第21話 北上光一の独白
俺、北上光一が友人たちと遊んでいたカラオケボックスを出たのは夜の10時を回ったころだった。
特に行く宛もなかった俺たちは、再び中央公園の近くまで戻ってきた。
「なあ、光一。このあと、どうする?」
ツレが後ろから声をかけてきたが、俺は中央公園を見て今日の昼のことを思い出し、イライラとしていた。
「涼子のやつ……」
今日は図書室のぼっち女、涼子をからかって楽しい一日にするつもりだった。
約束の時間(もともと何時に待ち合わせたかは忘れたけど)から何時間も遅れても忠犬のように待っているか。
待っていれば俺の勝ち。
待っていなければツレの勝ち。
負けた方が、その後のカラオケ代の支払いを持つことになっていた。
俺は午前中、サッカー部の練習に出たあと、ツレたちと合流してノンビリと昼飯を済ませてから賭けの結果を確認に来たのだ。
それなのに涼子のヤツ、まさか男と一緒にいるなんて。
お陰でツレたちとの賭けは成立しねぇし、俺の面目は丸潰れだ。
しかも涼子が連れていた男は頭がおかしく、最後の最後に俺に妙な言葉を吐いてきやがった。
なにが「死神は人を罰しない」だ!
なんなんだよ!
頭おかしいんじゃねぇのか⁉
脅しにしては意味不明すぎるし、俺のそばで小声で呟いただけだから後ろで録画していたツレたちのスマホにも声が入っていなかった。
これではヤツに脅されたと学校にチクることもできない。
なにより、あの男の異様な雰囲気に一瞬でも呑まれてしまったことが腹立たしかった。
「あー、ムシャクシャするぜ!」
「なんだよ、光一。まだビビってんのかよ、昼間の男のこと」
ツレの一人が笑いながら言う。
「ああ? 俺はビビってなんかいねぇよ、なめんな!」
「そうよ~。光一はあんなぼっちに反抗されたって気にしないもんね~」
俺の腕に胸を押しつけるように絡みついてくる、俺の遊び仲間の美玖が言う。
「ねぇ、光一くん。アタシたちが癒してあげよっか? 明日は日曜だし、まだ歌い足りないからラブホでカラオケ徹夜しながら遊ぼうよ♡」
美玖が連れてきた女たちがカラオケマイクを持つ仕草をして、そのまま口をすぼめて頭を前後に動かす。
「なにそれ、カラオケじゃないじゃ~ん」
美玖のツッコミに女たちがガハハと笑った。
――やれやれ。
この女たちも簡単にヤラせてくれるのはいいけど、このバカそうな喋り方はどうにかならねぇのか。
その点、涼子は特進科で頭がいいし胸もデカかったから、向こうから告白してきたときは正直ラッキーと思ったんだ。
うまくやればセフレ兼家庭教師代わりにできたのに。
それをこいつらが賭けの対象にしようと言い出したやがったから諦めたのだ。
「え~、まさか告白受ける気なの~?」
などと美玖たちに煽られたらキープするとは言いにくかった。
まあ、いいさ。
また違う女を見つけるだけだ。
「――大丈夫。陰キャぼっち風情がなに言ったって関係ねぇよ。気にしねぇのが一番だ」
俺は吐き捨てるように言った。
「光一ってホントに陰キャとかぼっちが嫌いだよな」
ツレが笑う。
「ああ。目障りなんだよ、アイツら」
俺は、ああいう弱い人間たちが大嫌いだ。
なぜなら俺は、自分が本当は弱い人間であることを知っているからだ。
俺は自分が弱い人間であることを他人に知られたくない。
そのために好きでもないサッカー部に入り、頭の悪い陽キャの仲間に入り、陰キャのヤツらを下にすることで学校のカースト上位に入り、必死になって自分を隠し続けている。
強いヤツに俺の弱いことがバレれば、俺はそいつらに呑み込まれるだけじゃないか。
そんなのはまっぴらゴメンだ。
せっかく顔が良く生まれたんだから、最大限に利用してやる。
俺は呑み込む側の人間になるんだ。
だが陰キャとかぼっちとか、人に言われるならまだしも自分からそう名乗ってるヤツらは、自分がその立場のままでいいと思ってやがる。
