第25話 並びやで!
巴さんはやっぱり先ほどまでの土下座ショーについては語らず、黙って俺の前を歩いた。
ただ後ろから見ると、アキくんに会う前よりも少し肩に力が入ってるように見えた。
なんとなく、無理をしている背中だった。
エスカレーターに乗りながら巴さんはスマホを取り出し、切ってあった電源を入れた。
直後、それを見ていたかのようにスマホが鳴った。
巴さんは落ち着いて着信に出る。
「どこにおんの?」
開口一番、意味のわからない言葉を言う。
まるで着信相手がすぐそばにいることを確信してる言い草だった。
「八条通り側な」
二言で電話を終える。
「……だれ?」
お母さんにしては、な会話だったけど。
「あー……爺」
巴さんが少し言いよどみつつ答える。
「自慰?」
絶対、字が違うと思ったが、俺の中のボキャブラリーに他に当てはまる字がなかった。
「昔からね、家のことをやってくれてる人」
やだ、全然違う字!
恥ずかしい!
――て、ちょっと待てよ?
「まさか、お手伝いさんとか、執事みたいな……?」
「んー、まあ、そんな感じやな……」
……。
「すげぇ! アルフレッドじゃん!!」
思わずテンションが上がる。
「バットマン」シリーズの主人公、バットマンことブルース・ウェインの万能なサポート役の執事アルフレッドは、アメコミ映画の中で俺が最も好きなキャラクターだ。
「トニー・スタークの秘書のペッパー・ポッツも捨てがたいけどさ! やっぱりブルース・ウェインとアルフレッドの、雇用関係を越えた友人のような間柄って感じがいいんだよ!」
俺の性格的に「アイアンマン」の脳天気さより「バットマン」の暗さが好きなのもあるんだけど。
「いやー、まさか本物の執事が見られるなんて、京都まで来た甲斐があったってもんだ!」
俺がしきりに感心しているのを、巴さんがキョトンとした顔で見ていた。
「……どしたの?」
「あ、いや。家に執事がいるのとか引くかな~って思ってたんやけど……」
「引く? なんで?」
巴さんがそんじょそこらの金持ちじゃないってことは想像がついていた。
そこに執事までいるなんてなると、もう俺のイメージできる金持ちを越えていて、よくわからん。
そこにリアル執事なんて現れた日には逆にテンションが上がってしまう。
「日本版アルフレッドに会えるってだけで最高だよ!」
「ウチの爺はアルフレッドじゃないんやけど……」
そう言ってから、巴さんは急にクスクスと笑い出した。
「自分も、そういう気持ち悪いトコあんねんな」
気持ち悪いってどういうことよ。
「なんか、ずーっと冷静な顔して周りを観察してるような人か思とった。自分も好きなもんについては熱く語ったりするんやな」
「読書とアメコミ映画は数少ない趣味だからね」
アメコミ映画は英語のリスニング対策も兼ねてると言うと、俺の方が引かれそうだから黙っておく。
「見えてきたで。あれが家のアルフレッドの賀茂さんや」
エスカレーターを降りながら、巴さんが一階出入り口を指差した。
その先にはロマンスグレーの男性が、年齢を感じさせないピンとした姿勢で立っていた。
燕尾服まで着ていたらコスプレ感が出てしまうが、胸ポケットから白いハンカチーフが見える黒スーツというところが逆にリアル執事だった。
「うおおお、まさに執事って風情の立ち姿! 感動だよ! ありがとう、巴さん!」
「ウチは別に何もしてへん」
巴さんが笑う。
賀茂さんもこちらに気付いたのか、背を伸ばしたまま頭を下げた。
お辞儀が美しい。
よく知らないけど、何となくさすがと思った。
「ご無沙汰しております、お嬢さま」
「うん」
「すいません。握手してもらえませんか?」
「は?」
普段は顔色も変えないのであろうイケメン爺さんの賀茂さんが目を見張った。
俺は手汗をハンカチで拭ってすでに右手を出している。
賀茂さんも躊躇いながら、白手袋をした右手を差し出した。
おお、これが執事の手か。
意外と柔らかいものだな。
「――よろしかったですか?」
「はい、ありがとうございます」
「ホントにこんなんでええの?」
「大満足だ」
「変な人」
巴さんが再び笑う。
「お嬢さま。それでは」
「うん」
賀茂さんが先ほど俺と握手をした右手を巴さんの足元から先へ向ける。
参りましょうってとこか。
これから巴さんの家に向かうのかな?
しかし賀茂さんが先導したのは、俺たちが先ほどいた京都駅の八条口だった。
「チケットです」
賀茂さんがスーツの内ポケットから白封筒を取り出して巴さんに渡した。
巴さんは白封筒を受け取ると中身を確認する。
「アカン、一枚しかないやん。この人の分も用意して。並びやで!」
巴さんが白封筒を突き返す。
「失礼いたしました。すぐに追加いたします」
白封筒を持って賀茂さんは、俺たちの目の前のみどりの窓口に消えていった。
「なに? どうしたの?」
「新幹線のチケットや。ウチの分しか入ってへんかったから自分の分も頼んでん」
「え!? 巴さん、このまま帰らされるの!?」
俺はようやく状況を把握して声を上げた。
「そうやで。帰りは新幹線のグリーン車やからゆったりと座れるわ」
新幹線のグリーンなんて初めて乗るなぁ、ラッキー!
――て、そうじゃねぇよ!
「せっかく帰ってきたのに家には寄らないの?」
「奥様に、お嬢さまのご帰宅は認めないと重々言われておりますので」
俺の質問に巴さんではなく、みどりの窓口からちょうど出てきた賀茂さんが答える。
早いな、優秀だ。
――て、いまはそれどころではない。
「いやいや。ちょっとぐらい、いいんじゃないですか?」
理由が理由とはいえ、ほぼ半年ぶりに京都へ娘が帰ってきたんだから、ちょっとは顔を見てやってもいいと思うのだが……。
「なりません。また、これは巴家の問題です。お嬢さまのお連れ様が立ち入るような問題ではございません」
賀茂さんの口調には交渉の余地など全くなかった。
「それとお嬢さま。奥様より伝言です」
「ん」
巴さんは新幹線チケットを確認していて、賀茂さんの顔も見ない。
「『たかだか半年で京都に戻り、先方の家を訪ねたことは、私との約束を破ったこととなります』」
俺は賀茂さんが何を言い出すのか、冷や冷やしながら賀茂さんの口元を見ていた。
「『ゆえに今後二度と巴の家の門をくぐることはまかりなりません。今後は好きなようにしなさい』とのことです」
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