第14話 お手上げかな
「――エミから、だいたいの話は聞いたわ」
受話器の向こうでそう言ったのは多摩先生だった。
ファミレスでの一件から一夜明けた翌日の火曜日。
『飛行艇』でのバイトを終えて帰ってきたタイミングを見計らったかのように、多摩先生からLINEの着信が入って俺たちは話していた。
「とりあえずエミは別れ話をしてから、一度も鶴見さんとは話してないみたい。LINEも既読無視してるって」
電話の向こうで多摩先生が大きな溜め息をつくのが聞こえた。
「結構、意固地ですよね、藁科先生って」
俺の言葉へ、
「そうよ? 酔ったときに特進の先生たちをディスってたの忘れたの?」
多摩先生が当然だとばかりに言う。
忘れてない。
『特進科の教師たちは〇玉ついてるのか』と暴言吐いてたときだな。
「あの子、正しいことと間違っていることをハッキリと区別しちゃう癖があるのね。その上で、それを自分の中で許せるか、許せないか決めてるの」
先生の基準だと特進科の教師は間違っていて許せなかった、ということか。
「で、今回に関してはエミ自身の行動が間違っていたと自分で判断したのね。で、自分で自分を裁いちゃってる」
「その裁きの結果が鶴見さんと別れるという『罰』ってことですか」
「そういうことなんでしょうね」
やれやれ。
死神でさえ人を裁かない世の中だってのに、自分で自分を裁くなんて物好きな。
「なにか言った?」
「なんでもないです」
「そう? まあ、そんな訳で、今のところはあの子の気持ちが落ち着くまではお手上げかな」
「わかりました。補講は……どうします?」
この補講をもともと提案したのは多摩先生だ。
一応、先生の意見も聞いておく。
「エミは続けるって言うから、とりあえずは継続で。気を使わせてごめんね」
多摩先生から謝られると不気味である。
「本当に、このままでいいんですか? 藁科先生に迷惑かけるぐらいなら……」
補講は中止にしたって構わないんだけど。
「富士くんができることはないからいいのよ。鶴見さんも富士くんの補講自体は理解した感じだったんでしょ? あとは二人の間の問題だし」
「……わかりました」
俺は納得がいかないまま、多摩先生との通話を切った。
次回の補講は明後日木曜日の夕方の予定だ。
その時までに藁科先生の元気は……戻らないだろう。
藁科先生の気持ちを考えると、補講が受けられることを手放しで喜ぶ気にはなれない。
正直、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
――それにしても、あの写真は一体、誰が撮ったのだろうか。
折木 奉太郎や小鳩 常悟朗という訳にはいかないが、ここは俺なりに出来るだけ推理してみよう。
「消去法で消していくとすると、まず鶴見さん本人はないだろうな」
あの写真を撮ったのが鶴見さん本人なら、俺がファミレスに行った段階で写真の藁科先生の相手が俺だと分かったはずだ。
でも鶴見さんは俺が自ら名乗り出て初めて写真を確認し、そこでようやく気づいたぐらいだ。
それにもし写真を撮ったのが鶴見さんなら、わざわざ藁科先生に
「いま、どこにいるんだ?」
なんて電話をせずとも現場に踏み込めばいいだけの話だ。
だから、写真を撮ったのは鶴見さんではないと考えられる。
ついでに加えると、俺が写真の話をしたとき、鶴見さんはLINEのトーク画面から写真を確認していた。
ということは、写真を送った者は鶴見さんとLINEで繋がっている。
つまり鶴見さんとも藁科さんとも繋がりのない第三者の線もすでに消えている。
「次は枳高校の関係者の可能性だけど、これもだいぶ低いだろう」
なぜなら枳高校の関係者なら、写真に写った俺自身の情報も、写真と一緒に鶴見さんに流れているはずだからだ。
梨華や吉野さんから聞いたのだが、俺はいま、教師間はもちろん枳高校生の中でもずいぶんと有名人になっているらしい。
それほど特進科を抜いて普通科の生徒が期末学年一位を穫ったということは、枳高校内では大ニュースだったということだ。
それだけではない。
最近では、一年だけでなく学校全体でもトップクラスの人気を誇る読者モデルの矢作 梨華がいま一番親しくしている男として、わざわざ俺を見学に来る生徒が男女を問わず出てきているのだ。
実際、夏休み前には休憩時間になると教室の扉の向こうから、数人で固まって俺を指さしている生徒がとても多かった。
まさかここへ来て、ふたたび珍獣扱いされる日々が帰ってくるとは正直思っていなかった。
しかも見学にきた生徒は漏れなく、首を傾げながら帰りやがる。
梨華と釣り合いが取れてないことなんて、俺が一番知ってるっての。
閑話休題。
そんなわけで、学業的にもプライベート(?)的にも枳高校内では有名人である俺のことを情報提供していなかった、または知らなかった、ということで枳高校関係の線は細くなる。
「となると残るのは鶴見さんの関係者の線だ」
ああいう形で写真を送ったということは、鶴見さんと藁科先生の交際を快く思っていない人物、それでいて鶴見さん側の人間である確率が高いと見た。
そしてその人間は、枳高校から出てきた藁科先生を尾行してあの写真を撮ったと思われる。
なぜなら藁科先生はこれまで、枳高校での業務が終わってからしか俺の家に来たことがない。
つまり学校から藁科先生を尾行しない限り、俺と藁科先生の関わりを知る機会はないはずだ。
「さて、どうするか」
そこまで推測はしたものの、俺個人は鶴見さんと直接の繋がりがないから、これ以上情報を得られない。
逆に盗撮側《向こう》はこちらに正体を知られていない分、まだまだ自由に動くことができる。
再び藁科先生を尾行して、先生が俺の家に上がる写真を撮ることも可能ということだ。
いくら鶴見さんが事情を知ったとはいえ、仲直りもしないまま、再び同じような写真が送られてくればいい気はしないだろう。
それに、悪意を持って写真を加工されたりすれば、どのようなデマを伝えられるかわかったものではない。
どうにかして盗撮者を止めなければ、話が余計もつれる心配があった。
「富士くんができることはない、か」
俺は多摩先生の言葉を繰り返した。
たしかに、そうだ。
俺が普通の高校生だったら、ね。




