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第16話 しっかり握りしめて

「で、どうするの? 尾行してた人がどこにいるか案内すればいい?」


 リリィが俺からタブレットを受け取りながら尋ねる。


「もちろん案内してくれ。どこにいる?」



 早く盗撮者の元へ行かなければ逃げられてしまうかもしれない。



「わかった。じゃあ一度、キミを身体に戻すね。戻ったら猫のストラップをしっかり握りしめて。握っている間はボクの声が聞こえるから」


「そんな機能が追加されたのか、俺の知らぬ間に」


「ボクが現世こっちにいることが条件だけどね」


 リリィの言葉を合図に、俺は肉体に戻った。


 気付けば現世は再び通常のスピードで動き出している。

 こうしてはいられない。

 俺は急いで猫のフィギュアストラップを掴んだ。


「聞こえる? じゃ、後ろに回り込むように移動しようか。そこから道を戻って左に曲がって」


 すぐにリリィの声が頭に直接響いたので、俺は指示通りに道を急ぐ。


「そこから二本先を左ね」


「了解」


「声に出して返事しなくていいよ。ボクはキミの考えてることが読めるから」



 ――ああ、そうか。



「周りの人にも、一人でブツブツ言ってるヤバいヤツって思われちゃうよ」



 ――それは困る。



「あ、いた。目の前の角にいるのがそうだよ」



 ――この人か?



 俺はその人物の後ろから静かに近寄り、確認のために指を指す。


「そう。そいつ」



 ――ありがとう、おかげで助かった。



「まあ、いいよ。じゃあね」


 リリィに礼を伝えて、俺はゆっくり深呼吸をしてから声をかけた。



「あの、すいません」



 俺の突然の声かけに、角に立って俺のアパートを見ていた人物がビクッと反応した。

 俺はそのまま、人物がこちらを向くのを待つ。


 しかし、一向に振り向かない。

 こちらの出方を伺っている雰囲気だ。


 このまましらを切られて逃げられる訳にはいかない。

 もう一押しするしかないな。



「初めまして。刻文院こくぶんいん学園高校三年、ともえ 詩織しおりさん」



 俺が一気にそう言うと、オリーブグリーンのワンピースを着た彼女はガバッとこちらを振り向いた。

 白いリボンでとめられたツインテールの髪が綺麗に彼女の顔の周りを囲い、ふわりと落ちていった。

 ただでさえ大きな目をより大きく開き、ピンクのルージュをひいた口が半開きになっている。

 いきなり高校名と名前を呼ばれてよほど驚いたのだろう。

 リリィのタブレットで、普段の顔を見たときから可愛い子だなと思ったが、驚いた顔も可愛かった。



 ――て、それどころではない。


 俺は、声をかけるときにあらかじめかきあげていた前髪の下から、彼女と目を合わせると同時に指パッチン(フィンガースナップ)を鳴らした。


 直後、巴さんの目が虚ろになる。

『操作』が無事にかかったことを確認して、俺は髪をおろした。



「……じゃ、色々、お話を伺わせていただこうかね」



◇ ◇ ◇



「すいません。用事が長引いちゃって帰るのが遅くなりそうです。今日の補講はキャンセルさせてもらっていいですか?」


 俺の家で待機している藁科先生にLINE通話をかける。


 電話をしながら俺は、茶の縞模様の雑種ミックスらしい猫と|アメリカンショートヘア《アメショー》のつがいが並んで歩いていくのを眺めていた。



「なぁに? こないだの今日だから補講のこと気にしてるの?」


 藁科先生の言葉で俺は猫たちから意識を戻す。


 補講のことを気にしているどころか、まさに今、なんとか解決できないかと動いてるところなんだが、当然そんなことを言える訳がない。


「いや、ホントに急用なんです。俺の都合ですいません。週明けにまたお願いします」


 俺は電話をしながら頭を下げた。


「……わかったわ。それじゃ、今日は補講はお休みにしましょう。また来週、ね」


「家のスペアキーは勉強机の引き出しに入ってるんで、鍵を掛けたらドアの郵便受けに放り込んでください」


 藁科先生の分かったという言葉を聞いて、俺は通話を切った。



「――さて、それじゃ話を聞こうか」


 俺はスマホをしまいながら、すごく不機嫌そうにしている巴さんに問いかけた。



 俺と巴さんは今、いつもの中央公園のちょうど中心部に位置する東屋あずまやで隣同士になって座っている。

 この東屋は、木陰以外にあまり日陰がない中央公園の中では数少ない日陰スペースなので、日中は親子連れや学校帰りの子どもたちのたまり場だ。

 ただ18時に近いこの時間はさすがに人がいなくなっていて、ゆっくりと話をするには最適な場所と言えた。



 しかし、せっかくゆっくりと話せる場所にいるってのに、巴さんはこちらを見向きもしてくれない。

 彼女は夏らしく可愛いワンピース姿にツインテールという、刺さる人には刺さりまくる格好だ。

 だが、長くて細い足を組み、東屋の中のログテーブルに肘をついてそっぽを向かれると、すごくやさぐれてる感じが強い。



「巴さん、聞こえてる?」


 念のために声を大きくして尋ねるとしばらくして、


「自分と話すことなんてない。そないに大声出さんでも聞こえてるわ」


不貞腐れたようにようやく答えた。

 その言葉には独特のイントネーションがあった。



「よかった、聞こえてた。ねえ、今の『自分』って俺のことを指してるんだよね? 巴さんってひょっとして関西の人?」


「だから、なんで自分にそんなん答えなあかんの? そうや、アンタのことや。ウチは京都出身や」


「へえ、京都か。修学旅行でしか行ったことないな。巴さんがいま話してるのって京都弁なの?」


「知らんわ、そんなん。京ことば話す子なんて今時おらん」


「そうなんだ。こっちにはいつ、引っ越してきたの?」


「だから、自分になんか言いたない。高三になるタイミングでこっちに来たんや」



 ここまで話して、巴さんはようやく俺の方を振り向いてわめいた。


「あかん! なんでさっきから言いたないのに質問に答えてしまうん、ウチ⁉」



 どうやら巴さんの自我は『操作』に逆らおうとしてるみたいだけど、身体が許さないって状態のようだ。

 いやぁ、改めて『操作』ってホント怖いな。

「俺の質問には嘘偽りなく答える」って指示したらコレだよ。



「自分、ウチに何かしたん?」


「なにもしてないよ」


 俺も嘘が上手になった。



 おっと、遊んでる場合じゃないな。

 肝心の盗撮について聞かなければ。



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