第15話 つまり死ぬってこと
怒ってないという割には不機嫌そうなリリィにビビっていると、リリィは話をつづけた。
「さて、と。いまキミは、霊体となって現世と三途の川の境界線上にいる状態。生きてもいないし、死んでもいない。ここは三途の川にいるよりも時間の流れが遅く感じるから、ほとんど時間が止まっているように見えるんじゃない?」
たしかに霊体の俺の下には、くるみに押し倒された俺が間抜けな顔でほぼ静止していた。
霊体で上空から見る俺の顔は、慌てちゃいるけど満更でもないって表情だ。
「良心は咎めるけど、このまま童貞が奪われちゃうのならそれはそれで仕方ないか♡」
と深層心理で思ってるのが顔で丸わかりなのが我ながら恥ずかしい。
ちょっと下半身が見えやすい位置へ移動すると、タイミング的にはちょうど、俺の相棒がくるみの大事なところへ入っちゃう寸前で止まってる感じだな。
それでも、俺の貞操は絶体絶命の危機だけど。
「で、お楽しみの最中にこんな所へ引き込んだのにはワケがあってね。さっき『操作』のことで伝え忘れたことがあってさ。それで、慌てて三途の川から現世へ伝えに降りて来たんだよ」
いや、だから、お楽しみの最中じゃないって……。
でも、超ナイスタイミングだったよ、助かった。
ところで、伝え忘れって?
「うん。その前にまず、死神の世界のルールについて教えなくちゃいけないの。ボクたち死神チームが、わざわざ死のスケジュールなんて面倒なものを組んだりしているのは、ボクたちは人の死を司っているけど、直接、人の死に関わってはいけないってルールがあるからなんだ」
どういうこと?
「ザックリ言えば、死神さまやボクが直接、人を殺しちゃダメってこと。人の生き死には不可侵の領域だから、頑張って生きてる命にちょっかい出しちゃいけないの」
へえ、死神でもそうなんだ。
「で、『操作』は死神さまの能力を分け与えたものだって話は覚えてる?」
ああ、死神が三途の川で言ってたな。
「だから死神さまの一部でもある『操作』能力を使って、人の生死にかかわることもしちゃダメって決まってるの」
ていうと?
「まず『操作』を使って直接、人を死なせちゃダメ。ビルから飛び降りさせたり、富士の樹海に入らせたり、遺体が見つからないような方法で四十八時間以内に自殺するよう指示したり、とかね。もしこれを破ればキミの魂が身体を離れちゃう――つまり死ぬってこと」
ああ、なんだ。
そんな死のノートみたいなこと、するワケないから大丈夫。
人を死なせることなんて当然ないし、別に俺は新世界の神になんかなりたくないし。
「あと逆に、命を生み出す行為もダメ」
……。
え?
「生殖行為、つまりセックスしちゃダメってこと」
はぁ⁉
「安心して。自由恋愛においてキミが純粋に相手と愛し合った結果の生殖行為なら、もちろん問題ないよ。あくまでも『操作』を使って催眠状態にしてからセックスした場合ってことね」
愛し合った結果のセックスならいいけど、『操作』を使って子作り、つまりセックスしちゃダメなんだな?
……てことは、『操作』の力でくるみに迫られてる今の状況って……。
「うん。アウトだね」
早く言えよ!!!!!!
「うるさいな! だから、ボクだって急いで現世に降りてきたんだよ! まさかキミが現世に戻ってきて早々、『操作』を使ってセックスしようとしてるなんて思わなかったけどね!」
あ……、ああ、いや、これには色々とあってだな、ゲフンゲフン。
「魂のクセに咳払いしないでよ。ま、そういうワケだから『操作』を使ってセックスしないようにね。じゃないと、また死んじゃうよ♪」
なんか楽しそうね、リリィ。
で、一応、聞いておくけど…………もし『操作』を掛けたままヤッちゃって死んじゃったら?
「セックスしたいって未練を残したまま死ぬんだから、三途の川永久放浪ツアーへようこそってことになるね」
出た!
また、それか‼
でも、このままじゃホントに『操作』に操られたくるみに襲われて終わっちゃうんだけど、どうすればいいの!?
「『操作』の力は掛けられた人の深層心理まで届いているから、そんな簡単には解けないよ。『操作』を二重掛けして前の『操作』をキャンセルするしかないね。それができないなら、相手の深層心理にまで響くような言葉をかければ、或いは……」
『操作』が解けるのか!?
「怯むぐらいはするかもね」
そんだけかい!
「じゃ、伝えることは伝えたし、とっとと魂を身体に戻すね! 最期のセックスをせいぜい楽しんでねー♪」
ちょっと待て!
お前、やっぱりなんか怒ってない⁉
俺の盛大なツッコミが届いたのかどうかわからないまま、俺は再び、後方に引っ張られる感覚に落ちた。
「くるみさん! やっぱり、いけないよ!」
そして魂が自分の身体に戻った瞬間、俺はくるみの両肩を掴んで引き留めた。
「え、大丈夫よ? 私がイカせてあげるから……♡」
俺に掴まれて身動きが取れないくるみが、妖艶に微笑む。
「ちがう! そっちのイク・イケないの話じゃねぇ!」
いくらツッコんでも、『操作』に掛かっているくるみに届かないのが悲しい。
さっきからリリィにしろ、くるみにしろ、俺のツッコみが無下に扱われすぎている。
くるみは逆に、俺の相棒を自分にツッコみたくて仕方なくなっちゃってるし……。
くそっ!
『操作』の二重掛けが出来れば一番いいのに、両手でくるみを掴んでいるから手を叩けない!
かといって、手を離せば俺の相棒がくるみの大事なところへパイルダーオンしちまう!
くるみの深層心理に届く言葉なんてわかんねぇし……。
ええい!
俺の正直な気持ちを伝えるしかねぇか!
「くるみさん! こんな、会ったばかりで愛し合ってもいない俺たちがセックスなんかしちゃ良くないよ!」
俺は、強い口調で言った。
ああ、あまりにも青すぎるセリフ。
こんな安っぽい倫理観を振りかざしても、『操作』にかかったくるみに届くワケ――
「…………て、あれ? くるみさん?」
気づくと、さっきまでの勢いはどこへやら、くるみは俺の向かいでペタンと腰を落としたまま、魂が抜けたような顔をしていた。
「ど、どうしたの?」
俺は恐る恐る、くるみに尋ねる。
――そのとき、くるみの目から一筋の涙が零れ落ち、彼女は一言呟いた。
「愛し合ってもいないのにセックスなんかしちゃ良くない……よね、やっぱり」
「は?」
自分で言ったセリフながら、いったい何が起きているのか。
でも、とりあえず――
「届いてくれたのか? くるみの深層心理ってやつに……」
俺の貞操は、無事に守られたようである。
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