12.花よ導け
残虐な描写があります。
空は今にも雨が降りそうな程、暗い雲が覆っている。
3人は最初にセーラー服の少女を見た役場へと訪れた。他のゾンビと様子が違った彼女の近くに欲念珠があると判断したからだ。
少し離れた場所から役場内の様子を伺う。
役場内は、ほとんど人けがなかった。至る所に血痕とカラスの姿が見えるが、ゾンビの姿は見えない。そっと身を隠しながら駐車場内にある物置のような建物の影に移動した。日が当たらないその場所は、途端に暗闇が濃くなる。周りの建物には光もなく、あたりは薄暗い闇に落ちていた。
「希星、ラブストーンの反応は?」
「あの2階の隅の部屋の方角を指してるな」
「よっしゃ。いっちょ行ってみるか」
櫻子が気合いを入れたその時、不意にゾンビが歩いている姿が視界に入った。役場から移動したのかという淡い期待は無惨にも打ち砕かれた。
3人は物音を立てないよう、静かに…静かに建物内へと侵入した。薄暗い建物内、役場のカウンター向こうにはゾンビがいるらしく、「あ…あぁ…」という呻き声が聞こえてくる。至る所に争いの痕跡は残されていた。その建物内、身をかがめ見つからないよう進んだ。
櫻子は空気砲を構えたまま、足音を忍ばせて階段を上がっている。その後ろ姿からも、自分の発明品が活躍する場が出来た事に喜んでいる事がわかる。場違いなその姿に、最後尾から櫻子を見ていた月偉は呆れ、緊張を削がれていた。
階段を登った先の屋内は暗く、窓から入る明かりだけが頼りなのに日が差し込まない。ライトは持ってきたが、居場所がばれそうなため、ぎりぎりまで目立つ行為はしたくない。
二階に並ぶ部屋にもゾンビの気配があり、再び静かに進もうと考えていると、かすかな物音が聞こえた。
希星は息をひそめ、音の出所を探った。
音が聞こえたのがかなり近かった。忍び足でそちらに向かい、カウンターの影から聞き耳を立てる。中で何かが動いていた。
希星は逡巡したあと、カウンターから顔を少し出し、そっと覗き込んだ。カウンターの陰になっているのかゾンビの姿が見えない。しかし、かかすかな物音は、相変わらず続いている。
希星は深呼吸をして、心を落ちつける。
ずっと頭に少し血がのぼっているのがわかる。この異常な状況でアドレナリンが出て、やや興奮状態にあるのだ。
深呼吸をし心を落ち着かせ、低い姿勢のままカウンター内に入り込み中を除いた。
カーテンが引かれた薄暗い室内の奥、暗闇の中で腰の高さぐらいの何かが、かすかに動いている。襲ってくる気配もないため、そっと近づき確認しその正体がわかった。
四肢を切断された、女のゾンビだ。
首を壁のパイプにくくりつけられ、手足をミノ虫のように動かしている。顔は何度も殴られたようで、腫れあがり歯が何本も抜けていた。微かな呻き声を上げながら、ぼんやりとした瞳で希星を見ている。
その執拗なまでの仕打ちに、面白半分でやったわけではなく深い恨み、復讐のようなものを感じる。
この女性が、このドロドロとした世界を創り出した元凶なのだろうか。
「えげつねぇな……」
背後で思わず月偉が声を漏らす。
ゾンビと言えど人型の者に対する仕打ちではないと眉をひそめる。人の形をしたものを傷つけることには、それなりに抵抗があるのだ。
「世も末だよな、マジで……」
助けてあげたいが、どうする事が助けになるのか希星にはわからなかった。殺してあげるべきなのか…どうすれば死ぬのか…そもそも希星は手にかける事ができるのか…。
解決方法など、わからない。
(……俺も色々あったし…人のことは言えないけど、コレはさすがになあ……)
げんなりしながらも、このまま放置していく事に決めた。
そんな時、不意に、奥の方で扉の開く音がした。
咄嗟に身を隠し、廊下の奥を見る。ゾンビが2体ゆっくりとした足取りで近づいてくる。
