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第15話 大丈夫?

「――ッキャアァァア!」


「おい、ヤバいぞ、アイツ⁉」


 騒ぎの中心の場所は、広場から出てすぐにわかった。

 繁華街への出口がある方向から、人がこちらへと走って逃げてきているのだ。

 俺はその人波と逆に走っていく。


「危ない! みんな、離れろ!」


 ちょうど出入り口の辺りで、仕事帰りのOLとサラリーマンだろうか、数人の人だかりが騒いでいた。

 どうやらここが目的地らしい。


「な、なにがあったの?」


 俺の後ろから追いかけてきたくるみが、息を切らせながら声をかけてきた。


「いや、俺もまだわかんないんですけど……」


 様子がわからないながらも、この騒ぎに不思議と運命めいたものを感じていた俺は、人ごみを掻き分けて騒ぎの真ん中を見た。



 そこには、白のジャージ姿で伸ばした右腕を左右に大きく振りながら、


「うぉあああ! オレに近付くんじゃねぇえええ!!」


と発狂したように叫ぶ男がいた。


 一目見て明らかに尋常の雰囲気ではない。

 しかも振り回している男の手には、公園の街灯が反射して怪しく煌めくバタフライナイフが見えた。

 凶器まで持っていては容易に近づけなさそうだ。



「な、なに、あの人? 大丈夫?」


「どう見ても大丈夫ではないスね」


 見た瞬間に誰だって異常であることがわかる。

 それなのにくるみの呑気な言葉に思わず、相変わらずだな、と場違いに吹き出しそうになってしまう。


「な、なぁに?」


「いや、なんでもないです。ありがとうございます」


 おかげで緊張が少し解け、俺に男をゆっくりと観察する余裕が生まれた。

 すると、男が振り回している右腕の捲った袖の部分からいかついタトゥーが覗いているのに気付く。


「あの柄のタトゥーって、まさか……」


 数ヶ月前の記憶から、俺はそのタトゥーに見覚えがあることに気付いた。

 夜の公園で、おもちちゃんを抱いていた梨華をナンパしようとしていた二人組、ドレッドとタトゥーの片割れではないか。


「ドレッドは……いないのか?」


 パッと見では、周辺にドレッドは見当たらないが……。


「ドレッド?」


「――あぁ、くるみさん。人だかりの中にドレッドヘアの男がいないか探してもらえますか?」


 ドレッドとタトゥーは元同じ暴走族仲間で、二人でやり過ぎてしまうことから族を追放され、いつも二人でつるんでいると元太さんから聞いた。

 ここにタトゥーがいるなら、ドレッドもどこかにいるのではないか?

 ならばドレッドに『操作』をかけて、タトゥーに何があったのか尋ねればいい。

 そう思って、くるみにドレッドを探してもらうようお願いした。


「う、うん、わかった」


 くるみが人集りから抜けていく。

 こういうとき、疑問を感じる前に動いてくれるくるみの性格は助かる。


 さて、くるみを見送った俺は振り向いて、再びタトゥーを注視した。

 タトゥーは公園の入口から移動せずにナイフを振り回し続けている。

 数ヶ月前、見るからにヤンチャでブイブイ言わせてそうな顔つきで梨華をナンパしていたタトゥーの頬は病的にくぼみ、目元には俺よりもヒドい隈があった。

 明らかに病んでいる顔つきだ。


 周りの野次馬たちも、タトゥーが公園の入口からこちらへは入ってこないことに気付いたようだ。

 次第に、ナイフが届かない安全な距離を取りつつ、スマホで動画を撮る頭のおかしい奴らも出始めた。


「く、来るな、来るなぁああああ!!」


 タトゥーが再び叫ぶ。

 それを聞いて、俺の隣で動画を撮っていたサラリーマンが、


「誰も近づいてないのに何言ってんだ、コイツ。ラリってんじゃねぇよ」


とカメラ越しに嘲笑った。



 この中で俺だけが、タトゥーの目に何が映っているのかを知っている。

 タトゥーの目には今、ヤツに襲いかかろうとしている沢山のゾンビが見えていることだろう。

 それは俺が、タトゥーとドレッド二人にかけた『操作』のせいだ。


「ヤツらが二度とこの公園へ入らないようにするための軽い気持ちだったのに……」



 まさか幻覚に対してナイフで攻撃しようとするほど錯乱するとは。

 ラリってるって言われたけど、マジで変なクスリとかやってんじゃねぇだろうなぁ……。



 他に手掛かりになるようなものはないか確認していると、タトゥーの白ジャージの胸元が真っ赤になっているのが見えた。


「おい、まさか……」


 嫌な予感がして無意識に呟いたとき、


「翔悟くん!」


背後から、またくるみが声をかけてきた。


「あ、ああ、くるみさん。ドレッドヘアの男、いましたか?」


「そ、それが……」


 くるみはタトゥーから数メートル離れたところを指差した。


「……!?」


 そこには血溜まりの中で地面に突っ伏しているドレッドヘアの男がいた。


「ね、ねぇ、あれ、まさか……」


「すいません。見ない方がいいです」


 俺はくるみの視線を俺の手のひらで隠す。

 くるみは恐怖に怯える自分を支えるように、俺の身体にしがみついてきた。

 震えているのがよくわかる。



 くるみに申し訳ないことをした。

 イヤなものを見せてしまった。

 錯乱したタトゥーを止めに入ったのか、ただ巻き添えになったのか。

 ドレッドの怪我はおそらくタトゥーによるものだろう。


 なんてことだ。

 ドレッドは怪我をし、タトゥーはいくら心神喪失状態が認められたとしてもこれでは留置所行きは免れない。

 また、俺が掛けた『操作』のせいでドレッドとタトゥー二人の運命が変わってしまった。



「――ってことが言いたい訳だな」


 ここまで来れば、ここにあの遣い魔ワルダの意志を感じざるをえない。

 俺は、腕にしがみついて震えているくるみの肩を少し抱いたあと、その腕をゆっくりと解いた。


「……翔悟くん?」


「ごめん、くるみさん。俺、アイツを止めてこないと」


「え!? なんで翔悟くんが!? やめなよ! 警察の人とかが来るのを待とうよ!!」


 離した腕を、くるみがもう一度掴む。

 今度は震えを支えるためではない。

 俺を止めるためだ。


「説明はうまく出来ないんですけど……コレは俺が対処しなきゃいけないことなんです」


「いいよ! よくわかんないけど、そんなことしなくていい! 翔悟くんが責任なんか取ることないよ!」


「でも、他に責任を取れる人がいないんです。俺がやります」


 こんなときに、いつも相談していたリリィはもういない。

 ワルダの考え通りに行動するのは悔しいが……。


「――大丈夫。精一杯、抗ってやりますから」



 ワルダの思惑通りに死んでたまるか。

 そう、俺には『操作』があるんだ。



 くるみの手の上に自分の手を重ねた。

 怖いのに、不思議と手の震えはなかった。


「翔悟くん……」


 くるみももう、これ以上は無理と思ったのか、俺を引き留めていた力が弱まった。


「待っててください」


 俺はくるみから離れ、視線をタトゥーに戻す。




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― 新着の感想 ―
[一言] ここまでもやもやさせたんだ! ハーレムタグの仕事無理やりでもさせてくれないと泣きますよ! ちゃんと幸せにしてあげてください!
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