第7話 一緒におかえり
「富士……さん?」
ベンチの矢作は突然現れた俺に驚いた表情をしていた。
まあ、驚いたのはこっちも同じだ。
まさかこんなところでこんな時間にクラスの人間に会うとは。
学校帰りにその足で「飛行艇」のバイトに向かった俺は制服のままだったが(アルバイトはブレザーとネクタイを取った格好でやってる)、矢作は私服に着替えていた。
透かし編みのニットスカートに、クルーネックの長袖Tシャツを着た矢作は、メイクも学校のときより濃くしているようだ。
クラスメートでなければ、とても高一とは気づかないほど大人びた雰囲気である。
なるほど。
こりゃ、ナンパもされるわ。
「なんだ? お兄さん、この子と知り合い? 助けに来たってか、いい度胸じゃん」
タトゥーをした男が、いかにもケンカに不向きな俺の体格を見ながらバカにした笑みを浮かべる。
知り合い……というには、あまりに俺と矢作に接点がない。
クラスメートではあるけど会話をしたのは今日の昼が初めてなワケだし。
会話ってより伝達だったし。
珍獣扱いされたし。
「いえ違います。俺が用があるのはその人が抱いている猫だけです。知り合いの猫なんで」
俺はハッキリと言った。
金曜のこんな時間に、こんな目立つ恰好をして一人で公園にいる矢作にも非はある。
どうせ、いつものクラスの取り巻きと出掛けた帰りなのだろう。
あいつらと一緒に行動していればよかったのだ。
「ハッ、猫かよ! いいぜ、俺たちはこっちのキレーなおネーチャンにしか用がないからな。猫なんか連れてってくれよ。出掛けるには邪魔だから、どうせここへ捨てていくつもりだったし」
「……そうですか。じゃ、猫を預かっていきます」
二人の間を通り、俺はゆっくりと矢作に近づく。
ダッセェやつ、とドレッド頭の男が言ったのが聞こえた。
「あ、あの……」
矢作がまさに捨て猫のような目で俺をベンチから見上げてきたが、
「猫を預かる」
俺は冷たく言い放ち、矢作の言葉を断ち切った。
「え……あ……はい……」
助けてもらおうと思っていたようだが、俺のとりつく島もない言葉を聞き、矢作は諦めたように溜息をつく。
「――ほら。いい子だから、このお兄さんと一緒におかえり」
矢作は胸元のアメショーに優しく声をかけ、頭を一度、人差し指で優しく撫でた。
おもちちゃんが気持ちよさそうな顔をして、矢作の胸に顔を埋める。
よく懐いてるな、おもちちゃん。
俺はおもちちゃんを受け取りやすいよう、矢作の前まで近づき腰を曲げた。
そして矢作の耳元に俺の顔が寄ったところで、
『猫を抱いて逃げろ。飼い主は坊主の大柄の男性だ。この公園内にいる』
俺は矢作に小声で耳打ちした。
「え……?」
『いいから行け!』
俺は声を潜めたまま、矢作に強く指示する。
矢作は頷き、おもちちゃんをしっかりと抱き直すと、ベンチを回り込むように飛び出して後ろの生垣に入っていった。
「あ! 逃げた!」
「ウッシャ! 俺、女を追うわ!」
ドレッドが素早く反応して走り出したが、
「おっと、ごめんなさい」
俺はドレッドの進行方向へ横っ飛びするように体を投げ出してドレッドの足にしがみつく。
そのまま、ドレッドと一緒に地面に転がった。
「チッ! おまえ、ふざけんなよ!」
言いながら俺を追いかけてきたタトゥーが、ドレッドと組み合って倒れている俺の脇腹に蹴りを打ち込んでくる。
攻撃が来ると予想はできていたので、俺は両腕で蹴りをガードしていた。
「げふっ!」
それでも息が止まるほどの衝撃を受け、俺はドレッドから離れて転がる。
「おう、コラ。逃がさねぇぞ」
追撃のためタトゥーが一気に距離を詰めてきた。
「――逃げねぇよ」
だが俺の方が一歩早かった。
タトゥーに蹴り上げられ転がった勢いを使い、俺の前髪はすでに上へ掻き上げられている。
片膝をついた姿勢のまま俺は向かってくるタトゥーと目を合わせ、力任せに自分の両の手を叩いた。
直後、タトゥーは立ち止まり、転がったままのドレッドとともに焦点の合わない目になる。
『操作』成功だ。
「おー、痛ててて……」
呆然と立ち尽くす二人の前で、俺は砂ぼこりだらけの身体を叩きながら立ち上がる。
ドレッドとは最初におもちちゃんの件で声をかけたとき、睨まれながらも既に目が合っていた。
あとは十分以内にタトゥーと目を合わせることができれば、二人同時に『操作』をかけられるリーチ状態だったのだ。
ふう、危ない、危ない。
昼間にリリィから偶然、複数人を同時に『操作』する方法を聞いておいてよかった。
二人同時に目を合わせなければいけないと思ったままだったら詰んでいたな。
「ひと月ぶりにしては、うまくかけれたか」
俺は『操作』にかかった人間独特の、目が虚ろになっているドレッドとタトゥーを見る。
リリィも、ようやく使ったかと思ってることだろう。
こういう相手だったら『操作』をかけるのも躊躇わずに済むから助かるんだけどな。
「さーて、好き放題してくれたこの二人をどうしてやろうか」