「見つかっていませんように」そう願いながらカウンターの影に身を隠し息を潜めた。血痕で汚れた口元から微かな呻き声を上げながら、通り過ぎていくゾンビを見送った。
「ゾンビが移動したのではなく、共喰いして減った可能性はあるな」
月偉がボソッと言った言葉に、恐怖に似た冷たいものが背筋を襲う。
「とっとと欲念珠を回収してこの地獄を終わらせよう」
もう嫌だ。こんな地獄のような世界。必ず終わらせてやる。そう意気込み、廊下へと飛び出した希星が、カウンターの前で立ち止まる。
微かな物音が聞こえた気がしたのだ。
気のせいか?さらに奥に進もうとしたところで、3人の動きが止まった。
何かが壁にぶつかる、かすかな音。
トイレの方から聞こえてくる。
3人は櫻子を入り口に残し、希星と月偉で、物音のする方に向かった。
「希星、どうだ?」
「……トイレの中に誰が閉じ込められてる。十中八九ゾンビだな」
「じゃあ、このまま行くか」
「そうだな」
トイレの中ではカリカリと引っ掻くような音がしていた。希星と月偉が立ち去ろうとした時には静かになったが、ふいに壁を殴りつけるような音がして、急に騒がしくなった。狭いトイレという空間で人が暴れている音だ。希星と月偉の気配に気づいたのだろう。
この個室から出て行く知能もなくなってしまうのかと、悲しい気持ちになってきた。
もう一度、再び何かをぶつけるような音がして、それからまた静かになる。
「…行こう」
「あぁ」
再び廊下へと戻ってラブストーンが指し示す奥の部屋を目指すが…。
「やべ……」
トイレの反対側、カウンターの陰から、作業着を着たゾンビが現れた。首から下が、乾いた血でまだらに汚れている。
ゾンビは顔を歪め、入り口に残り見張りをしていた櫻子の方へ、歯を剥き出しにして近づいてきた。
「櫻子、逃げろ!」
希星が叫ぶ。ゾンビの突進を、櫻子は転がるように避けた。勢い余ったゾンビの体当たりで、そばにあったチラシの並ぶ棚がなぎ倒される。慌てて戻ってきた月偉が、倒れた櫻子を助け起こす。希星はゾンビに向かって近くにあった棚を薙ぎ倒し、ゾンビを下敷きにした。
「大丈夫か?!櫻子!」
「…大丈夫だ。すまん。油断した」
すぐに体制を立て直す。離れた場所では、ゾンビが棚の下から抜け出そうとしていた。奥の扉からは、もう一体のゾンビも現れている。
希星は周囲の空気が変わったのに気づいた。先ほどまで静まりかえっていた建物内のあちこちから、物音が聞こえてくる。先ほどの棚を倒した音がゾンビたちを起こしたようで、蜂の巣をつついたような、剣呑な雰囲気だった。
「希星!あそこを見ろ!」
廊下の先、1番奥にセーラー服の女の子が立っていた。
「あの子だ!」
「……へぇ、あの子かぁ…ふふふ」
「櫻子?櫻子…さん?」
不敵な笑み。なんだか怖い。櫻子のオーラが怖い。
「許さない…許さない…ふふ」
静かに空気砲を持ち上げたかと思うと、ゾンビに向かってぶっ放した。
「テメェら!よくも私の大事な発明品『ラブラブキャッチャー』をぶっ壊してくれたな!許さない!許さない!後で希星と月偉のラブラブBL度数を測ってやろうと思ってたのに!」
キーッ!とブチ切れた櫻子が暴れ回った。
「月偉、BLってなんだ?」
「…聞くな。気にするな。考えるな。この隙に欲念珠を回収するぞ」
どうやら、さっき倒れた時に発明品の一つが壊れたらしい。櫻子の暴走に若干引き気味の希星達は、セーラー服の少女に向かって駆け出した。
次の瞬間、横から女が突進してきた。デスクにぶつかり小物をなぎ倒しながら、カウンターを乗りこえようとしてくる。
そこに、月偉が箒の柄を突き出した。その柄が首を突きそのまま横倒しに倒れた。首の骨が折れたのか変な角度に曲がりながらももがいている。
