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第29話 藁科映見の独白②

 私の言葉を受けて、彼が何を言うのか。


 その答えは、ある意味、予想通りのものだった。



「いい加減にしろ」



 彼はとても低い声で言った。


 その声は、教師という先輩後輩同士だったときも、教師と生徒の間柄だったときも、ましてや恋人同士だったときも聞いたことがない冷たい声だった。

 私は背筋に氷の塊を突っ込まれたような感覚に落ち、言葉を失った。



「こちらから婚約破棄したからって、好き勝手言っていいワケじゃない。あまり調子に乗るなよ」


 彼はテーブルを人差し指でトントンと叩きながら言った。

 こんなイラついた表情の彼は初めて見た。


「……それがあなたの本性だったってことね」


「ったく、本当に失礼な女だな。だからムダに知恵を付けた女はキライなんだ」


「私のことを、そんな風に見ていたの……?」


「生徒の頃の君は無邪気でかわいかった。あの頃の君を知らなければ、君と交際することもなかったと思うよ」



 彼のこんな姿は見たくなかった。

 でも、私の目が節穴だったことを自覚しなければ。

 この人の本性を知らずに付き合っていたことを反省しなければ。



「僕も、ようやく理想の彼女を手に入れることが出来る喜びが強すぎて、思わず口を滑らせてしまった。まさか彼女のことからそこまで推理してくるとはな」


「じゃあ、私が言ったことは合ってるってことでいいのね?」


「何のことだ? 僕は君の推理が合ってるなんて一言も言ってない。君が勝手に言ってるだけだ」


「刻文院には私の知り合いの教師もまだいるわ。あなたのクラスの転校生を気をつけて見ておくように伝えておけば、あなたの犯罪は未然に防げる」



 私に自分の魂胆がバレたことを知ったからには、彼が彼女に手を出すのは時間の問題だろう。

 教師として生徒を守るために、学園への報告も視野に入れなければ。



 しかし、彼は表情を変えない。


「僕と彼女にはまだ教師と生徒という関係性しかない。君が今、刻文院に何を言おうと、婚約を破棄された君の妄言で片付けられるだろうね」



 この人のことだから、実際に証拠は残さず生徒と交流を続けてきているのだろう。



「それに君は、僕にこの写真を握られていることを忘れてはいけない」


 彼がスマホの画面を私に見せる。

 そこに表示されていたのは、私と富士くんが富士くんの家に入ろうとするところの写真だった。



「教え子と教師の密会。君の方こそ証拠に残されているのだからね」


「そ、それは富士くんの家での補講のときだって説明したじゃない。学校にだってそう説明するわ」


「だったら別に構わないだろう?」


「……」



 この人はわかっている。

 補講のためだったと説明すれば、学校側はほぼ納得してくれることを。



 だけど、()()


 ()()()、富士くんの進路に悪影響があったら。



 その不安がある限り私は動けないということも、この人は知っているのだ。


 こんなことに富士くんの将来を巻き込ませる訳にはいかない。



「わかったわ……。その写真だけは公表しないで」


「わかってくれればいい。何か勘違いしているかもしれないが、君は()()()()()()()でいいんだ。それに、僕は彼女と無理やり結ばれるつもりではない。あくまで彼女の想いに応えてあげるだけなんだ。その辺りを勘違いしないようにね」


「それはプラトニックな恋って訳ではないんでしょう?」


「それも含めて彼女の気持ちに応えるってことさ。彼女が望むのなら、それは別の話だ」


 彼がニヤリと笑った。

 口ではそう言いつつも、セックス(それ)を狙っているのは明らかな顔だった。


「……もういいかい? このあと彼女と会うことになっているんだ。あまり長居もしてられなくてね」



「ねえ。私のこと、一度でも愛してると思ったことあった?」


 立ち上がる彼に、私は尋ねた。



 しかし彼は、黙ったままテーブルの伝票を持って立ち去っただけだった。



 私はそのまま、自分の長すぎた初恋の終わりにしばらく泣いた。




◇ ◇ ◇



「……俺が悪いんです」



 一通り泣いて落ち着いたあと、心配をかけてしまった富士くんには顛末を報告しなければいけないと思い、富士くんに電話を掛けた。

 報告を聞いた富士くんは、暗い声でそう言った。


「違うわ、富士くん。君は何も悪くないのよ」


 私は慌てて言う。

 彼に責任を感じてもらうつもりで電話をしたのではないことを、きちんと説明しないといけない。


「彼がそういう気持ちでいたことに何年も気付けなかった私が悪いのよ。もしあのまま結婚していても、破綻の道しかなかったことが分かったのだから本当に良かったわ」


 高校時代の私しか見ていない相手と結婚しても、幸せになどなれる訳がなかった。

 結婚前にそれを知ることができたのは、今回の騒動のおかげだと言っていい。


「高校のころから世間知らずだったことが影響しちゃったわ。恥ずかしい」


 私が自嘲気味に言うと、


「そんなこと、言わないでください。先生が悪いんじゃない。その気持ちを利用しようとする方が悪いんじゃないですか」


富士くんはそう言って私を励ましてくれた。



 こういうときの富士くんの声には真摯な響きがあることを、私はあの晩の公園で知っている。

 今なら、恭介さんがどれほど表面だけの薄っぺらい言葉を並べていただけなのかがよくわかった。



「ありがとう」


 教え子だというのに彼の言葉には温かみがあった。

 美郷から最近、富士くんは女生徒から人気があると聞いているけど、その理由はこういうところにあるのではないだろうか。



 ……て、ダメダメ。

 私の方こそ、教え子に対して変な感情を持たないようにしないと。



「ああ……でも、恭介さんが狙っているって女生徒を守ることができないのは悔しいわ」


 電話口で、私は思わず呟いた。



 そこだけが本当に悔やまれる。

 みすみす犯罪を見逃さなくてはいけないなんて……。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 死神にもらった能力って、この話に関係あるの? 小説の題からそこ削った方がいんじゃね?
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