女!変態!」


「あ?変態ってのは、大和みたいな奴の事を言うんだ。私じゃない!」


「誰が変態だ!」


 真面目に放火魔(欲念珠)の心配をしているのは俺だけかと、軽く溜息を吐きながら、冷めかけのコーヒーに口をつける月偉るい。その背後にマスターがやってきて……


「あまり騒ぐようでしたら、すみませんが出てもらえますか?」


「「「……すみません」」」


 すでに食事も終わっていたため、騒がしい希星すばる達は喫茶店を追い出されてしまった。




 そんな希星すばる達を見てニヤリと笑う男がいるのには気づけなかった。

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