第22話 サイッテー!
「ご両親も心配するし、そろそろ家に帰ろう。送っていくから」
俺が矢作に声をかけると、
「心配なんか、してないもん‼」
グズグズと泣いていたはずの矢作が急に大きな声を上げたのでビックリした。
なんだ、なんだ!
急にどうした!?
「パパもママも、リカの心配なんかしてないもん‼ 今からお家帰っても、パパもママもいないもん‼」
矢作は手足をバタバタさせながら、今度は駄々っ子のように騒ぎ始めた。
「ええぇぇえええ……マジかよ……」
コ、コイツ!
まさかこれは、噂に聞く泣き上戸ってヤツか⁉
それとも幼児退行か⁉
自分で酒飲んでおきながら、たかだか缶チューハイ一本でここまで酔っぱらうってウザ過ぎる!
酔った矢作、ちょっと可愛いけど!
ていうか矢作って、大人びた外見に似合わず『家ではパパママ&自分のこと名前呼びの人』だったか……。
「おっきいお家、怖いもん! 寂しいもん! 帰りたくないもん! レンジでチンするゴハン美味しくないもん!」
あらら。
出るわ出るわ、不満のオンパレード。
どれだけ不満を抱え込んでいたのだろう。
なにか変なスイッチでも入れてしまったのか、矢作の不平不満が止まらなかった。
……とは言っても、矢作自身が自分の家庭の現状に納得いっていないことは多少、想像がついていた。
俺の昔話の途中で、矢作が言ったこと。
「アタシたちが背伸びをしてでも大人にならなければいけなかった事情には、誰も何一つ気付いてくれないんですよね。寂しいって悲鳴を押し殺すことに慣れている子供なんているはずがないのに」
あのとき、矢作はよく俺の気持ちがわかるもんだなと思ったけど、考えてみればアタシたちって言ってたんだよな。
つまり、俺だけじゃなく矢作も背伸びをして大人にならなければいけなかったということ。
矢作にとって、両親が矢作を信頼して仕事優先で家を空けることは納得できなかったけど、大人になったふりをして我慢していたんだろう。
クラスでの矢作の取り巻きたちも、まさか矢作がパパママ大好き人間とは思っていないんじゃないか?
そういえば今晩、家族三人で食事に来ていたという『飛行艇』へ一人で食事に行こうとしていたのも、思い出の店で寂しさを紛らわすためだったのだろうか。
ひょっとして矢作は強がってるだけで寂しがっているんじゃないだろうか、と思っていたが、酔っぱらった矢作から正直にすべて聞かされる羽目になるとは思ってもいなかったな。
「やだもん、帰りたくないもん、お家にひとりで寂しいもん……」
矢作はグスグス言いながらテーブルに突っ伏していたが、やがて定期的な寝息が聞こえるようになった。
「寝るんかい」
言いたいことだけ言って眠ってしまった矢作を、俺は唖然と見つめる。
「どうしたらいいんだよ、コイツ……」
別に、このままウチに泊めてやるのは構わないけど、明日は朝から掃除とテスト勉強をしたい。
しかも矢作は暴れながら寝てしまったので、スカートのあちらや上着のこちらから矢作の色白で綺麗な素肌が露になっており、童貞の俺には精神衛生上、大変よろしくない。
「やれやれ。仕方ないか……」
俺は学校鞄を持ち出して、それに付いている猫のフィギュアを握った。
瞬間、俺は身体を後ろに引っ張られる感覚に陥る。
これは幽体離脱の前兆だと、ようやく覚えてきた。
「翔悟、なぁに? ボクを呼んだ? ……て、また女の子と一緒なの⁉」
リリィが宙に浮かぶ俺の背後に現れた瞬間に大声を出す。
「声がでけぇよ!」
「幽体のボクたちの姿や声は、人間には把握できないから大丈夫だよ。……ったく、それにしてもキミは童貞のクセに、いつも女の子と二人っきりでいるなぁ」
忙しかったのだろうか。
相変わらずリリィは機嫌が悪い。
「二人っきりって言っても、やむを得ずなんだけどな。あと、童貞っていうな」
「しかも今回はお酒も飲ませてるの⁉ 酔っぱらった女の子に何する気? サイッテー!」
「人聞きが悪いな! 俺が飲ませたんじゃねぇよ!」
「ま、知ってるんだけどね」
「考えてることが読めるんだから、そうだよな! でもドキッとするから、そういうのやめて!」
「で、どうしたの? ボクを呼び出して」
「説明してもいいけど、どうせ俺がリリィを呼び出した理由もわかってるんだろ?」
俺は冗談だとしても疑われたことが気に食わず、不貞腐れて言う。
「そりゃそうだけど、面倒くさがり過ぎじゃない?」
リリィが腰に手をあてて、ため息をつく。
「まあ、いいよ。で、質問の答えだけど、寝ている人間に『操作』をかけることはできるよ。眠る前に目を合わせてあったらね。ただし、相手が寝始めた直後10分の間まで、ね。その10分は、たとえ眠っていてもまだ深層心理に外の音が聞こえている状態だから、スナップ音も命令も届くから大丈夫」
「じゃ、今なら矢作が寝ていても『操作』をかけることができるってことだな?」
「彼女が寝始めて、まだ5分ぐらいだから余裕だね」
「わかった」
俺は机に突っ伏している矢作を眺める。
綺麗な寝顔に涙の跡が残っていた。
「午前中に会ったときは『操作』は使わないって言ってたのに、今日だけで二回も使ってるじゃん」
リリィが意地悪く言う。
「うるさいなぁ。研究対象の珍獣が積極的に動いてるんだから、しっかり観察しておけよ」
「で、その珍獣は、この子になんて『操作』をかける気?」
「……だから、わかってるくせに聞くなっての」
ホントはこんな出しゃばったこと、しない方がいいんだろうけど。
「死んでからじゃ、親に我儘も言えなくなるからな」




