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第10話 どういうこと?

「え?」


 藁科先生とその彼氏である鶴見さんのLINEトーク画面には、俺がウチの玄関を開け、藁科先生を家の中に招き入れている瞬間の画像が貼られていた。



「な、なんで彼がこんな画像を? 見てたの? どういうこと?」


 酔っていないときは理知的なはずの藁科先生がすっかりパニックに陥っている。

 ここはとりあえず俺が落ち着かないといけない。


 俺はいつもの深呼吸をする。

 目を閉じて、一回、二回、三回。

 

 ……よし、考えろ。

 これから何をすればいい?



「……画像は今日のものですね」


 画像に写っている俺と藁科先生の服装が今日のものだ。

 二時間前に、先生がうちに上がったときに撮られたってことか。



 続いて俺は玄関を出て外を見る。

 俺のアパートは正に「昔ながらのアパート」という建物だ。

 二階建ての木造アパートで、各階5室ある中の一番南端の部屋に俺は住んでいる。

 手すりは所謂ストリップ状になっているため、外からは玄関が丸見えだ。

 

「誰もいない、よな……」


 画像の角度から考えて、恐らくこの辺りから撮ったのだろうと予想をつけた地点があったが、当然そこに人はいなかった。


 ウチのアパートは住宅街の一画にあるから、午後8時近く(こんな時間)に立ち止まっているような人がいれば結構目立つ。

 一応、アパートの反対端からも見てみたが、特に気になるような人影はなかった。



 アパートに戻ると、藁科先生が再び電話をしていた。



「――嘘をついていたことは謝るわ。本当にごめんなさい」



「――でも、あなたが考えているような関係じゃないの。それは信じて」



「――ねえ、お願い。私の話も聞いて」



 話しぶりから、状況は大分よくないということがわかる。



 ああ、それにしても最悪だ。

 藁科先生の幸せな結婚を祈っていたってのに、まさか俺の補講のせいでこんなことになってしまうなんて。



「――わかった。すぐに行くね」


 藁科先生が最後にそう言って電話を切った。



「……どうでしたか?」


 うまく言葉が見つからず、状況を伺うことしかできない自分がもどかしい。


「う、うん……今から会ってくれるって。でも、冷静な会話が出来ないとイヤだからって、彼の家の近くのファミレスを指定された」


 真っ青な顔をして藁科先生が答えた。



「冷静な話ができない」ということは当然、()()()()()()()()()()ということである。

 結婚を前提に付き合っている彼女が、女友だちと一緒だと言っておいて男の家に上がり込んでいたことを知れば当然の反応だろう。


 それでも人目のあるところで話をしようとするだけ、彼氏は努めて冷静に話を聞こうとしてくれている。

 それが唯一の救いと言えるか。



「すいません。俺の補講のせいでこんなことに……」


「ううん。富士くんが謝ることはないわ。もとはと言えば、彼への説明を避けた私が悪いんだから気にしなくていいの」



 いや、気にしますよ。

 だってスマホを持つ先生の手、震えてるじゃないですか。



「せっかくコーヒーを淹れてくれたのにごめんなさい。私、行ってくるわね」


 勉強道具を手早くまとめた(バッグへ乱雑に放り込んだというべきか)先生は玄関で慌ててヒールを履く。



 どうしよう。

 俺にできることはないのか?

 俺のために頑張ってくれている藁科先生のために、俺はなにかできないものか?



 考えた俺が思わず発したのが次の一言だった。


「俺も、行きます」



◇ ◇ ◇



 待ち合わせに指定されたファミレスは、ウチの家から車で15分ほどの国道沿いにある店で、藁科先生の彼氏の家の近くの店だと言う。

 電車で行くこともできたが、時間が惜しいのでタクシーを使うことになった。

 表通りからタクシーを拾い、俺と藁科先生はファミレスに向かった。


 車内で俺たちはほぼ無言だった。

 藁科先生はずっと流れる車窓を眺め、俺は車の向かう先を睨むように見つめていた。



 正直なところ、思わず先生に付いてきてしまったことを多少後悔していた。

 俺が出ていけば余計に話が複雑になる可能性もある。

 藁科先生のためと思ったこの行動が、裏目に出ることも大いにありえた。


 しかし、もし再び同じ場面に遭遇したとしても、藁科先生をあのまま一人でファミレスに向かわせる選択肢は俺にはなかったとも確信していた。

 あんなに不安そうな藁科先生を放っておくことなど、俺にはできなかった。


 だから、それ以上は深く考えることをやめて、タクシーが少しでも早くファミレスに着くよう祈ることだけしていた。



 俺と藁科先生がファミレスに着いたのは20時半になろうとする時間だった。

 夕食のピークタイムはもう終わりかけているのか、店内にはいくつかの空席が見えた。


「あそこよ」


 席に案内しようとする店員に待ち合わせである旨を伝えて、店内を見回した藁科先生が男性の一人座るシートを指さした。


 藁科先生とその後ろに俺が、席の前に立ったあと、藁科先生は小さく息を吸ってからボックスシートに座っている男性に声をかけた。



「お待たせ。会ってくれてありがとう」


 藁科先生の声でシートの男性が顔を上げた。


 シートの男性は、短く刈り上げたヘアスタイルに理知的な顔をしていた。

 女子高にいたらさぞかしモテそうな、線の細い中性的なイケメンだ。



 ――この人が藁科先生の彼であり婚約者の鶴見つるみ 恭介きょうすけさんか。



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