第19話 甘えさせてもらうね
「さあ、上がって」
俺は吉野さんを再び家に上げた。
北上たちと決別したあと、俺は吉野さんを家に帰そうと大通りでタクシーを探した。
しかしこの急な雨でもともとタクシーが少ない。
その上、たまに見つける空車もびしょ濡れの吉野さんを見て乗車拒否をされているのか、なかなかタクシーが捕まらなかった。
――このままでは本当に吉野さんが風邪をひいてしまう。
そう判断した俺は、とりあえず緊急避難として公園のそばの俺の家へ吉野さんを連れてきたのだ。
「いま、シャワーの用意するから待ってて」
俺は靴を脱いですぐに浴室へ向かった。
「ねえ、興津くん。やっぱりそこまでしてもらったら悪いよ」
俺の背中へ、まだ玄関で迷っていた吉野さんが言うが、
「ダメだよ。いまからタクシーを呼ぶけどこの雨じゃすぐには来ないだろうし、その濡れた格好のままじゃ待ってる間に風邪ひくよ」
俺は吉野さんの意見を即座に却下した。
期末試験を病欠した場合の再試験も用意されているが、本試験よりも問題が難しくなると聞いている。
できれば本試験を受けた方がいい。
俺は浴室に行ってシャワーのお湯を出し、浴室内の温度を上げる。
そして洗濯機に洗剤を入れ、タオルに洗濯ネット、着替えとして俺のジャージを用意した。
ちなみに今朝、吉野さんが着てきた制服は梨華が預かって持って帰ってしまっている。
下着だけは当然、俺の家では用意ができないので途中のコンビニで買ってもらった。
「お待たせ。早くシャワー浴びて温まって。洗濯機はあとスタートを押すだけでおしゃれ着洗いになるようセットしておいたよ。洗濯ネット使うなら使って」
「洗濯ネットまで用意してくれたの……? いよいよ本当にお母さんみたいね」
吉野さんにそう言われると我ながらそんな気がする。
「母さんと住んでた頃は家事はほぼ俺がしていたからね。その頃のクセが出るのかな」
俺は笑う。
「わかった。じゃあ、もう甘えさせてもらうね」
吉野さんもようやく観念してくれたらしい。
玄関で靴を脱ぎ始めた。
「それが正解。さ、どうぞ」
俺は執事のように吉野さんを浴室へと促した。
吉野さんが浴室に入ってすぐ、俺はタクシー会社へ電話をする。
やはり雨で会社待機のタクシーはなく、早くても一時間後になるということだった。
この状態ではどこのタクシー会社も結果は同じだろう。
俺は一時間後で構わないから家まで来てもらうよう予約して電話を切った。
それから俺は、先ほど吉野さんと入ったコンビニで買っておいた板チョコを包丁で細かく刻んだ。
チョコが刻めたら牛乳を小鍋に入れ、泡だて器で混ぜながら温める。
温まった牛乳に刻んだチョコを少しずつ加えながら、引き続き泡だて器で混ぜていく。
「興津くん、ありがとう。おかげで温まったわ」
ちょうどそのタイミングで吉野さんがシャワーを出てきた。
「うん、それは良かっ……」
顔を上げた俺の目の前には俺の寝間着代わりであるダサジャージを着た吉野さんが立っている。
しかし俺は彼女の姿を見て思わず言葉を飲んでしまった。
吉野さんのおっぱいのところが、俺のジャージとは思えないほど膨らんでいる。
しかも、その膨らみの頂点にはなんかもう一つポチッとした頂点まで見えてしまっているではないか。
よ、吉野さん、まさかノーブラかい⁉
コンビニで下着を買ってもらったはずだがブラまでは買わなかったのか?
俺は慌てて顔をそむけた。
俺のダサジャージも着る人によってはあんなにエロくなるのか……。
眼鏡を掛けていない吉野さんは、俺が吉野さんのおっぱいをガン見してしまったことに気付いていない。
気付いていないから見放題なのだが、童貞の俺にそんな勇気はなく、目線が吉野さんの胸に行かないようソッポを向いておくしかできなかった。
「なんだか甘いにおい……」
吉野さんの言葉で俺は我に返る。
「あ、ああ。ホットチョコレートを作っていたんだ。よかったらドライヤーで髪を乾かしてから飲んで」
居間のちゃぶ台の上にマグカップを二つ置きながら吉野さんに勧める。
「ありがとう! ホットチョコレートなんて久しぶり」
「疲れと体の冷えが取れるよ。火傷に気を付けて」
冬場に、仕事から帰ってきた母さんにリクエストされてよく作っていたホットチョコレート。
数年ぶりに作ったけど、失敗するようなものじゃないから安心して人に出せる。
ちなみに母さんはこれにシナモンスティックを入れたり、翌日が休みだとラム酒を入れたりしていた。
「タクシーは予約したから、あと30分ぐらいで来るよ。その間に洗濯も終わると思う」
うちの洗濯機に乾燥機能はついていないので、洗濯までして持ち帰ってもらうしかないけど。
「ごめんなさい、何から何まで」
ドライヤーが済んだ後、しばらく俺たち二人は黙ってホットチョコを飲んでいた。
テレビをつける雰囲気でもなかったし、俺からヘタな言葉をかけて吉野さんをもう一度傷つけるぐらいなら黙ってる方がマシだ。
それから10分ほど経っただろうか。
「……陰キャでぼっちって言われちゃった」
やがて、吉野さんの方から口を開いた。




