第11話 やっと会えたね
――ここ最近は、今日が何日なのかわからなくなってきたが、とにかく数日後。
日が落ちてすっかり暗くなった公園の広場の隅にあるベンチに俺は腰かけていた。
時計台を見上げると、時刻は夜の九時を過ぎた辺りだった。
八月ほど蒸し暑くなくなったとはいえ、座っているだけでもジットリと汗ばんでくるのは変わらない。
学校から一度家に帰って私服姿になっている俺は、手に持ったタオルで浮かんでくる汗を拭いた。
なぜ、用もないのにこんなところにいるのか。
それは、学校から帰るとバイトのない日は町中を無計画に歩き回って時間潰しをしているからだ。
家にいてもどうせ勉強は手に着かないし、かといって早く寝ようとしても寝つけない。
仕方なく、身体を疲れさせるために町中をただただ歩き回るようになった。
身体に疲れが溜まれば多少は眠気がやってくるからだ。
夕方五時ぐらいに家を出て、公園での休憩を挟み、ほぼ五時間ぐらい無心に歩き続ける。
試しにスマホの万歩計を起動させてみたところ、三万歩を越えて四万歩に至る日もあった。
それでも帰ってから二、三時間寝られればいい方。
今日は、どれぐらい眠ることができるだろうか。
俺は思わず溜め息をついた。
そして歩いている間も、
『自分の隣を走る車が急に故障して、俺を巻き込む事故を起こすのではないか』
『工事中のビルから鉄骨が落ちてきてその下敷きになるのではないか』
とか考えてしまう。
せっかくのウォーキングだが、およそ健康的ではない。
こんなことなら、とっとと三途の川へ連れて行ってほしいとワルダに対して思ってしまうこともある。
しかしその一方、うたた寝から覚めて窓から朝日を眺めると、また新しい一日を迎えることができたと感謝もする。
こんなに感情が上下していたら、心配されるほど顔色が悪くなるのも納得だ。
そのとき――
「ひやぁ!?」
急に右足の足首の辺りを生柔らかいものが触った感触があり、思わず変な声を上げてしまった
「な、なんだ、なんだ!?」
俺はベンチを立ち、振り向いてそれまで自分の足があったベンチの足元を見た。
「ナァ」
そこから顔を出したのは、俺のグチャグチャな気持ちをすべて吹き飛ばしてくれる存在だった。
「お猫さまではないか!」
思わず妙な口調になるほどテンションが明らかにおかしくなる俺。
しかもずいぶん人懐っこい猫で、俺が伸ばした手へ警戒することなく近寄ってきて、指を小さな舌で舐めてくれた。
「……あれ? きみ、ひょっとしておもちちゃんじゃない?」
その猫の特徴的な模様はアメリカン・ショートヘアのそれであった。
おもちちゃんは猫好きの暴走族リーダー最上 元太さんが飼っているメス猫で、この子がキッカケで俺は梨華と親しくなった。
「やっぱりおもちちゃんだよな」
元太さんもたまに家を出て公園で遊んでいるといっていたし、これだけ愛想のいい子も珍しいから、多分おもちちゃんだと思うが……。
おもちちゃんはベンチに座り直した俺の膝の上へ乗ってきてゴロゴロと鳴いている。
かわいい。
正義。
「ああ、そういえば……」
ふと周りを見て気付いたが、俺がいま座っているベンチは、あの夜、梨華がおもちちゃんを撫でていたベンチだった。
「俺が凹んでるの気付いて来てくれたのかな……なんて」
ゆっくりと膝の上のおもちちゃんを撫でさせてもらうと、気持ちよさそうに身体を揺らした。
膝から伝わる生き物の温かさが身にしみる。
いかん。
弱りすぎてるところへ、この温かさは泣けてくる。
鼻の奥にキーンときたのを誤魔化すように俺は空を見上げた。
月が曇って見えたのはきっと雲がかかっているからだ。
俺はそのまましばらく、星空を見つめていた。
何度か長めの瞬きをし、ようやく気持ちが落ち着いたところで顔を下ろす。
ふと目をやると公園の入り口から一人、こちらに向かってくる人が見えた。
「……こんな時間に人が来るなんて珍しいな」
街中から住宅街へ抜ける近道としてこの公園を使う人はいるが、その場合この広場を通る必要はない。
つまり、ここの広場へ入ってきたということは、この何もない広場自体に用があるということだ。
ここにいる俺が言うのもなんだが、そんな奇特な人がいるとは。
ライトはいくつか点いているものの、広場は昼と比べて圧倒的に暗い。
だから、やってくる人の顔まではわからない。
しかし髪型や体型のシルエットから見るに、どうやら女性のようだ。
こんな時間に女性一人など、ますます珍しい。
しかも探し物をしている風でもなく、女性は一直線にこちらへ向かってくる。
ここまできて、その人がこのベンチへ向けて歩いてきてるのを確信した。
「……あれ?」
近くなって気付いたが、女性は一人ではなかった。
正確に言うと、一人と一匹であった。
女性の前には女性を誘導するかのように猫が一匹歩いているのだ。
明かりのあるところを通ったときに見えたが、茶の縞模様の猫だった。
「……あれは」
そして、近づく女性が誰かわかった瞬間、思わず俺はベンチから立ち上がった。
おもちちゃんはその勢いで俺の膝から滑り降りた。
そして、女性を先導していた縞猫に寄り添い、そのまま公園の茂みへつがいで消えていった。
俺と女性は一緒に猫たちの行方を見送ったあと、目を合わせた。
女性が小さく手を振りながら、再びこちらへと歩き出す。
やはり女性は、俺を目指してきていたらしい。
ようやく俺の目の前までやってきた女性に俺は、
「……久しぶりです」
と声をかけた。
「……やっと会えたね」
口元にエクボを浮かばせて、狩野 くるみが微笑んだ。
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