第25話 矢作梨華の独白③
「ごめんなさい、待たせちゃって」
アタシは物理準備室前で立っている富士さんに謝りながら近づく。
「いや、別に。渡良瀬とか呼び止めていたけどいいのか?」
「信士ですか? 大丈夫ですよ。それより、さっきの話の続きがあって」
「つづき?」
富士さんが訝しげに尋ねる。
「まずは、両親から改めてお礼を言っておくように言われてますので。金曜日の夜は本当にありがとうございました」
アタシは手をそろえて頭を下げた。
「ああ、そんなことか。別にいいのに。でも、いいご両親だな」
「はい! ありがとうございます!」
アタシはパパとママを褒めてもらって素直に嬉しい気持ちが沸き上がった。
そういう気持ちになれたのも、パパとママがアタシに再び向き合ってくれるようになったからだ。
酔った勢いではあったけど、二人に泣きごとをすべて吐き出したのは結果的に正解だったと思う。
「父が富士さんのこと感心してました。しっかりしてるって」
「え……。そうか、へぇ……」
富士さんが少し笑顔を見せる。
「なんだか嬉しそうですね」
アタシに指摘されて、初めて顔に表情が出ていることに気付いたのか、富士さんは口元に手を当て、にやける顔を隠すようにした。
「ああ。俺は、あまり矢作のお父さんのような年齢の男性と話した経験がないから、そういうこと言ってもらえると嬉しいな」
へえ。
いつもは仏頂面で参考書を読んでいる富士さんが照れてる。
こんなかわいい所もあるんだ。
「これまで父が会ったことのあるアタシの同級生で、父と物おじせずにちゃんと話せた人がいなかったらしくて。普通科のアタシのクラスに富士さんのような人がいるのが意外だったそうです」
まあ、富士さんは昨年まで特進科の首席だったんだから当然なんだけど。
「そうかそうか。そんなに言ってくれていたのか」
ニヤけてる、ニヤけてる。
意外と褒められるの弱いんだな。
「父が、富士さんみたいな人だったらイイって言ってました」
「そうかそうか。何がイイって?」
富士さんの問いにアタシは答える。
「富士さんならアタシの彼氏にしてもイイってパパが言ってました」
「そうかそうか。――って、ハァ⁉ 何言ってんだ、お前!」
富士さんが目を見開いて大きな声を出した。
学校で富士さんのこんな大きな声、初めて聞いた。
「これまでの同級生じゃあ頼りないからダメだけど、富士さんなら安心してアタシを任せられるって」
信士もパパに会ったことがあるけど、パパのお眼鏡にはかなわなかったそうだ。
まあ、信士と付き合おうなんて思ってもいないから全然いいんだけど。
「い、いや、俺たち、別に付き合ってないだろ?」
「でも、パパにそう言われたら、アタシも富士さんとだったら付き合ってもイイなって思えたんです」
これまで男子から何度か告白されたことはあったけど、アタシはやっぱり、自分が好きな人と付き合いたかったから全てお断りしてきた。
でも、富士さんなら大好きなパパに認められるぐらいの人だし、なんだかんだで公園でもアタシを助けてくれたし、頭もイイから将来性も十分。
それに、猫好きに悪い人はいないからね。
「矢作。そう言って俺をからかうのはやめろ。そ、そうだ。俺には両親がいないし、矢作のお父さんもそういう事情がありそうな男は矢作には似合わないと思うんじゃないかな?」
「え? パパ、富士さんにご両親がいないことはもう知ってますよ? アタシが電話したときにアタシが説明したみたいですけど」
「あれ? そんなことまで言わせたか、俺……?」
「そうか! 富士さんはアタシの電話聞いてなかったから知らなかったかもですね」
聞き耳立ててる訳にはいかないからって席を外してたと言ってたもんね。
「あ、ああ、そうだな。俺は矢作の電話は聞いてない」
富士さんが何度も頷く。
「『ご両親を亡くされて一人暮らしをしていると言っていたが、芯のしっかりとした素晴らしい少年だった。ああいう少年と梨華が付き合うんだったらパパは大賛成なんだがな』って言ってましたよ」
「……マジか」
「そうだ! なんなら、将来的にアタシと結婚してアタシの家に入っちゃえばいいじゃないですか! そうすれば、パパも男の子が欲しかったと言ってたし、富士さんには新しい両親ができるし!」
「バ……バカか、おまえは⁉」
富士さんが顔を真っ赤にして怒る。
怒った顔も可愛い♡
「ねえ、どうですか? とりあえずアタシと付き合ってみませんか? 特進科の美幸さんとは付き合ってるワケじゃないんでしょ?」
「み、美幸とはそんな関係じゃねぇよ!」
「じゃ、いいじゃないですか。お試しでアタシと付き合ってみたら」
「お、お試しって! おまえはそんなんでイイのかよ⁉」
「もちろんアタシはお試しで終わらせるつもりないですよ。富士さんを手放すつもりはないですから」
言い始めたら止まらなくなってきちゃった。
パパに富士さんのことを言われてから意識しすぎちゃって、寝る時も富士さんのことばかり考えて眠れなかったことは秘密だけど。
すると、富士さんは急に心配そうな顔をして、
「……矢作。それ、本当におまえの本心か? ひょっとして理由もなく、俺のことが好きって感情が湧き出てたりしていないか?」
と言い出した。
「え? どういうことですか?」
「ど、どういうことって……。ん~、たとえば、覚えはないけど誰かに命令されて俺のことを好きになってるとか、好きになってる理由が自分でもわからないとか。そんな感覚はないか?」
「何を言ってるんですか? そんなことあるワケないじゃないですか」
富士さん、急に何を言い出すんだろう。
「い、いや、うまく説明できないんだけど……たしかに俺だってそんな『操作』かけた覚えはないし……でも急にそんな俺のことを……」
なんか一人でボソボソ言ってる。
よく聞こえないけど、ま、いいか。
「あ、そ、そうだ! そ、それに俺は来年、特進科への転科を目指しているんだ。授業料免除もかかってるしな! だから、勉強も頑張らなくちゃいけないし、いま誰かとお付き合いするとかは考えられないよ!」
富士さんは、慌てて言う。
でも、富士さんからそう言われることは想定済みだ。
「わかりました。じゃあ、お付き合いはまだしなくてもいいです。まずはお友達になりましょう?」
言いながらアタシは富士さんの手を取る。
「ちょっ……矢作、なにを……!」
「富士さんだって、美幸さんの手を握ったんですよね?」
そのまま今度は、富士さんの右手をアタシの両手で包んだ。
「あ、いや、あれは小学校のときに美幸を励ますつもりでな……」
富士さんの言い訳を遮って、アタシは富士さんと目を合わせる。
「今日からリカと友達、でいい?」
「あ……丁寧語……」
「うん! だって、友達には当然タメ語だよね! 翔悟!」
アタシは笑顔で友達の名前を呼ぶ。
翔悟は天を仰いでため息をついた後、
「……そうだな、梨華」
笑ってアタシの名前を呼んでくれた。
まずは友達から。
でも、これから頑張ってアタックするから覚悟してね、翔悟♡
第2章はここまでです!
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