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第32話 大井 美幸の独白⑤

◇ ◇ ◇



 こんな私たちは、本当に正常な幼馴染だと言えるのだろうか。

 ただ彼に依存してしまったバカな女とも言えるのではないか。



 もちろん、好きか嫌いかで言えば、しょうちゃんのことは大好きだ。

 正直に言えば、小学生の頃にはすでに彼の子供を産むことさえ夢見ていたほどに。

 ただ、その想いを彼にどう伝えるべきなのかわからないまま、ここまで来てしまった。



「いいなぁ。私も翔悟と小学校の頃に出会って幼馴染になりたかったなぁ」


 だから、矢作さんにそう言われて私はそこに釈然としないものを感じた。

 幼馴染みだったからって、彼と何か特別な関係になれた訳ではない。

 彼の中で私がどういう立場なのか、まったくわからなくて、いまだに不安でいっぱいなのだから。


 その想いが乗ってしまったのか、


「――矢作さんが幼馴染になったからって、それだけでしょうちゃんとの距離が変わるワケじゃないですよ」


自分でも驚くほど反抗的な言葉で返してしまった。

 言ってから失言に気付いたが、もう手遅れだった。


「……ずいぶん上から目線の言い方ですね。自分が誰よりも翔悟に近いと思ってるんですか?」


 矢作さんの声は少し震えていた。

 怒りを抑えているのかもしれない。


「私にそんな余裕なんてないです」


 だから、私は正直にそう言った。

 しかし、矢作さんは納得がいかないらしい。


「今更、言い訳ですか? 彼の初恋の相手なのに」


「初恋? しょうちゃんがそう言ったんですか? しょうちゃんなら否定するはずです」


 売り言葉に買い言葉で、場の空気は固くなるばかりだった。



「リカちゃん、どうしたん? ここはしょうちゃんの病室やで。あまり興奮せんとき」


 巴さんが私たちを見かねて助け船を出してくれる。

 しかし、矢作さんの気持ちは収まらないようだった。


「……だって悔しいんだもん。ちょっと出会うのが早かっただけで翔悟を独占できる時間があって、自分だけは特別って顔をされて」


 矢作さんの目から涙が溢れていた。

 私が気付かないうちに、矢作さんが気になるような態度を私が取っていたのだろうか。



「私が皆さんよりもしょうちゃんに出会うのが早かったのは事実です。でも、自分が特別だなんて一度も思ったことはありません」


 私は私の気持ちをキチンと伝えるべきだと思い、話し始めた。


「逆に皆さんよりも長い間、彼に自分を女性として見てもらいたくて必死でした。皆さんも知ってると思うけど彼は優しいから、いつも自分の気持ちより相手の立場を優先してしまう人なので」



 私は大きく息を吸う。

 しょうちゃんが言ってた。

 しんどい時は深呼吸しろって。



「今だって、しょうちゃんのお見舞いにこんなにたくさんの女性が来るなんて思いもしませんでした」


 ここにいる女性は皆、きっと彼と特別な思い出があるのだろう。

 私は何一つ知らない。

 私は何も聞いていない。


「私なんか、別に全然しょうちゃんと近くないんです」


 言い終わった安堵感からか、矢作さんが泣いてしまったことに感化されたのか。

 ここまで言って、急に私も涙がこぼれてきた。




「ああ、もう、こんなんやめよ! しょうちゃんを心配する気持ちがみんな、変な方向に暴走してもうてるんやない?」


 巴さんが手を叩いて場の空気を変えようとする。

 しかし、なかなか私も矢作さんも涙を止めることが出来ずにいた。


「まったく。こんな美少女二人を寝ているだけで泣かせるなんて、しょうちゃんはホンマに罪な男やな。まあ、それだけええ男ってことでもあるんやけど」


 巴さんは腕を組んで溜め息をついたがしばらくして、


「それやったら、しょうちゃんに選んでもらおか!」


と言い出した。


「……なにを、ですか?」



 しょうちゃんに選んでもらう?

 彼に何を選んでもらうというのか。



「そやね、大井さんは知らんもんね。――実は夏休みにウチと梨華ちゃんと涼子ちゃんの三人で、しょうちゃんを分け合おうゆう話をしたんや」


「え、えええ!? さ、三人で分け……?」


 涙も引っ込むほどワケのわからないことを言われて驚く。

 つい後ろの吉野さんを振り向くと、彼女は舌を出してゴメンね、と笑った。


「しょうちゃんが誰か一人を選べないなんて言うから、それやったら三人同列で恋人にしてもらったらええやんって」


「は、はあ……」



 なんだか、話が飛びすぎていてついて行けない……。



「でも、ここにおる人間、たぶん皆、しょうちゃんには特別な想いを抱いてるやろ?」


 巴さんの言葉で私たちは思わずお互いを見渡す。

 狩野さんや藁科先生、ナナリンまでがモジモジとしている。

 病室内には再び微妙な空気が流れた。


「ウチら三人だけで決めたんも、ここにおるメンバーから考えたら不公平やしな。それやったら、しょうちゃんに決めてもらおうや」


「決めてもらう……って、どうやって? この間、決められないって翔悟が言ったんだよ?」


 矢作さんが巴さんに尋ねる。


「それやけどな、いま、しょうちゃんは手術も成功して麻酔が切れるとこや。でも、こういうときこそ自分の気持ちに正直になるもんやない?」


「そういうものなの……?」


 吉野さんが私の後ろから聞いてくる。

 私だってよくわからない。


「ここで、寝ているしょうちゃんに聞いてみんねん。『あなたの一番大事な人は誰ですか?』って」


「寝ているお兄ちゃんに……ですか?」


「病人にあまり無理させるのはどうかと思うけど……」


 ナナリンと藁科先生が否定的な声を上げる。



 ――が、二人とも巴さんの提案自体は気になっている様子だ。



「もちろん、答えるかどうかも分かれへんし、試してみるだけやで。でも、こんな状態で名前を呼ぶような人は、しょうちゃんにとって大事な人に違いはないやろ?」


 なんとなく、この展開を楽しんでいるような雰囲気を出しながら、巴さんはしょうちゃんの枕元へ移動する。


「ほ、本当にやるの?」


 狩野さんが恐る恐る様子を伺いながら聞く。


「……名前を呼ばれなかったからって、翔悟と距離を取るつもりはないけどね」


 矢作さんが腕を組んで足を広げた。

 少し強がってるように見えた。


「……じゃ、聞いてみるで?」


 巴さんがしょうちゃんの耳元へ手を寄せる。





「富士 翔悟くん。――あなたの一番大事な人は誰ですか?」







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― 新着の感想 ―
[一言] 普通に母親って言うと思う。
[一言] リリィと言いそうな気がしなくもない
[一言] 使い魔さんって答えて修羅場にでもなりやがれ、コンチクショー うらやましいんだからね!
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