第4話 ウンザリしてるのよ
「だぁかぁらぁっっ! 特進科の教師たちの肝っ玉の小ささにはホッッントにウンザリしてるのよ、私はぁぁあ! 聞いてるの、富士くん⁉」
「は、はい、聞いてます……」
「どうせね、特進科の教師ら、腹いせに補講を禁止したのよ! 普通科の富士くんが期末で特進科の生徒をごぼう抜きにして学年一位なんか獲ったりしたから。信じられる⁉ なんのプライドよ、それ⁉ それでもアンタたち〇玉ついてるのって尋ねたかったわよ‼」
〇玉って。
「それは尋ねなくて良かったですね」
「なにぃ⁉」
下から睨まれる。
「いえ、なんでもないです」
お酒って怖いなぁ……。
梨華は泣き上戸だったけど、この人は酒乱だったか。
「そもそもアンタもなんで学年一位なんか獲ったりしたのよ! そんだけ頭がいいクセに、普通科の生徒がそんな成績穫ったら反感買うって思わなかったワケ!?」
「ええぇ……。テスト受けるのに『ああ、俺、点数獲り過ぎちゃって反感買うかも』なんて思わないですよ」
「はぁ!? 当たり前じゃない、何言ってるの! そんなこと考えながらテスト受けたらダメよ!」
「いや、先生が今、そう言ったんじゃ……」
「え~? 私、言ってないわよ、そんなことぉ」
もう、ヤダ、この人。
「酔っ払うとこんな感じなんですか、この人……」
思わずボヤく。
「そうね、いつもこんな感じよ」
――そういうことか。
「お店で呑んでこんなに管を巻かれたら面倒くさいから、俺の家で呑もうとしたんですね、多摩先生」
俺は、俺の隣りで自分の存在を消すかのように黙って缶ビールに口を付けている多摩先生に小声で話しかけた。
そんなわけで俺の目の前には、ベロンベロンに酔っぱらった藁科先生が、まるでマンガのように管を巻いている。
あんなに日中、綺麗で凛としている藁科先生がこんなになってしまうとは。
お酒ってホントに怖い。
「えへへ、ごめんね♡」
多摩先生がテヘペロする。
「かわいく言ってもダメです」
しかし、藁科先生のこの酒乱っぷりは意外だったな……。
キャラ的には多摩先生がこっちって感じだけど、多摩先生は酒豪なのか全然変わりがない。
そもそも藁科先生は初め、俺の家で呑むことに反対していたのだ。
「美郷。いくらなんでも生徒の家で教師が酒盛りする訳にはいかないでしょう? 何を考えてるの」
だが、
「まあまあ。とりあえず喉も渇いてるでしょ? せっかく買ってきたんだから、せめて一本だけ呑んでからお店行こうよ」
などと多摩先生に絆されて缶チューハイを一本飲んだ辺りから様子がおかしくなり、二本目のハイボールで既にこうなっていた。
酔っ払うのが早すぎて止める間もなかった。
俺も母さんと美智子さんの呑み会を思い出して懐かしくなっていたから強く反対もしなかったのだが、こんなことになるのだったら徹底的に反対すれば良かった……。
「ちょっと、そこ! なぁに、私を放ったらかしにして二人で喋ってるのよ!?」
藁科先生が俺と多摩先生を交互に指差す。
完全に目が据わっている。
「はい、すいません」
「エミ、ごめん」
「ダメぇ~。罰としてなにかつまみでも作りなさい、そこの童貞!」
藁科先生は俺を差した指をそのままキッチンに向けた。
「やれやれ。遂に藁科先生からも童貞呼ばわりですか」
ため息をついて俺はキッチンに向かう。
「なんか文句でもあるの!? 私はアナタの専任物理補講教師よ!」
「いえ、ございません。喜んで作らせてもらいます」
精一杯の笑顔でキッチンに立った。
ヘタを切った胡瓜を摺りこ木で叩いたあと、手で一口大に割る。
醤油、砂糖、酢、ラー油をボウルで混ぜ、そこに胡瓜を入れて絡めてしばらく放置。
耐熱容器に冷凍ブロッコリーと麺つゆ、キッチンばさみで小口切りにした唐辛子を入れ電子レンジへ。
その間に皮を剥いたジャガイモを摺りおろして熱したフライパンに丸く広げる。
その上にキムチをのせ、ひっくり返して表裏しっかり焼けたら出来上がり。
電子レンジからブロッコリーの入った耐熱容器を出し、ゴマ油と塩を加えて混ぜる。
最後に白ごまをふって出来上がり。
この頃には最初の胡瓜が漬けあがっているので、小鉢にのせて糸唐辛子をかけてこちらも出来上がり。
「はい、お待たせしました。ピリ辛叩き胡瓜と、じゃがいもとキムチのチヂミと、無限ブロッコリーです」
「えええ、美味しそう~♡」
ポテトチップスを摘まんで、俺の料理が出来上がるのを待っていた藁科先生が歓声を上げた。
「チヂミはマヨポン酢でどうぞ」
言いつつ俺はマヨネーズとポン酢をテーブルに置く。
「へぇ、どれもなかなかイケるじゃない。勉強だけじゃなく、つまみまで作れるとはね」
多摩先生がブロッコリーを食べながら言う。
「母さんによく作ったので。久しぶりだったけど上手く作れてますかね?」
「美味しいぃぃ! あとで教えてもらう~」
藁科先生は、ハイボール片手に俺の料理を食べている。
「彼氏に作ってあげるつもりなんでしょ。はいはい、ごちそうさま。あーあ、ああなると彼氏の話が増えるわよ、エミは」
白ワインのボトルを開けながら多摩先生が愚痴っている。
ていうか、アナタ、どんだけ酒買ってきてるの?
そのときである。
家のドアホンが三度鳴った。
「あ? こんな時間に誰だ?」
先ほどの多摩先生と違い、今夜はこれ以上の来客の予定はない。
俺はゆっくりとドアを開ける。
「しょうちゃん! 今日もお母さんがお惣菜を持っていけっていうから来、た……んだけど……」
玄関前に立っていたのは、Tシャツにデニムのスカートという『枳高校の至宝』らしくない普段着の恰好をした、ここの大家の娘で俺の幼馴染の大井 美幸だった。
タッパーが入ったビニールを両手で前に掲げた美幸は、女教師二人が飲んだくれている俺の家の有り様を見てフリーズしていた。
「おお、美幸か。まあ、ウチはご覧の有り様だ」
自虐的に俺が呟いていると、
「ぐふふふふふ……」
背後から妙な声が聞こえてくる。
不審に思って振り向くと、そこには目を爛々と輝かせた多摩先生が立っていた。
「な、なんスか、多摩先生」
ビクビクしながら尋ねる。
多摩先生は大きく息を吸い込むと、一気に叫んだ。
「黒髪美少女キターーーーーーーー!」




