20.喫茶店にて
コツコツ、コツコツ。
サイレンの音で周りが騒がしい中、アスファルトを叩く靴音はどこか軽やかだ。
その足取りのまま、雨風に晒されて古ぼけたドアの前にたどり着く。黒くくすんだ看板には、古めかしい字で、『喫茶こもれび』と書かれている。
ドア横に並んでいる食品サンプルをチラ見してドアの取手を握り、そのまま『押』のマークに従うようにドアを押した。
からん、からん。
懐かしいカウベルが鳴り響くと、香ばしい香りが鼻をくすぐった。そして、少し遅れて優しい声が耳に届いた。
「いらっしゃいませ。こちらの席をどうぞ」
店の奥から、この店のマスターらしき人物が顔を出す。黒髪に少し白髪が混じり始めたマスターは見た目から美味しいコーヒーを淹れそうである。
ちょうどランチタイムだったせいか、店内は満席に近かった。
「どうぞ」
マスターに勧められるままカウンター席に座る。すかさず水とおしぼり、メニュー表を差し出してきた。
「サンドイッチのセット、まだありますか?」
「ああ、ごめんね。今日はもう無いんだ」
「残念。じゃ、ナポリタンでお願いします。あと、コーヒーも」
注文を終えマスターが目の前からいなくなるとカウンターに肘を付き、手ひらの上に顎を乗せて、少し離れた場所でコーヒーを淹れるマスターを見つめる。
ふあっ……と香ばしい香りが店内に広がる。
いい香りだ。そう思いながらマスターの手元を見ていると、背後のグループから気になる会話が聞こえてきた。
「やたらとサイレンがうるさいな。火事?」
「最近、火事が多発してるらしい。放火って噂だ」
「さすが月偉、情報が早いな」
「サイレンのする方を見ていたら、周りのマダム達が勝手に教えてくれるんだよ」
「……隣に俺も立ってたのに、俺は無視だぜ」
「なんだ?希星、マダムにモテたいのか?」
「モテたい!ラブラブしたい!彼女欲しい!」
「なんだ、そんなにモテたいなら、この櫻子様が女の扱いをレクチャーしてやろう」
「お断りします!」
「あ?可愛くないヤローだな」
「イテッ!痛い!ごめんなさい!助けて大和!」
櫻子は青筋をたてながら、希星にアイアンクローをくらわしている。その隣で、月偉と大和はいつもの事だと放置を決め込み食後のコーヒーを堪能していた。
「ラブストーンが指し示したのは、この街だったんだよな?」
「あぁ。最後の欲念珠があるのがここだな」
「そんな街で連続放火……欲念珠に関わりがあると思うか?」
「間違いなくあるだろうな。火事で亡くなった人が、13人いるらしいが……次の相手は快楽殺人者と思って間違い無いだろう」
「はぁ……そんなマジもんのヤバい奴が相手だなんて、いやだなぁ」
大和と月偉の真面目な会話のバックミュージックよろしく、櫻子と希星の謎会話が聞こえる。
「ほら、櫻子お姉様がキッスのやり方を教えてあげよう。ブッチューっとやるやり方だぞ。ブッチュー!」
「いやだ!近づくな!痴女!変態!」
「あ?変態ってのは、大和みたいな奴の事を言うんだ。私じゃない!」
「誰が変態だ!」
真面目に放火魔(欲念珠)の心配をしているのは俺だけかと、軽く溜息を吐きながら、冷めかけのコーヒーに口をつける月偉。その背後にマスターがやってきて……
「あまり騒ぐようでしたら、すみませんが出てもらえますか?」
「「「……すみません」」」
すでに食事も終わっていたため、騒がしい希星達は喫茶店を追い出されてしまった。
そんな希星達を見てニヤリと笑う男がいるのには気づけなかった。




