第20話 間違いなくボクだよ
「翔悟の裁きは終わってるよ」
さっきまで姿が見えなかったリリィが、ワルダの向こう側から近付いてきた。
「リ、リリィ! なんでコッチへ……て、それよりも『裁きが終わってる』ってどういう意味よ!」
こちらへやってくるリリィへ、ワルダが射るように訊ねる。
「どういう意味って、言った通りだよ。翔悟の裁きはもう終わってる。今更、地獄行き云々の話なんか意味ないよ。死ぬ意味もないから、翔悟には再び現世に戻ってもらう」
リリィは歩みを止めることなくケロッと答えた。
そしてワルダの横を通り過ぎ、ついに俺の前までやってきたのだった。
「リリィ……」
状況がよくわかっていない俺が、跪いたまま呆然として名前を呼ぶと、
「なに? そんなヒドい顔して」
俺の前で立ち止まったリリィが、茶色のコートの裾を翻し悪戯っぽく笑った。
マイクロビキニ姿ではないけど、コートの裾から覗く足元はいつものピンヒールで、両足をしっかりと開いて立っている。
ああ、間違いない。
まさにリリィだ。
「うん、間違いなくボクだよ」
俺の考えてることがツボに入ったのか少し笑顔を見せると、
「ゴメンね、遅くなっちゃって。でも、もう大丈夫だから」
と言った。
――今のこの状況で何が大丈夫というのだろう?
リリィの言葉の真意は、俺にはまだ全く分からない。
でもリリィが大丈夫というなら、もう俺は大丈夫なんだという間違いのない安心感があった。
「さ、裁きが終わったって何よ⁉ 現世に戻るって⁉ ていうか、それをその男の担当遣い魔であるアタシが知らないってどういうこと!?」
かといって、俺と違って納得がいかないワルダはリリィに対して質問を繰り返す。
「そうね。正確にいうと裁きが『終わってる』んじゃなくて『始まってもいない』と言えるかしら」
リリィはワルダを煙に巻くような口調を崩さない。
なんとなく、ストレスを発散しているような、ワルダにやり返してる感じがあった。
……いいぞ、もっとやれ。
「だから、意味がわからないわよ! アタシは何も聞いてないわ‼」
「……ねぇ、ワルダ。キミは翔悟の犯したどんな罪で裁きを開こうとしているの?」
「ハァ⁉ な、なによ、急に!」
つい先ほど俺とワルダで交わされた深呼吸の会話のように、急に質問から質問を返されてワルダは不機嫌な顔を隠さない。
「……そ、そんなの、そこの男が死神の力で死のスケジュールを乱したからじゃない!」
だが、答えなければ自身の求めた答えも返ってこないと悟ったか、渋々と答えた。
「そうね。でも翔悟がすでに死のスケジュールを乱すことができなくなっていたら……どうなる?」
「……なんのこと? そうなれば裁きは開かれないけど、私はその男からはまだ――」
そこまで言いかけて何かに気づいたのか、ワルダは弾かれたようにどこからかタブレットを取り出して、俺にそのカメラを向けた。
「……な、ない! なんで!? いつ!?」
ワルダはタブレットの画面を指で叩くように操作する。
しかし、どうやら表示に間違いはなかったようで、
「富士 翔悟!! アンタ、いつの間に失ったの!?」
タブレット越しに俺へ聞いてくるのだった。
「失ったって……何の話だ?」
とはいえ、俺には何の心当たりも……
ハッ!?
ま、まさか、何度か喪失のチャンスがあった俺の童貞のことか……?
「そんなワケないでしょ。それにキミはまだバッキバキの童貞じゃない」
リリィが俺の考えを読んだらしく、俺の顔を見ながら呆れてツッコむ。
いいね、その感じ。
これがリリィだよ、マジ。
「そんなとこでボクを実感しないでよ……」
さっきまでは気持ちに余裕がなかったから、こんなセンスのないジョークも思いつかなかったけどさ。
「まあ、そうかもね。ようやくキミが自分を取り戻してきたコトを喜ぶべき……なのかな?」
やれやれ、といった風にため息を軽くつくと、リリィはワルダの方へ再び顔を向け、ワルダへと話しかけた。
「タブレットで確認できた? 見ての通り、翔悟はすでに『操作』を失っているわ。『操作』を持たない彼は死のスケジュールを乱す危険性がない。だから裁きを受ける必要がなくなったの」
「え……いつの間に……!? どうしてッッ……?」
ワルダが悔しそうに歯ぎしりしている。
――しかし、これについては俺も話についていけてない。
俺は、恐る恐るリリィに訊ねた。
「ねぇ、リリィ。俺ってもう『操作』持ってないの? あと、『操作』を持ってなければ裁きは開かれないってマジ?」
「そうだね。そこのところをキミへ話す前にキミと会えなくなっちゃったから、キチンと話さないとね」
リリィが左足を半歩引き、俺とワルダを左右にするような態勢になった。
ワルダを横目に見ながら俺に説明をしてくれる。
「まず、『操作』さえ手放せばキミが裁きから解放されるってこと、ちゃんと説明してなくてゴメン」
謝りながらリリィが頭を下げた。
「――キミはこれまでずっと、自分が変われたのは『操作』のおかげだって思っていたよね?」
ああ、もちろん。
以前の俺では、いま、仲良くしているみんなと同じように話せてはいなかったと思う。
「でもボクはこれまでも言ってきたけど、キミが半年前から変わったのはキミの元々の人間性のおかげなんだよ。『操作』はただのきっかけに過ぎないんだ」
リリィはここで俺の方を振り返り、俺の目を見てハッキリとそう伝えてきた。
大いに買いかぶられている気もするけど、まあ、そういうことにしよう。
「でも一方でキミが考えている通り、そこに『操作』の存在が大きく関わっていたのも間違いではないとボクも思う。だから父親のことがあるまで、裁きを回避するためだけにキミから『操作』を失わせるのを躊躇ってたんだ」
……それでリリィは、俺から『操作』を取り上げるという簡単な方法ではなく、敢えて『操作』の使用を抑制させようと忠告をしてくれたってことか。
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