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第19話 狩野くるみの独白①

 目を覚ましたとき、私はベッドの上でキチンと毛布も掛けられた状態で横になっていました。

 部屋には誰もいませんでした。

 課長はもちろん、翔悟くんも。



 ――さっきまでのことは夢だったのかしら?



 最初はそう思いました。

 でも寝室を出てリビングに戻るとコーヒーを飲んだカップがキチンと洗ってあって、机の上には私の家のものではないルーズリーフが一枚残っていました。

 そこには丁寧な字で、こう書かれていました。



『くるみさんへ


 介抱してくれてありがとうございました。

 家に帰ります。

 さようなら。

                 翔悟


P.S.

 くるみさんの心配事は解決しました。

 もう変な気は起こさないでくださいね』



 メモを読んで私は最初、ああ、やっぱりアレは夢ではなかったんだ、と思いました。


 私をベッドに運んで毛布まで掛けてくれるような気遣いが課長(あの人)に出来るワケはないんですけど、なんとなく翔悟くんとのことは夢の中での出来事のような気がしてなりませんでした。

 だって課長以外の男性を知らない私が、何故あれほど大胆に彼へ迫ったのか、このときの私にはわからなかったからです。

 あれは夢だった、と思うしか自分の中で納得いく理由が見つけられませんでした。



◇ ◇ ◇



 翌日、会社に行くのはとても気が重かったです。

 前日の課長との別れ話も私の中では中途半端なところで記憶が止まっていたし、また押し問答になるのかと不安でした。


 ただ翔悟くんからの置き手紙に、


「くるみさんの心配事は解決しました。

 もう変な気は起こさないでくださいね」


と書いてあったのが気になって、とりあえずいつも通りに出勤しました。



 出勤してすぐ課長に会議室へ呼ばれました。

 会議室はガラス張りで中は見えますが中の音は遮断されるので、私が初恋に浮かれていたころはよく仕事の指示を受けているふりをして、二人で会う約束を決めたりした場所でした。


「――昨日言っていた()()()()()()()は考え直したんだろうな?」


 私が会議室のドアを閉めるやいなや、課長が私に言いました。


(やっぱり別れ話は終わってなかったんだ)


 私は少しガッカリしました。

 でも、すぐに気を持ち直します。

 だって私のことで翔悟くんが出来ることなんて何もないんだから当然です。



 ――これは私の問題。

 私が()()()()()解決しなければいけない問題。

 話が振出しに戻っただけ。



 そう考えて、私は再び覚悟を決めると、


「いいえ。課長とはもうお付き合いを続けることはできません。別れてください」


改めて課長にハッキリと言いました。


「だから、別れるって言うならこっちも会社で暴露するって言ってるだろうが! 俺は別れないぞ!」


 課長が立ち上がって叫びました。

 私は課長の剣幕に思わず目をつぶってしまってから、


(やっぱり私はもう、死ぬことでしかこの人と別れることはできないんだな……)


そんなことを考えていました。



 そのとき。


「ぐえぇええええ……」


 排水口から汚水が一気に流れ出るような音が聞こえて、何だろうと思った私は目を開きました。



 すると、さっきまで激高していた課長が私の目の前で、まるで土下座するかのようにうずくまっています。



「……どうしたんですか?」


 恐る恐る、聞いてみます。


「……う、うるさい! いいか! 俺は別れないからな! もし別れるというなら、昨日、おまえの部屋にいた男子高校生のことも淫行で警察に通報してやる! それがイヤなら、二度と別れるなんて言うんじゃない!」


 私は驚きました。

 なんで課長が翔悟くんのことを知っているのでしょう?

 私が気を失ったあと、課長と翔悟くんが顔を合わせたということでしょうか。


 ……い、いえ!

 それよりもまずは課長の誤解を解かないと!



「ま、待ってください! 彼には何の関係も……」


 私が課長に反論しようとした瞬間、課長は右手で握りこぶしを作り、それを高く振りあげました。



 殴られる――


 

 一瞬、私はそう思いましたが、課長はその握りこぶしを私ではなく()()()()()に勢いよく振り下ろしたのです!


 課長のこぶしはそのまま本人のスラックスのチャックの辺りへ、めり込むように撃ち込まれました。


『ボグッ』という鈍い音とともに、


「ぐえぇええええ……」


さっき聞いた排水口の音がしました。


 あの音は排水口の音ではなく課長のうめき声だったのです。


「痛いぃぃぃ~」


 課長が泣きながらのた打ち回って苦しんでいます。


「……な、何をしているんですか?」


 目の前のあまりに異様な光景に、私は思わず当の本人に尋ねてしまいました。

 自分で自分の股間を力いっぱい殴る男の人なんて見たことがないですから。


 しかし、課長は真っ青な顔を汗だらけにしながらヒュ~ヒュ~と妙な呼吸をすることしかできていません。

 男性の股間って、つと凄く痛いとは聞いていましたが本当のようです。

 でも、なぜ課長は自らこんなことを……?


「な、なんで……? なんで、俺はこんなことをしてるんだ……?」


 涙目になっている課長が、絞り出すように言いました。

 課長にも、自分がなぜこんなことをするのか、わかっていないようです。


「昨日も気づかないうちに家へ帰っていたし……。いったい、どうなってるんだ……?」


 課長は疑問を口にします。



 なぜこんなことになっているのか私にも分かりませんが、ただこの状況を誰が作ってくれたのか、薄々わかってきました。

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