第12話 ヨロシクね!
その週の土曜朝8時。
今日は梅雨の合間の久しぶりの晴れ模様となった。
前日の天気予報で晴れることを知っていた俺は早めに起きた。
そして溜まった洗濯を済ませたあと、念入りに部屋へ掃除機をかけ、窓を全開にして室内のこもった空気を入れ替えた。
「さて、コーヒーを飲むか」
それから、平日はインスタントで済ます朝のコーヒーを、時間をかけてゆっくりとハンドドリップする。
コーヒーはバイト先の『飛行艇』マスターこだわりのハウスブレンドだ。
最近、『飛行艇』のマスターにコーヒーのハンドドリップの仕方を、バイトのヒマな時間に教えてもらっている。
これまではネットで調べたり、おふくろの手つきを思い出しながら見様見真似でやっていた。
だが、お湯の注ぎ方ひとつにもポイントがあって、やり方一つでコーヒーの香りが格段に変わるのは驚く。
そのコーヒーを飲みながら朝食を食べる前に小一時間ほど勉強をするのが、俺の毎週土曜日のいわゆるモーニングルーティンってヤツだ。
この、朝食を食べる前に勉強をするというのがポイントである。
朝食後はなかなか集中力が湧かず、ズルズルと時間を無駄に過ごしてしまうからだ。
「ふう。いい天気だな……」
思わず呟いて、コーヒーに口を付けようとしたそのとき――
「お邪魔しま~す!」
ドアフォンを鳴らすのとほぼ同時に、俺の返事を聞くこともなくドアを開けて、黒のノースリーブシャツにパンツ姿の梨華が玄関に入ってきた。
なぜだ⁉
来年からの特進科転科を目指す俺にとって、大変重要な一学期末試験が来週に迫っている今週の土曜に限って、なぜぼっちの俺の家に客がくるのだ⁉
「さ、さ、涼子ちゃん! 遠慮せずに上がって!」
そして、なぜ梨華は俺の家で、まるで自分の家のように人を案内しているのだ⁉
「お、お邪魔します……」
梨華に促されて、ドアの向こうからこちらは制服姿の吉野さんが申し訳なさそうに顔を出してきた。
今日の吉野さんは眼鏡は掛けていないが三つ編みをほどいている。
それだけで、服装は同じながらも先日の図書室での姿とはだいぶ印象が違った。
「わ! コーヒーのいい香り!」
梨華がサンダルを脱ぎながら声を上げる。
「……ああ。ちょうどいま、コーヒーをドリップしたところだったんだ」
俺が梨華の言葉に答えると、
「えー! ありがと、うれしい! リカ、砂糖とミルク入れたい!」
梨華が笑顔で言った。
いや、これは俺ひとりで飲むつもりで淹れたんだけど……。
「涼子ちゃんは? どうする?」
しかし、俺の気持ちに気付かない梨華は自分の後ろで制服のローファーを脱いでいる吉野さんに尋ねる。
「あ……じゃあ、私は砂糖だけで……」
「だって! ヨロシクね!」
……。
「コーヒーミルクがないから牛乳でいいか?」
もう今更断る方が面倒くさい。
俺は二人のコーヒーを追加でドリップするのだった。
◇ ◇ ◇
「こんな時間だから、朝、食べてないかなと思って作ってきたの」
吉野さんが紙の手提げから出してきたのは手作りのサンドイッチだった。
色とりどりの具材を挟んだサンドイッチが、箱にビッシリと並んでいる。
「え? これ、吉野さんの手作り?」
俺が驚きの声を上げると、
「もともと北上くんに食べてもらうつもりで作ったついでで悪いんだけど。今日は家までお借りしてるから、せめてものお礼にって思って」
吉野さんが照れてるのか怒ってるのかわからない顔で言う。
「涼子ちゃん、リカと違ってお料理上手なんだよ」
梨華の言葉に、
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、遠慮なく」
俺は期待を胸に膨らませてたまごサンドを口に運んだ。
おお!
コレは!
――マズいんかい!
「よ、吉野さん。これ、塩と砂糖間違えてない?」
「え! ホント!?」
慌てて吉野さんがサンドイッチを食べる。
「ホントだ……。しかも、黒コショウと黒ゴマも間違えてる……」
「あ、よかった。それも間違いだったんだ」
尖ったセンスのアレンジかと思って、そっちは指摘しなかったけど。
「眼鏡掛けてないから見間違えたんだろうね。てことは、たまご以外の他のサンドイッチも同じミスしてるのか」
「どうしよう、北上くんの分も作ってきちゃった」
「……これは食べさせない方が無難かな」
俺のあとに一応、味見をした梨華も苦笑いしながら言う。
「お弁当持っていくって言ってなくて良かった……。ごめんなさい、変なもの食べさせて」
吉野さんが頭を下げる。
「別にいいよ。気にしないで」
俺はコーヒーで失敗サンドイッチの味を流しながらフォローする。
まあ、彼氏に食べさせる前にわかってよかったよ。
自信満々であのサンドイッチ出されたら、ちょっと今後のお付き合いが不安になるかもしれないし。




