第21話 緊張するしな!
……かと言って、俺たち二人に共通の話題などない。
列車に乗り込んで早々に会話はなくなってしまった。
最近、いろんな人と話す機会が増えていたので、
「な、何か会話しないといけないのでは……!?」
とオロオロしていたが、考えてみれば俺、今でも変わりなくコミュ障だった。
うまく会話が出来ていた人たちは、相手が俺と同じ土俵に上がってくれていただけ。
梨華はクラスメートだし、吉野さんも高一一学期の中間テストで俺を知っていた。
相手から俺に歩み寄ってくれていたワケだ。
だが、巴さんのように基本的に俺へ興味がない人は俺に歩み寄る気もないから、俺も距離感が掴めない。
結果、本来のコミュ障を遺憾なく発揮して、俺も話すことが出来なくなっていた。
巴さんも外の風景を見ながら、Bluetoothイヤホンで音楽を聞いちゃってるし。
ただ、かくいう俺もそのうちに、家から暇つぶしに持ってきた『春季限定いちごタルト事件』を集中して読み始めていた。
再び考えてみれば俺、ぼっちの自分が嫌いではなかった。
話す必要がないときは黙っているのが心地良い人間だったことを忘れていた。
俺たち二人は目的地は一緒でも目的は違う他人の二人。
今日一日限定の運命共同体だ。
だったら無理してコミュニケーションを取る必要もない。
六時間、黙ってるぐらいは平気だ。
その後、俺たちは掛川で掛川始発の列車に一度乗り換え、そこから再び一時間かけて7時前に豊橋駅に到着した。
列車内で俺たちは、一言も話さなかった。
「と……巴さん、次に乗る電車まで30分あるから、ここで一度改札出て休憩しよう」
俺は列車のシートから立ち上がりながら巴さんに声をかける。
ひさしぶりに声を出したから、最初噛んでしまった。
巴さんは頷いて俺についてくる。
そうして俺たちは豊橋駅構内のコーヒーショップで朝食のパンとコーヒーを購入し、トイレを済ませた。
「なあ。列車バンバン発車してるけど、ええの?」
ホームのベンチに座って、買ってきたツナサンドを齧りながら巴さんが聞いてくる。
たしかに、先ほどから何度か大垣行きの列車が出発している。
「休憩なしでずっと列車のシートに乗りっぱなしもしんどいでしょ? 休憩をしっかり挟むことも大事。快速の発車時刻に合わせて休憩は入れてるから安心して」
この後、大垣では普通に乗り換えるが、米原では再び15分ほど休憩を取る。
「京都での行動時間も限られてるからね。早く着きたいのは山々だろうけど、長旅で疲れ切った顔で彼氏と会う訳にもいかないでしょ?」
「そんなんまで考えてくれてるん?」
「その代わり11時に京都に着いて、向こうでの滞在は6時間が限度だからね」
俺はホットコーヒーを啜りながら答える。
この暑いのにホットコーヒーもないが、列車内ではずっと冷房に当たっているし、アイスコーヒーにしてお腹を冷やすのを避けた。
「夕方5時半京都発の列車でも地元に着くのは休憩なしで夜11時まえだから。彼氏とあまりゆっくりしているヒマはないよ」
本当は午後6時半京都発がタイムリミットなのだが、それだと地元着が24時前になってしまう。
「ええよ。今日はアキくんと連絡とれるようにしておけばええし。おかげで京都まで帰ってくる方法もわかったしな」
「さすがに次回からはついてこないからね、俺」
俺は苦笑いする。
「……ありがとう、ホンマに」
巴さんが俺の顔を見て笑顔でお礼を言う。
……こういう表情を出してくるのは本当に反則だと思う。
かといって、巴さんにこの表情が出るのは、いまから彼氏と会えるからだ。
それが分かっているお陰で勘違いしないで済む。
もし予備知識なしでこの表情をされたら、多くの童貞が勘違いしてしまうだろう。
「――さて、そろそろ次の列車に並んでおこうか。特別快速は人気あるから、並ばないとまた座れなくなっちゃうよ」
「そやな。あまりぎゅうぎゅうになって座ると、自分、緊張するしな!」
「な、なぜそれを⁉」
「だって自分、身体ガッチガチになってたで、さっき」
巴さんがコロコロと笑う。
ちくしょう気付いてたのか。
やっぱり、この人は怖い人だ……。
◇ ◇ ◇
「平気や! 全然眠ない」
一時間前に、そう豪語していたのは誰だったか。
いま、俺の肩に頭を預けて寝息を立てている巴さんを見て、俺はため息をついた。
最後の米原駅での乗り換え時に、ずいぶん元気がないなとは思っていた。
久しぶりに彼氏に会うというのでナーバスにでもなっているのかと密かに心配していた。
……まさか、ただ眠かっただけとは。
米原で15分ほどの休憩のあとに列車へ乗ると、巴さんはすぐに舟を漕ぎ出し、数分で俺の肩に頭を乗せてスヤスヤと眠りだした。
寝始めた当初は、
「やべぇ、髪からすげぇいい匂いする……」
とか、
「女の子の頭って小さっ!」
とか一々感動していたのに、30分も経つとさすがにそれも慣れた。
今では、佳境に入った『春季限定いちごタルト事件』に全集中できるほどだ。
さっきまでは巴さんとくっつくだけでガッチガチになっていたのに。
慣れって怖い。
これが脱童貞した男の心境なのだろうか。
たぶん、違う。
「フフッ」
巴さんが小さく笑う。
夢の中で一足早くアキくんとデートでもしているのだろうか。
呑気に幸せそうな顔をしている。
俺に向けた笑顔ではないのに、女の子の幸せそうな笑顔ってのは男を喜ばせるものなのだなと実感した。
なぜか鼻の奥が少しツンとしたのは気のせいだと思おう。
――しかし、この長旅もいよいよ終わりが近づいたようだ。
大津、山科と聞き覚えのある駅名を過ぎ、遂に次は京都駅に到着である。
「巴さん、京都だよ」
俺の呼びかけに、巴さんはゆっくりと目を開ける。
「……京都、着いたん?」
「もう着くよ」
「ごめん、寝てもうた」
まだ目をしょぼしょぼさせながら巴さんが言う。
素直でかわいい。
「大丈夫。さ、出る準備して。今回は終点じゃないからのんびりしてられないよ」
遂に京都である。




