表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/166

第6話 真面目なのね

 多摩先生と美幸が何やら話している一方で、俺と藁科先生はキッチンで急遽、簡単居酒屋つまみメニュー講座だ。


 彼氏に作ってあげたいという話だが、こんなおつまみメニューでいいのだろうか?

 ま、白ワイン片手にキッチンに立ってるぐらいだし、いっか。



「――そういえば藁科先生の婚約者の彼氏って、どんな人なんですか?」


 もやしを袋から出してボウルで軽く洗いながら藁科先生に尋ねる。


「な、なによ、急に。そんなこと聞いてきたことないじゃない」


 酔っ払っている藁科先生が怯んだ。


「まあ、ちょっと興味があって。補講の最中にそんなこと聞けないじゃないですか」



 正直なところ俺は、子供の頃の母さんとクソ親父の夫婦ゲンカというイヤな記憶が根強く、夫婦という男女の形に懐疑的な所がある。


 もちろん、美幸の両親である美智子さん夫婦や『飛行艇』のマスター夫婦のように素敵な夫婦像もある。

 しかし一方、くるみの不倫相手だったクズ課長のような夫婦もあるワケだ。


 愛し合って結ばれたはずの二人が、なぜそのような関係になるのか。

 その辺りの納得いく答えが見つからないうちは、自分の恋愛感情に真剣に向き合おうという気持ちが生まれそうになかった。


 そこで、夫婦を見てもわからないのなら、夫婦になる前のカップルを見ればわかるのではないかと関心があったのだ。



「そう? 面白い話は別にないわよ?」


 口調とは裏腹に、藁科先生は意外と話したがってる雰囲気だ。


「たしか婚約者の彼氏は先生と同じ高校教師をしているって聞きましたけど……」


「婚約者っていうか、結婚を前提にお付き合いしてるってぐらいが正しいんだけどね。刻文院こくぶんいん学園高校で物理を教えている先生よ」


 白ワインのグラスを傾けながら藁科先生が言う。


「ああ、刻文院こくぶんいんの先生なんですか」


 刻文院こくぶんいん学園高校は我が刻文院こくぶんいん学園(からたち)高校の姉妹校で、刻文院こくぶんいん学園高校は女子高だ。

 比較的門戸が広いマンモス校の枳高校カラコーと違い、県内有数のお嬢さま学校として有名である。



「フッフッフッ。エミは刻文院こくぶんいん学園出身で、彼氏はエミの高校時代の初恋の相手だったのよ! エミより5つ年上のイケメン教師!」


 美幸と話していた多摩先生がテーブルの方から口を挟む。

 なぜアナタが勝ち誇った感を出してるんですか。


「え! 教師と生徒の関係ってことですか?」


「そうよ、禁断の関係! エロいでしょ!」


「は、はい! エ、エッチです、多摩先生!」


 美幸が鼻息も荒く、多摩先生に賛同している。

 間違いなく美幸は多摩先生の悪影響を受け始めていた。

 ホントに呑ませてないんだろうな、多摩先生。



「でも男性教師が教え子に手を出すってのは、ちょっとどうかと思いますけど……」



 恋愛は自由だ。

 人の思いなんてどうすることもできない。

 しかし成人男性が、親の庇護下にある未成年の女子高生、それも自分の教え子に手を出したとあれば、どんな事情があれルール違反だし俺は間違っていると思う。



 ……え?

 成人女性に童貞を奪われそうになった過去?


 いや、俺はすでに親の庇護下にないし。

 未遂で終わってるし。

 おかげで俺はまだちゃんと童貞だし。

 なにより、あれはくるみの意志ではなく『操作』の力だし。



「待って待って。在学中はもちろん何もなかったわよ。彼に憧れてはいたけど、勇気が出なくて告白もしてないし」


 物思いにふけっていた俺の隣で、藁科先生が慌てて俺の言葉を否定する。


「よかった。それなら安心しました」


 俺は話をしながらも、もやしをザルに上げて水気を切ってから耐熱容器に入れた。

 軽く塩を振って混ぜ、ふんわりラップをしてレンジへ。



「富士くんってそういうところ、ホントに真面目なのね」


 藁科先生が感心する。


「ハッ! ただの童貞だからよ」


 多摩先生が台無しにする。

 アンタ、もう黙って酒呑んでろ。



「母子家庭で母から、男性は女性を守ってあげなさいって教育されてきたからですかね? 女性にはキチンと責任を持って向き合いたいんです。離婚した両親も見ていますしね」


「しょうちゃん、優しいもんね。女の子み~んなに」


 テーブルから振り向いて、美幸が意味ありげに言う。


「……なんかセリフにトゲがないか?」


べっつに!」 


 美幸は再びキッチンに背を向ける。



 なんなんだよ。

 お前もお前で、もう帰っとけよ。



 そんな俺たちをよそに、藁科先生は彼氏との馴れ初め話を続ける。


「教育実習で刻文院こくぶんいんに戻って、卒業以来4年ぶりに彼に再会したの。変わってなくてビックリしちゃった。そこから少しずつ、同じ物理教師として親しくなって……かな。ちゃんと付き合い始めたのは二年ぐらい前だけど」


「ていうことは、高校を卒業して大学に行ってる間も好きだったんですか? 彼氏のこと」


「やだ、そんなことないわよ。……ただ進学したのが女子大だったから、素敵だなって思える男性との出会いもなかったけど」


 藁科先生が頬を赤らめる。

 色っぽい。



 ……結局、今の彼氏以上に素敵な男性はいなかったってことか。

 よほど素敵な男性なんだろうなぁ。



 などと感心していると、電子レンジの音が鳴った。

 火が通ったもやしから出た水を切り、ゴマ油と醤油と鶏ガラスープの素を入れて混ぜる。



「はい、できました。もやしナムル」


「ふえぇ! 私、全然見てなかった!」


 藁科先生が可愛らしい驚きの声を上げる。



 だろうなぁ。

 一応、説明しながら作ったんだけど、藁科先生はほぼ白ワイン片手に彼氏との馴れ初め話に夢中だったし。



「あとでレシピをLINEしておきますよ。今日は多分、もう諦めた方が……」



 酔っぱらってレシピどころの話じゃないと思うし。



「そうね。それじゃ、呑みなおそうかな」


 藁科先生は急に興味を失ったかのように、多摩先生と美幸がいるテーブルに戻っていった。



 おいおい、この先生、まだ呑む気か。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