第9話 デザートとコンビニ②
緑岡縁菜という人物において、奇行は珍しくない。
大変魅力的なエピソードもいくらかあるのだが。それを語るのには、時間があまりにも足りない。丸一日かけても終わらないかもしれない。
では、いくつかわかりやすい例をいくつかあげてみよう。
その一。
修学旅行の日、寝坊して電車に乗り遅れたらしい。彼女はどうしたか。
「先人は新幹線などには乗らず、歩いて目的地にいけていたのだ。昔の人物ができて、どうして私にできないというのだろうか?」
新幹線でいくところ、なぜか走っていったらしい。
その二。
運動会の騎馬戦で、彼女は三人に包囲されたのだが……。
「これが不利な状況だと? 笑わせないでくれ。各個撃破には絶好のチャンスではないか。敵が我の方に近づいているのだぞ?」
と、一対複数だったにも関わらず、彼女は勝った。取った帽子の数は、最も多かったという。
……変人というより、ざっくばらんにいうとするなら、ただの脳筋のような気もするけど、それは置いておこう。
「晴翔殿をいじりたいときにいじるのが私の仕事なのだ。この仕事を誇らしく思っているぞ」
「やめとけやめとけ」
「……それはさておき。晴翔殿、嘘をつくのが下手すぎる」
「なんの話だ?」
「とぼけても無駄。女のために買おうとしてるのだろう?」
「冴海ちゃんはスイーツがあんま好きじ ゃないって覚えてないのか」
「わかっている。優里亜殿というらしいな、晴翔殿の女は」
「……!」
まさか。縁菜の口からその名前が出てくるとは。
「まさか隠し通せるとでも思っていたつもりか?」
「少しはな」
「よく考えてみるといい。冴海から話はきいた」
別に優里亜さんのことを隠してほしいだなんていった覚えはないから、こうなるのも仕方なかったわけか。
「冴海はなんていってた?」
「晴翔殿が変態を極めた下衆野郎だということがわかった」
「ゴムの件をきいたのか」
「それしかきいていない。うーん、救いようもないな」
明らかに冴海ちゃんから曲解した情報が伝わっている気がする。揉めたけど、その後はいい雰囲気だったというのに、あれだけ切り取って伝えるなんて、印象操作の極みだろ。
「きちんと弁解させてくれ」
「安心してほしい。冴海殿がいうことは話半分できいている。もちろん晴翔殿関係の話に限るがな」
「それならよかった」
「ふふふ。それにしても、年上を見て発情するとは晴翔先輩らしい。だが、この私で性欲発散要員はこと足りているはずだろう?」
「前言撤回としようか」
つい肩を竦めたくなる。縁菜にはいつもペースを持っていかれてしまうんだ。俺は欲情も発情もそこまでしてなかったわ。
「さて、タンパク質とデザートを取りたいと体が訴えている。ここで解散としよう」
「おう、またな」
「さらば我が友よ」
緑岡縁菜は颯爽と会計を済ませ、きびきびと歩いてコンビニを後にした。
「うーん、どうしようか」
縁菜はたしか、プリンを選んでいた。なら、俺もプリンにするか。優里亜さんはよく食べるだろうから、小さいサイズでは駄目だ。ふだんなら絶対買わないような、大きいサイズのものを手に取った。
片付けでエネルギーを消費したので、俺は少し腹が空いていた。というわけで、購入したのは大きいサイズのプリン二個。
店を後にし、自転車ですぐに我がマンション。
「おおー、プリンにしたんだ」
「美味しそうだったので」
「プ〜リン〜プ〜リン〜」
デザートひとつでここまで喜んでもらえると、買い出しにいってよかったと思える。縁菜と遭遇するのは想定外だったが。
まさか冴海ちゃんの差し金ではなかろうか────そんな考えに至るあたり、冴海ちゃんのヤンデレっぷりに毒されているのだろう。きっとそうだ、そうに違いない。
「ふたつも食べさせてくれるなんて太っ腹だね」
「僕も食べさせてくださいよ」
「実は私の自費だからなぁ……」
「大人気ないこといわないでくださいよ」
「食べ残しがあったらぜひいただける? へばりついた絡めるまで徹底的にいただくから」
危険な香りがプンプンしたけどスルーしていいかな?
徹底的に食べるとなると、他人食いかけのプリン容器をペロペロすることになるんじゃないだろうか。それは目に毒じゃないか。
「ケチケチしすぎでは?」
「リデュースの精神と呼んでほしいわね」
……たしかにリデュースではあるけれども!
「じゃあいただきましょうか」
付属のスプーンでいただこう。
「これは蘇るわね。頑張れそう」
「戦いでは補給が命ですからね」
しばしの休息は、英気を養うには十分だった。
あれから、優里亜さんはこれまでとはまるで別人のような速さで、ダンボール内のものを整理した。慣れもあったのだろう。
後半で追い上げたおかげで、冴海ちゃんが家に帰ってくるまでには一段落つけることができた。
「私の部屋ってこんなに広かったんだ……」
「初日の惨状からよくここまでやりましたね」
「晴翔君のおかげだよ〜ひとりじゃ絶対できなかったもんっ!」
「僕はただサポートしただけです」
「なんだか晴翔君にはもらってばかりだな〜。なにかお返しでもしたいな」
「お返しだなんて、そんな大層なことはしてません」
優里亜さんは納得できていなそうだった。
「……わかりました。困ったときは互いに助け合いましょう。それで僕は十分です」
「晴翔君がそういうなら、そうさせてもらうね」
隣人ができて、まだ二日目。
このお姉さんと、もっと仲良くなれたら────。
お姉さん属性好きの上倉晴翔にとっては、至上の喜びだと思う。
待っていろ、理想のお姉さんライフ!