第2話 そろそろ帰るよ
金のことでは俺が『操作』を使わないと判断したリリィは、
「じゃ、女の子と付き合ったりとかしたら?」
懲りずに他のことを提案してくる。
「おいおい、それこそ勘弁してくれよ。もう一か月前みたいなことはコリゴリだ」
『操作』を使ってどれだけ相手が俺のことを好きになっても、それが『操作』の力によるものだって思うと、どうせ俺は夢中になれない。
くるみのときのように途中でヘタレるのが容易に想像ついた。
「それにもし付き合ったとしても、『操作』の力で付き合ったのならセックスはできないんだろ?」
俺はリリィにボヤく。
「セックスしなければいいじゃん。手を繋いだりキスするまでなら妊娠しないし、魂は肉体を離れないよ?」
「正常な男子高校生が彼女相手に手をつないでキスするだけなんて、そんなレベルで我慢できるわけないだろ!」
俺は血の涙を流す勢いで叫ぶ。
「あー。キミ、ぼっちでムッツリだもんね……」
リリィが再び憐れみの目で俺を見る。
「うるさい! ぼっちでムッツリじゃないヤツなんて、ラノベの鈍感系主人公ぐらいなもんだ!」
知らんけど。
……あ、そういえば一応、聞いておいてみるか。
「あのさ、例えばコンドームをつけたりして避妊したとしても、セックスしちゃダメなのかな……?」
俺は恐る恐る聞いてみる。
「童貞には分からないと思うけど、100%安全な避妊方法なんてないからね?」
「保健体育の授業かよ! チックショー!!」
聞いてみるだけ聞いてみたけど、やっぱダメか。
そんなこんなで結局リリィも、『操作』を使うことを頑なに渋る俺の説得は諦めてくれたようだ。
「――はあ、わかったよ。別に、使わなきゃ消失する能力じゃないからイイんだけどさ。それだと観察のし甲斐がないんだよねぇ」
「だから、人を珍獣扱いするなって」
「あ、そうそう。さっきの通知機能の話だけど――」
「聞けよ!」
「コレ、使わせてもらってる」
俺の幽体離脱中、俺を含めたクラスメート全員が動きを止めている俺の教室へリリィが降りていき、俺の鞄に付けられているストラップを指さした。
そのストラップには、タキシードを着た猫の全身像のフィギュアがついている。
それは、某アニメ映画に出てくるキャラクターのフィギュアストラップだった。
「……それを使ってるって、どういうことだ?」
俺は内心の動揺を面へ出さないように尋ねる。
「キミが『操作』を使ったとき以外にも、コレを握りしめればボクへ連絡が取れるようにしてあるよ。いわゆる、ボクへのホットラインだね」
「それはいいけど、なんで、そのストラップなんだよ」
俺が少し強めの口調で尋ねると、
「コレが一番、人の想いを強く宿していたから」
リリィがあっさり答えるので俺は思わず黙ってしまった。
「死神さまが自分の『操作』の能力をキミに分け与えたのと同じように、ボクもボクの持っているいくつかの能力をコレに付与したの。でも、ボクたち遣い魔は死神さまほど強い力がないから、物に宿っている思念というか、エネルギーを媒介にしないと能力を現世の物体に付与できないんだよね。物と遣い魔の能力をくっつける接着剤って言えばわかるかな?」
「……それで?」
「うん。それで、キミが普段持ち歩いている学生鞄の中でコレが一番、人の思念を強く残していたの。キミ、ぼっちだから通学以外ではあまり出歩かないし、通学では学生鞄は必ず持つしね」
いちいち、ぼっちって付け加えるな。
「ちなみにボクがいま、キミの前で姿を見せられるのもストラップのおかげ。この間は三途の川から直接、現世へボクの思念を送ったから声だけだったけど、コレを中継するようにしたから姿を見せられるようになったんだ。死神さまの言い方だと『Wi-Fiの中継基地局みたいなものだ』って」
「あっそ」
俺はあまり顔に出さないよう無表情で相づちを打つが、
「で、コレは誰からのプレゼントなのかなぁ?」
リリィが尋ねる。
……なんか、また口調が怒ってない?
「物に宿った想いって言っても、色々あるからねぇ。恨み、怒り、憎しみ……逆に、愛情とか?」
最後のところは、たっぷりタメを作ってリリィが言った。
「愛情なんてねえよ。あったとしても親愛ぐらいだ」
今のアイツが俺に愛情なんて抱くはずがない。
「キミがそう思っているなら、別にいいけどね~」
リリィが細目で俺の目を見る。
「ふーん。大井 美幸って子がこのストラップをくれたのか」
「だから心を読むなよ!」
プライバシーもクソもないな。
「ボクに隠し事したってムダだって、キミが自分で言ってたじゃん。いま、頭の中で顔まで思い浮かべてたでしょ?」
「チッ、うるせぇよ」
「まあ、いいけど。ソレのおかげでボクも現世に来やすくなってるワケだし」
じゃ、なんで追及したんだよ!?
「それじゃ、ボクはそろそろ帰るよ。授業中に引っ張り出して悪かったね」
リリィが笑って言う。
やれやれ、帰るのか。
「……ほぼ時間が止まってる状態だから構わないよ。まあ、俺も久しぶりにリリィと会えて嬉しかったし」
たまには誰かと話さないと、自分の声も忘れそうだしな。
それに、リリィのような可愛い子と俺のようなぼっちが話す機会なんて、こんなことがなければないし。
「……」
「どうした?」
「だから、ぼっちのクセにサラッとそういうキザなコトを考えるんじゃない!」
リリィの声が頭に響くのと同時に、俺の意識は授業中の俺の肉体に戻った。
なんだか、また怒らせちゃったかな?
リリィはホントよくわからないな。




