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第7話 片付けと決意

「ようこそ、初川優里亜(はるかわゆりあ)の要塞へ!」


 要塞といっても、ただのマンションの一室に過ぎない。


 しかしながら、この部屋に関しては────要塞といっても遜色なさそうである。


「わぉ。汚部屋、ここに極まれり」

「ちょっと散らかってるだけじゃないですか」

「『ちょっとお話ししようかぁ(ニコ)』のちょっとですよ、これは」

晴翔(はると)君、たとえがなにいってるかわからない」

「優里亜さんの感覚がバグってるって話です!」



 玄関からして、格の違いを感じさせられた。明らかに靴以外の物が散乱しているのである。無秩序に散りばめられたモノたちが、居場所に戻りたい、と悲鳴を上げている。残念ながら、初川優里亜にその声は届いていない。


 廊下は、慎重に歩かなければ通過できそうになかった。シャツが置かれていたらしく、一度滑りかけた。脱ぎっぱなしにしていたのだろうか……?


 長いようで短い廊下の先は、要塞だった。


 すぐ目についたのは、幾重にも積み上げられた段ボール。どこか、見たものを圧倒させる凄みすらある。その下には、ゴミ・雑誌・リュックなど、辛うじて生活していたことが見て取れる。


 さて、視覚の次は嗅覚だ。ドアを開けた瞬間から、酒臭さと生臭さ、その他諸々が入り混じった匂いが鼻をついていた。


 部屋の真ん中に鎮座しているローテーブルには、缶ビールらしき空き缶が積み重なっている。つまみの残骸もすぐそこに置いてあった。


 初川さんと出会ったとき、酒臭さは感じなかった。となると、昼前ぐらいに飲んでいたのだろうか? 


「さあ、初見の感想をどうぞ」


 俺が安全地帯(※足の踏み場があるところ)からひととおり見回したところで、優里亜さんが尋ねた。


「一日でこうなったことに納得がいきません」

「実は朝っぱらからヤケ酒して荒れたの。お酒が入ると部屋を荒らしちゃうみたいなの」

「いろいろ大変なんですね……」

「まだヤケ酒の理由を教えてあげないんだからね」

「余計な詮索なんてしませんから安心してください」


 他に理由は思いつかなかったから、優里亜さんの主張を大人しく飲み込むことにした。


「念のため忠告しておくけれど、どこかに〝虹色のキラキラ〟があるかもしれないから気をつけてね。酔ってたときの記憶がさっぱりだから」

「心して望みます」

「汚いところは落ちてる下着で拭いていいからね。使用済みだけど気にしなくていいよ」

「やめてください、気にしますよ」

「所詮はただの布じゃない。一度見たんだし平気、平気」

「平気じゃないですよ! 年下を揶揄(からか)わないでください」


 幸運にも、〝虹色のキラキラ〟とは遭遇せずに済んだ。たとえ美人だとしても、汚いものは汚いんだ。

 その代わり、下着が床に脱ぎ捨てられているのを発見した。優里亜さんに見せても、彼女はあっけらかんとしていた。


「ただの布だっていってるのに、どうしてわざわざ指先でつまむの?」

「僕からすれば気兼ねなく触れるものじゃないからです。頼むから洗濯してください」

「そうそう、私の部屋って洗濯機ないんだった。晴翔君の部屋にはあったよね」

「ありますけど」

「じゃあ一緒に洗っておいてー」

「ハードル高過ぎやしません? ちょっと心の準備が」


 なんだか、いちいちツッこむのも疲れてくる。これはいわば、音楽性の違い的なやつである。そう思っておかないと、一生分のツッコミを優里亜さんに捧げてしまいそうだ……。なんだかプロポーズっぽいのは気のせいだろうか。


「わかったよ、洗濯するかどうかは保留にしておくね。それじゃあ、本格的に片付けをはじめようか。きょうはよろしくね!」


 笑顔でサムズアップをしてきたので、同じように返しておいた。


「さて、段ボールに入ってるものは全部捨てていっか!」

「初っ端から考えることを諦めてますよ」

「とにかく全部詰め込んだから。ゴミか否か正直わからないの」


 半分くらいゴミが詰め込まれているんだろうから〝見掛け倒しの要塞〟とでもいおうか。

 

「だったらなおさら、じっくり判別しましょう」

「人間って一日にできる決定回数が決まってるらしいの」

「種類ごとに分類したら考える回数は減りますから」

「実は私って、片付けをするたびに一年寿命が縮む体質らしいの」

「あからさまな嘘をさらっと吐かないでください」

「だって片付けしたくないんだもーん。うぅ」


 駄々をこねる子供のような側面がチラリと顔を見せた。


「負けないでください。優里亜さんはひとりじゃありません! これまでの優里亜さんではないんです。一分一秒、この瞬間にも優里亜さんは変わっているんです!」

「は、晴翔君……!」


 優里亜さんからは、どこかバトル漫画付きの波動を感じる。そうなれば、叱咤激励の言葉も、バトル漫画風にすればいい。そう考えたわけだ。


「私、頑張ってみる。この無敵要塞【ダ・ンボール】を必ず崩壊させてみせる! だって優里亜は優里亜だから。そうでしょ、晴翔君?」


 覚悟が据わった眼差しがむけられる。これでやる気が起きるんだったらなんでもいいよ……。


「それじゃあ、段ボールを各個撃破する作戦でいきましょう」

「いいね、盛り上がってきたね」


 先ほどまで片付けを嫌がっていた彼女はどこへやら、いまやノリノリである。ちょろい、ちょろすぎる。


「それでは……第一回ダンボール要塞攻防戦、開始!」


 かくして、上倉晴翔と初川優里亜は片付けに取り掛かったのである。

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