第27話 当たり前やん!
「ウチ、窓際でいい?」
ひかり号に乗り込むと、巴さんが俺に尋ねた。
「巴さんの家のお金で取ったシートなんだから巴さんが選ぶといいよ」
俺は通路で肩を竦める。
「それもそやな! もう、こんな贅沢は出来ひんかもしれへんし。そやったら窓際座らせてもらうな」
巴さんがシートに身体を埋め、
「おお~! やっぱ在来線とシートの作りが違うねぇ」
楽しそうに笑う。
そんなことを言ってる間に新幹線は京都を出発した。
「やっぱり新幹線て早いし、揺れもあんまないなぁ」
巴さんが昭和から令和へタイムスリップした人のような感想を吐く。
とりあえず、巴さんが楽しそうで良かった。
「あと在来線ではやりにくくて、新幹線ではやれることって言えばコレでしょ。はい」
俺は巴さんの前に、丸型のパンで作られたハムサンドを差し出した。
「志津屋のカルネやん!」
「あ、やっぱり知ってる?」
「当たり前やん! 京都人のソウルフードやで。逆になんで自分が知っとんの?」
京都の老舗パン屋「志津屋」が作る「カルネ」と名付けられたこのパンは、カイザーロールと言うドイツの固いロールパンに玉ねぎスライスとハムを挟んでマーガリンを塗っただけの単純なハムサンドだ。
しかしパン自体も美味しいし、中の具のバランスもちょうど良く、とても人気がある。
関西ではテレビによく取り上げられるほど有名なパンらしい。
賀茂さんと別れたあと、巴さんから時間をもらって購入してきたのだ。
「中学の修学旅行で、死んだ母さんに『お土産は何もいらないけど、志津屋のカルネを2つ買ってきてほしい』って言われて買って帰ったんだよ。で、一つずつ、母さんと分けて食べたらすごく美味しかったからさ」
俺は自分のカルネを手提げ袋から出しながら説明する。
多分、母さんは俺にお土産代であまりお金を使わせたくなかったんだと思う。
カルネは一つ200円ほどだ。
「在来線では車内で物を食べるのって抵抗あるけど、新幹線では気兼ねなく食べられるからいいよね」
豊橋で朝食を取ってから、9時間近く俺たちは何も口にしていない。
お腹がペコペコだ。
「自分があのアパートに一人暮らししてるとは思ってんけど、お母さん、亡くならはったんか。でも自分とこのお母さん、ええセンスしとったんやな」
「ありがとう」
母さんを誉められて嬉しかったのでお礼を言っておく。
巴さんはしばらく黙ってカルネを食べていた。
このパン、フランスパンみたいに歯応えあるから、喋りながら食べにくいのだ。
「――ウチのお母さんも、カルネ好きやったな」
やがて巴さんが呟いた。
「あ、ウチのお母さんのこと、あんま悪く思わんといたって。ホンマにウチが悪いんや。お母さんは何も悪ない」
巴さんのお母さんと聞き、顔をしかめた俺を見て巴さんが言う。
「それにあの人も大変やねん。没落していくだけの旧家の一人娘に生まれてもうたばっかりに、巴の家とは政略結婚みたいなもんやったいうし。せやから巴の家の家格を守んのに必死やねん」
「……その話は誰から?」
「いま、一緒に住んどるおばあちゃん。優しいおばあちゃんや。勘当って言われても、おばあちゃんがおるから心配してへんのもあるしな」
ああ、そういえば今、巴さんはお母さんの実家に住んでるって言ってたな。
「勘当いうんもウチが一人娘やし、半分は自分と同じ運命を歩ませたない思てんちゃうかな」
「え? そんなことを考えてくれているの?」
「まあ、もう半分は『この娘の好きなようにさせてたら自分まで巴の家を追い出されてまう』と思ってるんやろうけど。ウチのお父さん、すごく怖い人やし」
苦笑いしながら巴さんが言う。
判断に難しいお母さんだな。
「ウチもそんな家で育ったからファザコンになってもうたんかな? どうしても年上の男性ばかり気になってまうねん」
「アキくんのこと?」
「アキくんのことだけと違う。小学校のころからそうやねん」
「小学校で、そんな年上ばかり好きだったの⁉」
「そやな。父親参観日とか、いっつもドキドキしてたもん。素敵な男性ばっかりやんって。アキくんとも中学のときの授業参観で出会うてん」
「マジか」
「付き合うようになったんは高二のときに街中でアキくんを見つけてウチが声かけたんがキッカケやけど」
モールでアキくんと一緒にいた息子さんが巴さんの同級生だったってことか。
自分の父親が自分のクラスメートと付き合ってたなんて知ったらトラウマだよな……。
「ウチな、相手の目を見たら分かんねん。『この人はウチのこと、性的対象として見てるな』とか『アカン、この人は子供としか見てへん』て。で、ウチを性的対象として見てる人にだけアプローチすんねん。そしたら百発百中で付き合えるんや」
「性的対象ってことは……」
「セックスする相手として見てるかどうかってことや」
「わお」
言い方はアレだけど、カラダを囮にして交際してるって感じか。
……て、ちょっと待てよ?
「でも鶴見さんには藁科先生がいるから付き合えないでしょ? なんで鶴見さんにアプローチしたの?」
百発百中というのなら、鶴見さんこそアプローチするだけムダじゃないか。
「それやけど、あの女も自分も勘違いしてんで」
「……なにが?」
俺は、何となくイヤな予感がしながらも尋ねた。
予感が間違ってほしいけど……。
「鶴見先生は絶対、ウチらみたいな若い子しか好きになられへんタイプや。せやからウチ、アプローチしたんやもん」
しかし、巴さんが俺の予感通りにそう断言する。
「いやいや。婚約してるんだよ? あの二人」
そう言いつつも俺は、藁科先生が俺の家で呑んだときの、美幸と藁科先生の会話を思い出していた。
――彼氏さんは、そういうの不満だったりしないんですか?
――特に言わないわね。彼は草食系と言うのかしら? セックスについてはあまり興味がなさそうだし。
……アレってまさか、鶴見さんが草食系だからじゃなくて、大人の藁科先生に興味がないからってことなのか?
「思い当たる節があるみたいやな」
ペットボトルのミルクティーを飲みながら巴さんが言う。
「だったら、なんで藁科先生と婚約なんて……」
「さあ? ウチもそこまでは知らんけど」
「マジかよ……」
思わず俺は頭を抱えた。
どうやら俺が良かれと思って開けたパンドラの箱には、最悪の結果が詰まっていたらしい。