ゾンビの突進に怯んで後ずさった体を、希星は立て直した。
「行くぞ!希星!止まるな!」
月偉とともに駆け出す。希星の前を走っていた月偉に向かって死角からゾンビが倒れかかってきた。そのゾンビにつまずき、月偉は転んでしまった。それを見て、セーラーゾンビはそれまでの緩慢な動作を一変させ、月偉に襲いかかる。押し倒された月偉の悲鳴が建物内に響き渡った。
「月偉!」
希星はセーラーゾンビを蹴り上げる。力が緩んだ隙に月偉がセーラーゾンビとの位置を逆転させゾンビを抑え込んだ。
「希星!今のうちに回収を!」
「わかった!」
希星は部屋の奥に置かれている欲念珠に向かって駆け出した。それを見たセーラーゾンビが、雄叫びと言える叫び声を上げながら月偉を投げ飛ばす。
「ぐぁっ!!」
月偉の苦痛の声が背後から聞こえるが、希星は振り向く事なく欲念珠に向かって手を伸ばす。
「取った!」
その瞬間、セーラーゾンビにのしかかられた。「喰われる!」そう思った瞬間、欲念珠は激しい光を放ち、ラブストーンへと吸い込まれていった。
「ギャァァァァッ!!!」
激しい雄叫び。希星はセーラーゾンビの目から涙が流れているのを悲しい気持ちで見つめた。
「終わったな」
月偉が静かに言った。
終わった。そう、終わったんだ。ゾンビ達はそのまま動かない死体となって横たわっていた。
希星達がこの街に来た時点で、すでに手遅れだったのだ。
「なんだか、やるせないな」
希星達は勝った。勝ったのに、物悲しい気持ちで立ち尽くしていた。
「こんなになるまで…人を…恨んでたのかな。現実から逃げ出したかったのかな」
「だろうな」
でも、恨み切れなかったんだろうな。最後に見せた涙がそう思わせて、月偉はそっと目を伏せた。
「おい、終わったのならとっとと移動するぞ」
「え?埋葬とかしないのか?」
冷静な櫻子の発言に希星は怪訝そうに答えた。
「この数の遺体の埋葬を?3人で?無理だ。それに、人が来たらどうする?どう説明する?どうせ新種の病原菌が…とか言って街ごと封鎖されるのがオチだ。そうなる前に逃げるぞ」
「櫻子の言う通りだ。行くぞ、希星。俺達にはこの状況を説明する事も、信じてもらう事も出来ないんだから」
別に正義の味方になりたいわけじゃない。見知らぬ他人よりも自分が大事だ。それでもやるせない気持ちは湧き上がってくる。
ふと隣を見ると、月偉が手を合わせていた。目を閉じ祈りを捧げている姿は相変わらず綺麗だと思う。そこに櫻子が鉢植えの花を持ってきた。
「学生の少女が、こんな願いを持ってしまう程、辛い思いをしてたんだろ?せめてもの手向けじゃないが…綺麗なものを見て安らかに逝ってほしいな」
この街の状況も欲念珠に憑かれた少女の人生も知ることはできない。しかし、最後に見た涙が彼女の苦しみを表しているように思えた。
希星も、月偉に倣って静かに手を合わせた。
(もう、俺達にはどうすることもできないけど、せめて安らかな眠りを…。花よ、幸せな所に導いてあげてほしい)
◇◇◇
スーパーに停めていた月偉の車へと向かい、櫻子の家に行く事にした。
スーパーまでの道中は昨日の光景を思い出して緊張したが、やはり希星達に反応する者はいなかった。すでに全員が動かなくなっていた。
あのとき襲ってきたゾンビも見かけたが、地面に倒れて動かない。
スーパーの駐車場に止めてあった車に乗りこみ、櫻子の車の後ろをついて行くように走った。
道路はところどころが遺体で塞がっていて、一車線分ぐらいの隙間しかない場所もあった。時には歩道に乗り上げながら、月偉は徐行のまま、ゆっくりと進んだ。
途中あった小店に寄り、会話も少なめに喉を潤し、次の街へと向かった。
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