第14話 だから、いいの
俺たち親子が美智子さんの所有するアパートに入居する日。
俺は大家さんである美智子さんと、その後ろに隠れる大井家長女の美幸と、この日初めて出会った。
「しょうちゃん。この子はウチの娘で美幸。これから仲良くしてね」
美智子さんから美幸を紹介される。
「うん! 僕は、あ……じゃなくて興津! 興津 翔悟! 美幸ちゃん、よろしくね!」
親父と出会ってすぐに結婚・妊娠と、あっという間に通過した興津家。
なかなか子供ができず、不妊治療の末の高齢出産でようやく子宝に恵まれた大井家。
そんな両家の子供が同い年とは、母さんと美智子さんも引っ越しの当日まで知らなかったそうだ。
美幸は当時から抜群の美少女で、俺がこれまで会った同い年の女の子の中でもダントツに可愛かった。
だが引っ越しとともに小学校を転校することになった俺は、美幸が美人だからというよりも、見知らぬ土地で最初に知り合った同い年の友達を無邪気に喜んでいた。
「よ、よろしく……」
だが美幸は、俺と目を合わせることなくオドオドと頭を下げ、それっきり何も言わなくなってしまった。
美幸はこの日、つややかなロングの黒髪に赤いリボンをつけ、まるでピアノの発表会にでも出るような千鳥格子柄のフレアドレスを着ていた。
俺はこんなお嬢様のような格好をする少女に現実で出会ったことがなかったので、美幸と同じように言葉を失い、結局、二人で黙りあう形になってしまった。
「まだ、二人とも緊張してるのかな? じゃ、ゆきさん。部屋を案内するわ」
美智子さんが笑いながら母さんを連れて先に部屋へ入っていき、俺たち子どもだけがその場に残った。
「……美幸ちゃん! 僕、新しい小学校のこと全然分からないから教えてもらっていい?」
俺は少しでも仲良くしようと、意を決して美幸に聞いてみた。
しかし美幸は、
「が、学校……? 学校のことはあんまり……」
口元でモゴモゴと言い訳をするだけで、うんと言ってくれない。
「……どうしたの?」
俺の質問に美幸はそれ以上答えなかった。
なぜ、学校について美幸がハッキリと言わなかったのか。
その事情は実際に学校へ通ってわかることとなる。
それは転校初日。
俺が先生から転校の紹介を受けたあとの休み時間のことだった。
「『お人形』の後ろからついてきた『オケツ』野郎~♪」
俺はクラスの男子生徒数人から、変な呼び名でバカにされた。
「『お人形』に『オケツ』? アレってまさか僕たちのこと?」
先生から「知り合い同士だから」と、俺の隣の席に配置された美幸に尋ねる。
「う、うん……。『お人形』は私のこと……」
美幸が着ているドレス風の格好をバカにしたあだ名だという。
実際、美幸は今日もフリフリのスカートにヒラヒラのブラウスを着てきていた。
俺は昨日、美幸がどこかに出掛けたから発表会ドレスのような恰好をしていると思ったが、美幸は普段着としてこういうドレスのような服が好きだったらしい。
たしかに多少、クラスで浮いている雰囲気は感じ取った。
「美幸ちゃんが『お人形』ってことは……僕が『オケツ』?」
「……そうみたい」
「『オケツ』ってどういうことだろ?」
「……たぶん名字、じゃないかな?」
「あ、そうか。僕、名前が興津になったんだっけ」
俺は自分の新しい名字にまだ慣れていなかったから、『興津』が『オケツ』に変換されたことに気付いていなかった。
あまり実感もなかったので、
「よく、そんなこと思いつくなぁ」
と呑気に感心していた。
しかし気楽に考えていた俺の予想を越え、話はその程度では終わらなかった。
男子生徒たちは『お人形』と『オケツ』という言葉の組合せがずいぶんと気に入ったらしい。
「おい、みろよ! オケツのヤツ、帰りもお人形のオケツを追ってるぞ!」
「転校早々エロいな、オケツ!」
「お人形も嬉しそうな顔してるぞ! 二人してエロだ!」
この日は帰り道まで、男子たちは飽きずに俺たちのことをバカにし続けた。
俺たちの後ろをついてきていたヒマな同級生たちがようやく姿を消したころ、
「……ね、わかったでしょ? 私と一緒にいると翔悟くんも嫌な思いをするし、学校では私とあまり仲良くしない方がいいよ……」
美幸が消え入りそうな声で言った。
繰り返しになるが、美人看護士長として病院内でも有名だった母親の美智子さんの血を継ぎ、美幸は当時から色白で目鼻立ちがはっきりとした美少女だった。
それが災いし三年生になってすぐ、思春期が始まったばかりの男子生徒たちからイジメに近いちょっかいを受けるようになったそうだ。
「僕が来る前から毎日、あんな感じだったの?」
俺が美幸に問うと、美幸は黙って頷いた。
前の学校では、このようなからかいやイジメの標的になったことはなかったし、俺がそういうことを目撃したこともなかった。
ただ、俺がもし標的となったら、
「そんなの、きにしなければいいじゃん」
程度に考えていた。
だが、いざやられてみると一、二度言われるぐらいならまだしも、何度もしつこく言われるとイライラするし多少は傷つく。
実際、この日一日で俺はずいぶんと消耗させられた。
美幸はこれを半年近くも受けていたのか。
「担任の先生とか、美幸ちゃんのお父さんやお母さんに相談は……?」
あの性格の美智子さんのことだ。
かわいい娘がひどい目に遭っていると知ったら、学校まで怒鳴り込んで生徒たちに説教することだろう。
しかし、美幸はランドセルの両のベルトをギュッと握りながら、静かに首を横に振った。
「お父さんもお母さんも、お仕事で忙しいから……。あと4、5か月でクラス替えだし、私がガマンすればいいの……」
直接、手を出されている訳ではなかったし、担任の目が届かないところで言われているからイジメの証拠もない。
女子たちも男子生徒が怖いのか、もしくは美少女の美幸に対して多少のやっかみもあるのか、味方になってくれる生徒はいなかったらしい。
美幸は誰に相談することも出来ず、一人でイジメの辛さを抱え込んでいた。
「だから、いいの……」
立ち止まって、ふたたび美幸が呟いた。




