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第17話 嬉しかったの

『操作』の力が解けたくるみは、知らずに不倫の相手となっていた課長との馴れ初め話を続けた。



「出張から戻ってからも、課長に誘われるたびに彼の言葉を信じて、私はノコノコと付いていったの。奥さんのいない課長の自宅に呼ばれたことさえあるわ。『妻とは別居している』って言われて」


「自宅、ですか」



 なかなか生々しい話が続くなぁ。

 ついていけるかしら、俺。



「そのとき、彼の奥さんに対して私が少しは罪悪感を感じたと思う? ううん。恥ずかしいけど私、嬉しかったの。まるで一時でも彼の奥さんになれたような気がして。数年後、自分が彼とその家に住んでいる未来まで想像したわ」



 不倫ハイだなぁ。



「数か月後、他の社員と課長が話しているのを偶然、聞いた。課長の奥さん、別居どころか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったの。足元からすべてが崩れるような気がしたわ。一度は信じた彼の言葉も、自分が恋に浮かれて取ってきた行動も、何もかもが不潔に思えた」


「胸中お察しします……」


 他にセリフがない。


「もちろん、彼にすぐ問いただしたわ。最初はのらりくらり誤魔化そうとしていたけど、それがムリとわかると、今度は会社に私たちの関係をバラすと言い出した。そんなことをすれば彼も会社に居づらくなるだけって思ったら……彼は会社の重役の縁故採用だったの」



『俺は何があろうと最悪で降格なしの異動までだが、くるみはクビが確実だろうな。それがイヤなら俺と関係を続けてもらう』



 課長はそう言ったらしい。

 一周回って清々(すがすが)しいほどのクズっぷりである。

 だが、これで「異例の三十歳管理職」ってのも、実力ではなく縁故によるものと想像がつくな。



「無理して私を名門女子大まで卒業させてくれた両親の手前、そんな理由で会社をクビになるわけにはいかなかった。結局、ズルズルと関係を続けるしかなかったの」


「……」


「脅迫まがいの方法で私と関係を迫るようになって、体裁を整える必要がなくなったからか、彼は段々と本性を現したわ。都合のいい日にこの家に来ては、好きなように過ごして帰るというのが日常になった」



 こ、この家ということは、あのベッドってことですか。

 あのベッドの上で好きなように過ごすワケですね。



 ――こら、相棒。

 ちょっと反応しない。

 もう、さっきみたいなことはコリゴリだろ?



「それでも最後の一線として、せめて避妊だけはしてもらっていたの。もし妊娠なんてしたら、大変なことになるのはわかっていたから。けど先月、ついにアイツは避妊せずに私を抱いた。中で射精されるのだけは避けたけど、嫌がる私を見て喜ぶアイツの顔は忘れられないわ」



 だんだんと童貞が聞くにはしんどいレベルの話になってきたな。

 それにしても、とりあえず課長がクズすぎだろ。

 くるみもいよいよ課長じゃなくアイツって呼び始めたし。



「気が気じゃなかったけど無事に生理はきてくれたし、性病にもかかっていなかった。安心すると同時にもう無理と思って、改めて今日、別れたいって伝えたら、やっぱり会社に報告するって言われたわ」


「まあ、そうでしょうね、そのゲスさなら」


「もう、私ひとりでは解決できない状態だった。そんなとき、帰り道に道路の真ん中で子猫が鳴いていたから、ヤケになって道路に飛び出したの。今考えると、猫を救う代わりに私はどうなってもいいと思っていたのかもしれないわ」


「え⁉ ちょっと待ってください! ひょっとして、もう死んでもいいと思いながら子猫を助けようとしたってことですか?」


「はっきりそう思っていた訳じゃないんだけどね。万が一のことがあってもいい、とは思ってたかもしれないな……」


 くるみが手元を見つめながら答えた。



 おいおい。

 まさか俺だけでなく、くるみまでそんなことを考えて行動していたとは。

 死神やリリィは、そんなことまったく言ってなかったのに。



 ……いや、まてよ。

 リリィのやつ、そういえば――



『せっかく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに、キミが気まぐれで人助けなんかするから、こんなことになってるんだよ‼』



 あんなこと言ってたのはひょっとして、今回のくるみの死のスケジュールも、最悪《自殺》の選択をくるみが取る前に事故死として処理するためだったのか?

 そうすれば、くるみの魂が三途の川を永遠に彷徨うことがないから。



 ……なんだよ。

 とんだお人好し死神コンビじゃないか、あの二人。



「だから、こんな汚い私のために命を懸けてくれた翔悟くんには、どれだけお礼を言っても足りないぐらいなの」


 くるみの言葉に俺は慌てて、


「汚いなんて言わなくていいですよ」


と答えた。



 そこまで弱っていた人に対して、あんな『操作』を掛けた俺の方がよほど汚いです。

 すいません。



「でも命拾いはしても、課長との問題はなにも解決してないですよね? 相手はくるみさんを諦めていないでしょうし」


「うん。私が別れたいなんて言い出したから、今日もココに来ると思うわ……」


「そりゃ、大変ですね……」



 ……ん?



「え⁉ ここに来るかもしれないんですか⁉」


「う、うん。話があるから家で待ってろって言ってたから。それがイヤで自暴自棄になってたのもあったし」


「じゃあ、俺がここにいるのって、話が余計にややこしくならないですか⁉」


「あ、そういえばそうかも」



 おいおいおいおい!

 勘弁してくれよ、ハニー。

 ぼっち童貞の俺が、なんで不倫カップルの別れ話なんかに巻き込まれなくちゃいけないんだ!?



 などと思っていたところに、ちょうどインターホンの音が鳴った。

 くるみがドアの魚眼レンズを確認し、慌てて帰ってくる。


「アイツだわ! 翔悟くん、とりあえず寝室の方に隠れて!」


 俺はくるみにそう言われると、先ほどまでくるみに迫られていた寝室の方へ再び追いやられた。


「あ! くるみさん、俺の靴!」


「いけない! はい、コレ!」


 くるみが俺の制靴を手渡して寝室を閉じた。



 なんてこった。

 これじゃあ俺、まるで間男扱いじゃん……。

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