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第26話 アカンよ!

「『ゆえに今後二度と巴の家の門をくぐることはまかりなりません。今後は好きなようにしなさい』との奥様からの伝言です」


 賀茂さんは表情を変えずに言い切った。



 ……え、ちょっと待って。



「それってまさか巴さんを勘当するとか、そういうことですか?」


「そういうことになります」


 賀茂さんは冷たく言い放つ。



「先ほども言いましたが、これは巴家の家格にも影響する問題です。部外者であるあなたが介入できることではありません」


「いや、それでも――」


「ええんよ。まあ、お母さんはそう言うやろなって思うとったし。もともと不倫なんて、巴家の恥でしかないって言われてたしな」


 俺の言葉を遮って巴さんは言う。

 それで構わないという表情だ。



「ええんよって、巴さん」


 一方、勘当されるのは自分ではないのに、俺は正直、焦っていた。



 もともと俺が巴さんを京都に連れてきた理由は、巴さんの鶴見さんへの想いを余所よそに向けるためだ。

 そうすれば藁科先生と鶴見さんの間に、巴さんが介入してくることはなくなると思ったからだ。


 巴さんから聞いた限りでは、アキくんとはお互いに未練を残して別れただけで、再び連絡が取りあえるようになれば交際が復活するような印象だった。

 そのために俺は、開けなくてもいい巴さんのパンドラの箱(京都での過去)をわざわざこじ開けたのだ。


 だがその結果、俺は巴さんとアキくんを完全に破局させ、家から巴さんを勘当させようとしている。

 巴さんとアキくんがどうなろうと後のことは知らないと、無責任に巴さんを焚きつけてしまったばかりに、とんでもない結末になろうとしていた。



「賀茂さん。巴さんは俺にそそのかされて京都まで来たんです。巴さん本人は悪くない。お母さんに、それを伝えてもらえませんか?」


 俺は賀茂さんの前に立ち、説得を試みる。



 アキくんとの恋が終わってしまった今、家から勘当までされてしまったら、巴さんはどこに帰ればいいというんだ。

 せめて巴さんの勘当は避けなければ。


 最近、『操作』の力で知り合った女性の問題をいくつか解決してきたから、今回もうまくやれると過信してしまった。


 所詮、ぼっちの俺が何を考えていたのか。

 完全に調子に乗っていた。

 安易に行動した結果、巴さんの人生を大幅に狂わせてしまったではないか。



 しかし、賀茂さんが口を開く前に巴さんが俺の肩を叩く。


「大丈夫や。京都に帰ってくるって決めたときに覚悟はしててん。なんで自分がそないに真っ青な顔してんねん」


 そう言って巴さんは笑う。



 明らかに俺よりも大変な巴さんに励まされてしまうほど、俺の顔色は悪くなっているってことか?



「自分が京都へ連れてきてくれへんかったら、ウチはどこかでずっとアキくんの言葉に縛られたままやったと思う。そっから解放してもらっただけで充分や」


 たしかに、巴さんの笑顔に一切の後悔の色は見えなかった。

 それでも俺の中には申し訳ないという気持ちが残ったままだったが……。



「それと、お連れ様にはこれを」


 そんな俺に賀茂さんが白封筒を渡してきた。


「なんですか?」


「お嬢さまとお連れ様の京都までの交通費です。お納めください」


 賀茂さんがうやうやしく両手で差し出してくる。


「……確認させてもらいますね」


 なんとなく嫌な予感がして、その場で素早く封筒の口を開けた。

 賀茂さんの顔色が少し強張る。


 中を見て俺は溜め息をついた。

 思った通り、封筒には多めの金額が入っていたからだ。


「これはどういうことですか」


 予想と違ったのは額の桁が違ったことだった。

 なんとピンピンの諭吉さんが10枚も入っていた。

 福沢諭吉の顔がこんなに極悪人のように見えたのは初めてだ。


「お嬢さまと京都までご同行いただいた謝礼も込みとなっております」


 賀茂さんが頭を下げる。


「10万って……」


「増額をご希望ですか」


「バカにしてるんですか?」


 賀茂さんの言葉に思わずケンカを売る口調になる。


「……失礼いたしました」


「ちゃんとキップ代と他の交通費分だけ貰います」


 スマホで青春18キップと京都での電車代、タクシー代を計算して差額を白封筒に戻した。

 回数が残っている青春18キップも入れておく。



「ウチ、サンドイッチとコーヒー代も立て替えてもろてるよ」


 巴さんが横から言う。


「アレは俺が奢るよ」


「アカンよ! 貰といて」


「なら巴さんから貰う。とにかく、この金からは貰いたくない」


 俺は白封筒を賀茂さんに突き返す。



「お金にキレイも汚いもないのですがね」


 賀茂さんが苦笑いする。


「知ってますよ、そんなこと」



 両親の離婚で一時期、困窮したことだってある。

 今だって苦労はしてないが、バイトしながら学校に通い、家に帰れば四六時中勉強してる。

 お金に理想を押し付けることがどれほど愚かなことかは分かっている。



「それでも、このお金は受け取りたくないです」



 お金のために今日、京都まで来た訳ではないのだ。

 そしてもしお金のためだったとしても、今日の俺にそれを受け取る資格はない。



「交通費だけ貰ったのは、俺の中で京都に来たことをなかったことにしたいからです」



 賀茂さんはアルフレッドではなかった。

 だったら京都に来た甲斐はなかったということだ。



「わかりました」


 賀茂さんは小さく息を吐くと俺から封筒を受け取り、再びスーツの内ポケットに入れた。



「あまりウチに構ってられへんやろ? もうええよ。心配せんでも、ちゃんと帰るし」


 巴さんがそれを見届けて賀茂さんに言う。


「そういう訳ではございませんが……。それでは新幹線は30分後の『ひかり』ですのでお気をつけて」


「ん。爺も元気で!」


 巴さんは小さく微笑んだ。

 賀茂さんはしばらく巴さんの顔を見つめていた。

 そしてその後、隣にいた俺の目を見て、


「お嬢さまのことをよろしくお願いいたします」


深々と頭を下げてそういい残し、賀茂さんは駅の出入り口から出て行った。



 俺はその背中に何かの表情を見いだそうと思ったが、それも無意味かと諦めた。

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