第12話 不思議だなって
「そういえばご両親で思い出したけど時間は大丈夫なのか?」
俺は時計を見ながら矢作に尋ねた。
すでに時刻は22時を回っている。
今日は両親がいないから『飛行艇』で食事をするつもりだったと聞いてはいたが、さすがに帰ってきてるだろう。
しかし、矢作の答えは違った。
「今日は週末で明日は仕事が休みだから、多分、二人ともギリギリまで残業してくると思います。この時間で連絡がないってことは、二人とも職場で仮眠して帰ってくるつもりかも」
「二人とも泊まりがけで仕事してくるのか。――って、じゃあ、矢作は今日家でずっと一人なのか!?」
「はい」
「マジか! いくら高校生とはいえ女の子一人って不用心じゃないか?」
俺が驚いて尋ねると、矢作は手を口元に当ててクスクスと笑った。
「な、なんだよ」
「いえ。うちの親でさえアタシのことを全然心配してないのに、富士さんが心配するのって不思議だなって。それに富士さんだって一人じゃないですか」
「俺は男だから大丈夫だよ。でも矢作は実際、ナンパされて危ない目に遭いかけていただろ? 雑誌の人気モデルを務めるほど可愛いんだから、ちょっとは用心した方がいいんじゃないか?」
「え! 富士さん、いまアタシのこと可愛いって言いました⁉」
俺の質問を無視し、矢作が身を乗り出してニカッと笑う。
しまった。
本音ではあるが、口が滑った。
リリィとの付き合いのせいで、女の子と会話するとき本音を話しがちな癖でもついちゃったのかな。
「へえ~。いつもクラスの隅で仏頂面で授業聞いてる富士さんが、アタシのことを可愛いなんて言ってくれる日が来るとは思わなかったな~♪」
矢作が嬉しそうにしている。
やべえ。
面倒なセリフを聞かれた。
「なんだよ。人気モデルなんてやってれば、そんなの言われ慣れてるんじゃないのか?」
「そんなことないですよ。撮影のときにカメラマンさんなんかに言われるのは、モデルを気持ちよくさせてイイ表情を引き出すためだってわかってますし、学校では男子からそんなこと言われたことないですもん」
「そりゃ、普通は女の子に可愛いって伝えることなんて恥ずかしくてしにくいもんだからな」
「でも、富士さんは言ってくれるんですね」
矢作がニコニコしている。
ああ、クソ!
かわいいじゃないか。
このままだと気を抜けばまた言っちゃいそうだ。
最悪、『操作』使って記憶を消しちゃおうかな。
「あー、ところで矢作のご両親って仕事は何をしてるの?」
俺はとりあえず、ヘタクソに話題を変えようとする。
「あ、話題を変えましたね。……でも、まあ、いいです。父は不動産会社の経営を。母は建築デザイナー事務所の代表とデザイナーを兼務してます」
矢作は俺の窮地を見かねて、俺のヘタクソな話題転換に乗ってくれた。
意外とこういう気遣いしてくれるんだよな、矢作って。
「両親どちらも会社を経営してるんだ。忙しいんだな、二人とも」
「みたいですね~」
……ん?
いまの矢作の言葉、妙に宙へ浮いたような響きがあったか?
なにか答えを突き放したような。
「あまり詳しく聞いてないんです。二人とも、ほとんど家に帰ってこないんで」
俺の反応に不自然なものを感じたのだろうか。
矢作は言い訳のように続けた。
だが、やはり矢作の両親への言葉は先ほどまでの俺との会話と違って辛らつだ。
「ふーん。ご両親が矢作を信用してるのはいいけど、なんか寂しいな」
「信用してるのか、面倒なのか知りませんけどね~。ま、アタシも親がいなくて伸び伸びやらせてもらってます。掃除もハウスキーパーさんが来るから家事もしなくていいですし」
今日だけじゃなく、いつも遅いってことか。
でも、両親ともいないってのもなぁ。
「こんなのいまどき普通ですよ。親なんて『お金だけ渡せば大丈夫でしょ?』って考えですし。その点、二人ともお金は稼いでくれますし、うるさく言わないから最高です」
矢作の言葉は止まらない。
猫の相手をしていたときと違って、両親にはずいぶん冷めた目をしてるんだな。
制服を着ていない矢作の外見は高校生に見えないし、内面も大人っぽいんだろうか。
その割に気になることもあったけど……ま、それはいいか。
「ところで富士さん。一つ、聞いていいですか?」
今度は矢作の方が話題を変えてきた。
「なんだ? 勉強なら教えてやれることもあるけど」
矢作の成績はクラスの後ろから数えた方が早いぐらいのものだ。
「勉強はいいです。ていうか、そんな話じゃないです」
ま、俺もそんな気はしていたよ。
「率直に聞きますね。……なんで去年、留年したんですか?」
やっぱり。
そりゃ聞かれるよな。
「教室で富士さんと話したことなかったからわからなかったけど、今日こうやって話してみて別に話しづらい人じゃないし、成績だって別に赤点取るような成績じゃないし。何があったのかなって気になって」
「ホントに留年したことしか知らないんだな、みんな」
俺が皮肉交じりに言ってみると、
「だって富士さん、クラスで誰とも話さないし」
見事にカウンターで返されてしまった。
反論の余地もなくて困る。
「出席日数不足だよ。一年間の欠席が三分の一を越えちゃってな」
「それって、やっぱり去年のことですか?」
矢作が寝室代わりの和室の片隅に目を向けた。
そこには、まだ真新しい仏壇が置かれている。
矢作は家に入ってすぐ線香をあげてくれていた。
「あまりそれを理由にはしたくないんだけど、まあ、そうだな。ちょっとショックが重なったし」
「どんな方だったんですか? お母さん。あ、でも、ムリに話さなくていいですよ」
矢作は気を使ってくれたが、
「いや、大丈夫。――母さんな。キレイな人だったよ。それでいて優しかった」
俺は昔話を始めた。




