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第18話 お待たせ!

 それから二日後の8月最初の土曜日。

 俺は駅の入り口でスマホの時計を確認する。



「04:45」



 思わずため息が出る。

 スマホがフリーズしている訳ではない。

 今の時刻は間違いなく朝の4時45分である。



 俺は昨晩、いつも通り『飛行艇』でのバイトを夜8時過ぎまでやった後、大急ぎで家に帰って晩飯とシャワーを済ませて11時に布団に入り、3時半に起きて身支度をし、まだまだ眠い目を擦りながらこの駅まで来たのだ。



 空を見上げれば、ちょうど日の出時刻に近付いたのだろうか、家を出るときは薄暗かった周辺もだいぶ明るくなってきた。


ねみぃなぁ……」


 俺はあくびをかみ殺しながら、一人思わずボヤいた。



 自分から言い出したこととは言え、他に方法はなかったのか。

 いや、そもそもここまでする必要があったのか。

 考え始めるとキリがないが、そこは諦めるしかない。

 一昨日は、こうするしか思いつかなかったのだから。



「お待たせ!」


 スマホの画面を見るとはなしに見ていた俺へ、元気に声をかけてきたのは巴さんだ。


 一昨日の巴さんは、ストレートのツインテールにモスグリーンのワンピ姿で、可愛らしさを全面に出したコーディネートだった。

 だが今日は、白のノースリーブのトップスにベージュのロングスカートで、ツインテールにもウェーブをかけている。

 一昨日と違い、大人っぽい仕上げだ。



「おはよう。じゃ、いこうか」


 俺は昨日買った「青春18キップ」を有人改札の駅員に見せる。


「二人です」


 駅員は俺たち二人をチラッと確認してから日付印を二つ押し俺に返した。


はよいや」


 俺の背後から改札を抜けると、ホームへの階段を駆け上がりながら巴さんが言う。


「ずいぶんと嬉しそうだね」


 俺は階段を見上げて苦笑いしながら答えた。



 5時前だぞ?

 なんだ、そのテンション。



「そらそやろ。京都帰るんは3月以来やからな」


 階段の踊場でこちらを振り向いた巴さんが、引きつった俺の笑いとは違う、弾けるような笑顔を見せる。



 あー、かわいい。

 あー、まぶしい。



「なあ。ウチ、こっち来たばっかで分かれへんねんけど、京都ってどっちのホームなん?」


 巴さんが右と左の登り口を指差して尋ねる。


「ああ。右の浜松方面て書いてある方」


「こっちやな! ほら、行くで! 列車出てまうやろ!」


 言い残して巴さんは再び階段を駆け上がっていく。


「5時発だからまだ大丈夫だよ」


 答えてるのかボヤいてるのか自分でも分からない言葉を発しつつ、俺は重い足取りで階段を上がる。



 これから俺たちは、鈍行列車をなんと()()()()()()()乗り継ぎ京都まで向かうのだ。

 しかも、なぜか俺まで付き添うことになってしまっている。



 ホントにいったいなぜ、こんなことになってしまったのだろうか。

 俺は再び、ため息とともに一昨日の公園でのことを思い出した。



◇ ◇ ◇



「ウチは今度こそ、好きな人と幸せになって見せんねん!」


 公園の東屋の中心で愛を叫んだ巴さんに、俺は引っかかりを覚える。



「今度こそ……て、何かあったの?」


 俺が尋ねる。

『今度こそ』ということは、『前回があった』ということだ。


 巴さんは握った拳をほどき、ゆっくりとベンチに再び腰を下ろす。



「去年、好きな人ができてん」


 目は虚空を見つめたまま、彼女は一言呟いた。

 去年というと、巴さんが引っ越す前の話だから京都での話と思われた。


「めっちゃ好きやった。アキくんもウチを愛してくれた。めっちゃ幸せやった。それまで生きてきた中で、いっちゃん幸せやった」


 彼女は語り続ける。

 アキくんというのが、巴さんの京都の彼氏の名前らしい。


「せやからウチはすべてを捧げた。アキくんから会いたい言われたら、何時やろうと家を抜け出して会うた。ウチを抱きたい言われたら、いつでも喜んで裸になった」



 今回の一連の行動力から巴さんの熱い想いは充分承知していたが、案の定、地元でもなかなかパワフルな恋愛をしていたようだな……。


 しかも「抱きたい」って言えばいつでも喜んで裸になってくれちゃう彼女とか、男子高生にとっては天使でしかないじゃん。



「アキくんはいつもデートのお金がない言うてたから、デート代はすべてウチがはろうてた。足りんかったら家のお金を持ち出してた」


「え、お家のお金を持ってっちゃったの?」


「おこづかいは充分もろてたけど、それだけやったら二人分のデート代には足りひんやん。仕方しゃあない」


 当然といった顔で巴さんが答える。


「仕方なくはないんじゃない? さすがに……」


 巴さんが今いる刻文院高校は、県内でも有数のお嬢様学校だ。

 入学金や授業料、ことあるごとに徴収される協賛金などを合わせると、年間にかかる学費はとんでもない額になると聞いている。


 そんな学校に転入できるってことを考えれば、巴さんの実家が結構なお金持ちであることは想像に難くない。

 おこづかいもよっぽど貰ってたと思うのだが、それでも足りないってどんだけ彼氏も巴さんの財布に甘えてたんだよ……。



「でも、お金を持ち出していたのが親にバレてもうて、そこからウチらの交際を大反対された。ウチは絶対別れへん言うたんやけど、ウチの親がアキくんの家にも連絡して、結局、別れさせられてもうた」



 まあ、家のお金を持ち出してまでデートしていたら、そりゃ親は怒るよな。



「それだけではウチがアキくんとホンマに別れると思わんかったウチの親は、母方のおばあちゃんの家があるこっちへウチを転校させて、精神的にも物理的にも離れ離れにしたんや。ご丁寧に共学じゃなく女子校へ」


「そこまでするってのはスゴいね」



 そこまでしないと、巴さんはアキくんと別れないって分かっていたご両親は娘さんのことをよくわかってるとしか言えないけど。




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