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第17話 起きなさい

 二度目の死は、夢も見なかった。

 気づけば背中に河原の小石の感触がある。


 ――ああ、()()来たか。


 目を閉じたまま、自分がいま、三途の川にいることを実感した。



「起きなさい、富士 翔悟」


 寝起きに聞きたくはない声で名前を呼ばれた。


「あら、残念だったわね。アタシの声で」


 目を開くと、そこにはワルダが立っていた。

 俺の顔を覗きながらニヤニヤしている。

 コイツは、俺が少しでも嫌な気分になることが心の底から楽しいらしい。

 いちいち付き合っていられないので俺は黙って身体を起こした。



 再び訪れた三途の川。

 相変わらず霧がかかっていて寒々しい雰囲気だ。

 川自体は見えないが、遠くにサラサラという川の流れの音が聞こえているのも変わらない。


 ただ、前回来たときと決定的に違うところが一点。

 前回は目の前に死神とリリィしか見当たらなかった。

 しかし今日は、死神と遣い魔合わせてざっと50人ぐらいが遠巻きに俺を取り囲んでいる。


 異様な光景に唖然としていると、


「霊体同士だから見えてないでしょうけど、三途の川の魂たちも来てるわよ。アンタの裁きのために、みんな忙しいところを集まっているの」


ワルダが笑みを崩さずに言った。


「……ああ、そう」



 俺が望んで集まってもらってる訳ではないのだが……。

 みなさん、お集りいただいてありがとうございます、とでも言えばいいのか?

 それにしたって遠巻きに眺められてるというのは気分が良くない。



 浮かない気分のまま、集まった死神と遣い魔たちを軽く見渡してみる。

 俺に『操作』を与えた死神は骸骨に茶のコートのみのシンプルな姿だった。

 しかし集まった死神たちは、デザインこそ皆、骸骨に茶のコートではあるが、頭に部族的な髪飾りを着けていたり、大きなネックレスをさげていたりと、色々な特徴があって区別がつきやすくなっている。

 あの死神だけが特別に、そういう装飾をしていなかっただけのようだ。


 あと遣い魔で意外だったのは、茶のコートを着ている遣い魔たちの中に男性もいることだった。

 リリィとワルダしか遣い魔に会ってなかったので、遣い魔って女性しかいないのだとばかり思っていた。



 そして俺は、その集団の中に捜していた二人を見つけた。


「リリィ……死神……」


 死神はあの日、ここで会った時と同じように、茶のコート以外は何の装飾もつけていなかった。

 そしてリリィはというと、なんといつものマイクロビキニではなく、周りの死神や遣い魔たちと同じ、茶のコートを着ているではないか。


「『そんなダッサいコート、死んでも着たくない』って言ってたクセに」


 あのときのリリィと死神の会話を思い出し、こんな状況だというのについ笑ってしまう。


 笑顔が出たことで気持ちがほぐれた俺は、リリィと死神に向けて手を振ってみた。

 しかし二人は、明らかに俺と目が合っているのに何の反応も示さない。



「リリィたちはもうアンタの担当から外れているから、アンタと直接、コンタクトは取れないわよ」


 俺の考えを読んだらしいワルダが言う。


「そんな寂しそうにしないで。アンタ一人にいつまでも関わっていられるほどリリィは暇じゃないのよ」


 ワルダにそう言われると、それもそうかと諦めの気持ちが湧く。


 三途の川を彷徨う魂を減らそうと、他の死神たちから白い目で見られながらリリィと死神は今も頑張っているに違いない。

 彼らには彼らにしか出来ない仕事をしてもらおう。



 俺がここにいるのは、俺が選択して起こした結果なのだ。

 自業自得。

 これ以上、リリィに俺の面倒を見てもらう訳にはいかない。



「自業自得ねぇ」


 ワルダが俺の考えを読んでニヤリと笑う。


「無理してそんなに強がらなくていいのよ? 本当は地獄行きが怖いんでしょう」


 心底、楽しそうにワルダが言った。



 ――チッ。

 一番、本心を知られたくないコイツに『読心』されているのが悔しくて堪らない。

 今から自分が地獄行きになるかもしれないってのに落ち着いてられるワケがねぇだろ!

 


「裁きの結果が出るまで俺が地獄行きになるかはわからないだろ? 勝手に決めつけるなよ」



 どうせ本心はバレバレだ。

 せめて表面だけはうそぶいてやる。



「あら、残念ね。『裁き』なんて言うけど結果はほぼ確定だから。そうでもなきゃ、この裁きは開廷さえされないわよ」


 ワルダの言葉に驚いた俺は、思わず振り向く。

 そこには、これまでで一番楽しそうな笑顔をしたワルダの顔があった。


「ごめんなさいね。ひょっとして『裁き』なんて名前だから希望持っちゃってた?」



 そりゃそうだ。

『裁き』っていうのだから、俺はそこで自分が有罪か無罪か裁かれるのだとばかり思っていた。

 リリィだって、三途の川で彷徨う魂たちが、自分たちのような魂を生み出し続けた者を裁く場だと言っていたはずだ。


 俺は、そこに一縷の望みを託していた。

 決して、故意に『死のスケジュール』を乱そうとしていた訳ではないこと。

 大切な人を救うために『操作』を使ったこと。

 それを魂たちに伝えれば、ひょっとして助かるのではないか。

 死という結果は免れなかったとしても、地獄行きは避けられるのではないか、と。



「三途の川に彷徨う魂たちなんて、所詮アタシの言いなりよ。だからアンタの地獄行きは既定路線なの。ご愁傷様♡」


 真っ赤な唇を裂けるように開き、笑いながらワルダはそう言った。


「そ、そんな……」


 立っていられなくなり、俺はその場に両膝をついた。

 俺はリリィと死神のいた方向を見上げる。

 しかし、あまりのショックのせいか視界が定まらなくなり、二人の姿を見つけることは出来なかった。



 ……お、俺が地獄行き?



「地獄って、どんなところなのかしらねぇ。遣い魔のアタシも行ったことがないのよ。ホント、羨ましいわ」


 ワルダが膝をついた俺の顔を覗き込む。

 俺がどんな絶望の顔をしているのか見たくて仕方ないらしい。


 しかし俺も、そんなワルダに構ってられるような気力がもう1ミリもなくなってしまった。


 恐怖や不安、悲しみといった負の感情ばかりが俺の底で渦巻く。

 深呼吸をして落ち着こうとしても、やはり今の俺は()()深呼吸の仕方を忘れてしまい、べっとりと黒い感情にただただ飲み込まれていくだけだった。



 しんどい。

 このまま気を失ってしまいたい。



 なのに実態がない霊体の俺は、気を失ってブラックアウトして逃げ出すこともできなかった。



「キャハハハハハ!! 初めて会ったときから反抗的だったアンタに、地獄行きを伝えるのをずーっと楽しみにしてたのよ! ようやくこの日が来たわ!」


 ワルダの心の底から愉しげな笑い声が、薄ら寒い三途の川にこだました。


本日より最終話まで1日一話更新です。


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