自分が弱い人間であることを隠そうとしない陰キャのヤツらを見ると、必死に本当の姿を隠している俺をバカにされているようで腹が立つのだ。
「あ~、猫だ~」
俺の思考を遮り、美玖が声を上げる。
美玖の指さす方向に中央公園の茂みから顔を出す縞の子猫がいた。
猫はこちらを見て小さな声でニャアと鳴いた。
「やだ、かわいい~」
美玖が身もだえするが、俺は猫も嫌いだった。
特に子猫の甘えた鳴き声が大嫌いだ。
弱いからと甘えた声を出せば助けてもらえると思っていることが癪に障る。
「オラ、避けてみろよ!」
俺は足元の小石を猫に向けて蹴った。
だが、俺の蹴った小石は猫からだいぶ離れた見当はずれのところに転がった。
「ハハッ! なんだよ、光一。全然外れてんじゃん!」
ツレに揶揄われて俺はカッとなった。
「うるせぇ、見てろ! 今度こそ当ててみせるよ」
「え~、やめなよ~」
美玖が止めるが関係ない。
俺はさっきよりも大きめの石を見つけ、右足を振り上げて蹴っ飛ばした――
ガンという音が鳴り、道路に止まっていた真っ白の高級ミニバンのドアに石が当って大きなキズがついた。
「なにしてくれてんだ、コラァ!」
直後、ミニバンのドアが開き、男が二人駆け下りてくる。
ドレッド頭の男と、もう一人は腕にびっしりとタトゥーが描かれている。
一見してヤバい車にキズをつけたことがわかった。
「逃げるぞ!」
ツレの一人が叫んで走り出したが、
「逃がさねぇよ!」
ドレッド頭がすぐに追いかけてツレを捕まえた。
俺たちは逃げるも何も、二人組の最初の怒鳴り声で身体が萎縮してしまい動けなくなっていた。
「あ~あ、俺の車、あんなにしてくれてよ。弁償してもらわねぇとなぁ」
タトゥー男が巻き舌で言ってくる。
指さす車には、たしかにここからでも分かるぐらいの凹みがあった。
「す、すみません……」
俺は謝るが、ツレたちは、
「い、石を蹴ったのはそこのヤツなんで俺たちは関係ないです……」
「俺たちは勘弁してください……」
すでに俺を切り捨てて逃げる気満々だ。
まあ、そうだろうな。
俺だって逆の立場ならそうしてる。
「いや、ダメだよー。止めなかった君たちも同罪。連帯責任ってヤツだよー」
ドレッドが、捕まったツレをヘッドロックして連れ戻しながら言う。
「そ、そんな……」
ツレたちの顔が固まる。
「あ、そうそう! そっちの女の子たち三人は、もちろん弁償しなくていいからね!」
ドレッドが急に笑顔で優しい声を出す。
「え、ホントですか!」
美玖を先頭に、女子三人の顔色が一斉に明るくなった。
しかし、その期待もタトゥーからすぐに否定される。
「女の子たちは俺たちがベッドで気持ちよくしてあげるから。一晩中かけて♡」
「心配しなくていいよ。お兄さんたち、すぐに気持ちよくなるクスリ持ってるから。そのうち授業中でさえお兄さんたちに会いたくなるような身体になっちゃうから」
「え……そ、それって……」
「ああ、心配しないで。使っても捕まったりするようなクスリじゃないから――まだ」
ドレッドがそう言って大声で笑った。
タトゥーもつられて大笑いする。
「……さて、男の子たちは弁償はしてもらうとして、まずはこの怒りを発散させてもらうかな」
「金持ってこれるぐらいには体力残してボコってやるよ」
「最近、公園に入れなくなった鬱憤も晴らさせてもらうとするか」
タトゥーとドレッドが指を鳴らしながら近づいてくる。
ああ、なんだってこんなことになってしまったんだ。
あのとき、草むらから子猫が出てこなければ……。
サッカー部の俺が、二度も続けて石を蹴り損じなければ……。
そんなことを考えているうちに、俺は段々と笑いが込み上げてきた。
このまま俺は強い人間に呑み込まれていくんだな。
もう強い人間のフリをしなくていいんだな。
なぜか俺は、絶望とともに奇妙な解放感に包まれていたのだった。




