第9話 そうとしか見えませんでした
「玉ねぎにベーコン……あ、サラダ用のレタスも欲しいな」
俺は思いついた品物を買い物かごに放り込んでいく。
ここは俺の家の近所のスーパー「田五十」。
大手資本ではない地元のスーパーで、豊富な地場野菜と新鮮な肉・魚、そして圧倒的な安値でいつも人気のスーパーである。
「あのぅ……どういうことですか? どこかのお店に入るんじゃないですか? なんでスーパーで買い物なんかしてるんですか?」
俺の後ろをついて来る矢作が、次々に質問してきて煩い。
いまだに丁寧語が抜けないけど、それを何度も指摘するのは面倒なのでもうそのままにしている。
丁寧語の方が話しやすいと言うなら好きにさせるまでだ。
「家に帰らなきゃいけない用事があるから、俺の家でメシを作るよ。材料費はそんなにかからないから心配するな」
俺は答えながらも買い物を続ける。
昼休みに美幸と話したとおりなら、美幸がとっくに美智子さん手作りのお惣菜を俺の家まで配達してくれているはずだ。
早く家に戻って回収しないと、まだ五月とはいえ傷んでしまう。
「用があるなら、今日はやめて他の日にすればいいのに……」
矢作が後ろでブツブツ言っているのが聞こえたが、俺は聞こえないフリをした。
もちろん、美智子さんの手作り惣菜を回収しに家へ帰らなきゃいけないから、矢作を俺の家へと誘ったというのは本当の理由ではない。
だが、本当の理由はどうせ言えないんだから聞こえないふりをするのが一番だ。
そもそも、俺だってホントはせっかくの休日前の夜なんだから一人でゆっくり過ごしたい。
これまで一度も会話らしい会話をしてきていない矢作と、わざわざ一緒に飯を食う理由も必要もない。
それなのに一度は断った食事の誘いを急に撤回したのは、もちろんタトゥーとドレッド二人組のせいだった。
あの二人組 には、矢作を忘れることと公園に近づかせないための『操作』しかかけていない。
もっと厳しい『操作』、例えば
「今晩のうちに荷物をまとめてこの街から出ていけ!」
なんて命令もできたのに敢えてしなかった。
なぜなら、たとえ男相手でもやはり『操作』をかけることに抵抗があったからだ。
安易な『操作』はあとあと面倒なことになると骨身に染みているからこそ、出来るだけ簡潔で効果のある命令に留めておきたい。
アイツらに関していえば、俺とのケンカのことさえ忘れてくれれば、ぼっちの俺と街中で再会したところで因縁をつけられるほどのことは起こらないと踏んだのだ。
しかし、高校生離れしたルックスの矢作は違う。
人気読者モデルをしているだけあって、矢作は遠目からでも目立つ。
今だって九頭身以上はある抜群のスタイルのせいで、スーパー内では頭一つ抜けて見えるし、しかもそこで見える顔が超美人なので、すれ違う客がみな振り向いてくるほどだ。
そんな矢作を一人にした後、運悪く再びアイツらが公園の外で矢作を見つければ、矢作のことを忘れたアイツらがまた同じようにちょっかいを出してこないとも限らない。
それでは俺が肘を擦りむいてまで『操作』をかけた意味がなくなってしまう。
だから再びアイツらと矢作が鉢合わせることのないよう、公園から離れた俺の家の方向へ理由を付けてわざわざ連れ出してきているのだ。
「まあまあ。そんなに長い時間は拘束しないから」
俺は矢作をなだめるが、本心では面倒くせぇなぁと思っていた。
どうせぼっちの俺に借りを作ったままでは居心地悪いから、今日のうちに適当にお礼を済ませておきたいって魂胆だろ。
後になって恩に着せられたりしたら困るとでも思ってるんじゃないだろうか。
チッ、しねぇわ、そんなこと!
こちとら、女性の片乳に触れただけで身動き取れなくなるほどの、筋金入りの童貞だぞ!
恩に着せてどうこうなんて出来るような男なら苦労しねぇよ!
見損なうな!(←?)
週が明ければ何事もなかったように俺はぼっちに戻り、矢作は仲良しパリピグループに合流して俺を珍獣扱いする日々が戻ってくるだけだ。
今回の件をキッカケに、調子に乗って学校で矢作に話しかけるようなマネだって絶対にしねぇよ!
――それでも一度は助けた縁があると思って、仕方なく誘いを受ける形で助けてやってるんだぞ。
なのに、なんで俺が矢作の機嫌を伺わなきゃいけないんだ⁉
……ったく。
俺が人助けすると、ホントにロクなことにならねぇ!!
俺はそんな愚痴を脳内で吐き出すと、こっそり深呼吸して気持ちを落ち着かせながらレジに向かった。
◇ ◇ ◇
「お疲れさん。ここが俺の家だ」
俺たちは道中の会話も盛り上がらないまま、買い物袋を下げて俺のアパートにたどり着いた。
「え? 富士さんって一人暮らしなんですか?」
矢作が言いつつ、ウチのアパートを見上げる。
「なんだ。留年のことはみんな知ってるのに一人暮らしのことは知られてないんだな」
鍵をポケットから取り出しながら俺が言うと、それを聞いた矢作が、
「すいません……」
と気まずそうに頭を下げてきた。
「あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃない。悪かった」
俺は矢作の姿を見て、慌ててフォローした。
さっきまでの内心の愚痴を引きずって、ちょっと嫌みに聞こえる言い方になっていたか。
「別に留年のことも一人暮らしのことも隠しているつもりじゃないんだけどな」
俺が呟くと、
「え、そうなんですか?」
矢作は間抜けな声を上げた。
「隠しているようにみえたか?」
「……そうとしか見えませんでした」
え、そうなん?
「だって富士さん、クラスで誰とも話そうとしませんし、話しかけるなオーラ出てますし」
話しかけるな、なんて思ったことはないけどな。
まあ、俺のぼっち態度を見ていれば、そう思われても仕方ないか。
「留年したことを考えると、今のクラスのみんなとどう話せばいいかわからないんだ」
俺は正直な気持ちを話す。
もともとぼっち気質が強いところに一学年下のクラスへ放り込まれたら、そりゃそうなるではないか。
「そんなの別に気にしなくてよくないですか? 同じクラスメートなんですし」
矢作のあっけらかんとした言葉に俺は思わず苦笑する。
「……なんで笑うんですか?」
「だって、そんな言葉はクラスカーストのトップにいる矢作だから言えるんだよ。カーストのピラミッドどころか枠外にいる俺にはムリだ」
「クラスカーストって。別にそんなつもりでみんなといるワケじゃないですよ。アタシ、別に頭もよくないし」
「成績が良ければカースト上位になる訳じゃないよ。そこは人気とかさ。そして俺はカーストの下どころでなくカーストの外の人間ってこと。人間ってものは異物に対して、壁を高くして輪に入れないようにするものなんだって」
「異物、ですか」
「そ。一歳年上のぼっちの同級生なんて、まさに異物だろ」
矢作が未だに俺へ丁寧語を使うのも、無意識のうちに俺への壁を立てている証拠だがそれは指摘しない。
「んー。みんな、いい友達なんですけどね」
矢作は納得いかない、といった顔で首を傾げる。
ま、いいさ。
矢作に、ぼっちになる人間の気持ちなどわかるワケない。




