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第8話 だって仕方ないじゃない

「アンタには死んでもらうことになる」


 俺の考えの先を受けるように、ワルダが言った。



「死ん……って、それは……決まりなのか?」


 あの奇妙な交通事故に遭う前の俺なら黙って受け入れていたであろう自分の死の予告。

 あの頃の俺なら、待ち望んでいたような予告のはずだった。

 しかし、今の俺は思わずそう尋ねざるをえなかった。


「三途の川での裁きが正式に決まったら死のスケジュールを発動するわよ」


 ショックを受けている俺の意を知ってか知らずか、ワルダは声の抑揚もなく淡々と告げる。



 三途の川の裁きが開かれるとき。

 そのとき俺は死ぬ……。



 そう思った瞬間、身体を持たないはずの霊体の全身が粟立ったような気がした。



 ――死にたくない。


 痛烈にそう思った。



「死にたくないって思うのは勝手だけどね。あまり悪あがきはしないことよ」


 俺の心を読んだワルダが言う。


 悔しさもあって、俺は思わず、


「ひ、人が生きていたいって考えるのを悪あがきって言うのは、ど、どうなんだよ」


口答えをしてしまった。

 だがショックの方が大きくて、うまく喋れない自分がもどかしい。



 やれやれ。

 幽体離脱状態だというのに、肉体ではなく心が噛んでいる。



「別にいいわよ。生きたいと考えるのは当然なんだし」


 ワルダはそんな俺を、水溜りに浮かんで悪あがきする小さな羽虫を眺めるような目で見た。


「アンタは死のスケジュールのことを知っているし、『操作』も持ってるからね。逃げるのも可能かもしれないわ」



 たしかに俺は、死神や遣い魔たちでも、死のスケジュールを使わなければ人を死なせられないことを知っている。

 だから、想像しうる死のスケジュールをすべて避けながら生活すれば生き延びることができるかもしれない。

 車通りの激しい道を避け、静かな山奥にでも引きこもっていれば、なかなか死ぬ機会もなさそうだ。


 もちろん、そんな生活を過ごすしかないのだから、大学進学や就職なんて人並みな生活は諦めるしかないだろう。

 だが『操作』を使って、なりふり構わずに命拾いすることだけを目指せばできるのではないか。



 しかし、俺の考えをわかっているはずのワルダが余裕なのが気になる。

 案の定、ワルダは俺の思いを読んだタイミングで口を開いた。


「ただアンタがそう来るなら、それ相応の()()をした方がいいわよ」


「……覚悟?」


 ワルダのその言葉のニュアンスにイヤな響きを感じ、俺は尋ねた。

 俺の問いを聞き、ワルダの口の端が一瞬、意地悪そうに歪むのが見えた。



「こっちはアンタを三途の川へ連れて行くために大事故を起こしても構わないんだからね」


「ハァ!?」


 俺は自分の死を宣告されたときよりも強い反応を起こした。


「だって仕方ないじゃない。アンタ一人を狙っても死んでくれないなら、大きな事故にでも巻き込まれてもらうしかないでしょ?」


 言葉の異常さの割りに、ワルダは笑顔のままだ。


「死出の旅が独りじゃ寂しいから死ぬのが怖いんでしょう? だったら道連れを沢山作ってあげるわ」


「な、なにを言ってるんだ?」



 本気でワルダが何を言っているのかわからない。

 なんで俺が死にたがらないからって周りの人間まで殺そうとする?



『読心』で俺の考えはわかっているはずなのに、ワルダはそれに気付かないように話を続ける。


「どうする? トラックでもスリップさせる? アンタの住むアパートで火事でも起こす?」


 自分の細い指を折って、縁起でもない例を挙げていく。


「山に篭もるんだったら山火事かしらね? ――あ、それともアンタが『操作』を得てから仲良くなった人間たちを一緒に連れてくってのはどう?」


 ワルダの言葉で、梨華や吉野さん、しぃちゃんや奈那の顔が浮かんだ。


「そうそう、その子たち。幼馴染の子とかもいたわね? 死のスケジュールを組むときに()()、その子たちがアンタのそばにいたら大変よねぇ。キャハハハハ」


 ワルダは我慢しきれなくなったのか、遂に大口を開けて笑い出した。



「フッッッザけるな!!」


 俺は怒りで思わず声を上げる。


「なんで美幸や梨華たちが出てくるんだ‼」


「だってアンタ、一人じゃ死にたくないんでしょ」


「一人がイヤなんじゃねぇ! 死ぬのがイヤなんだ!」


「それなら一緒に死んでくれる人がいた方がいいわよ」


「バカにするな!」


「いいのよ。アンタ一人死なせるのも何人死なせるのも変わらないんだし」


 ワルダは平然とそう言ってのけた。



 そう言われて俺は、リリィが以前、言っていたことを思い出す。

 たった一人の死を実行するために大勢を巻き込む死のスケジュールを組むような、『楽しんでこの仕事をしてる死神チーム』がいるって。



「お前が……そうなのか?」


「さあ、なんの話かしら?」


 俺の怒りと軽蔑が混じった視線を受けてもワルダは楽しそうにクックッと笑うだけだった。



「遣い魔は魂の輪廻を守るのが仕事でしょう? だから輪廻を外れようとする悪~い人間には毅然と対応しないといけないのよ。悪いわねぇ」


 1ミリでさえ悪いと思っていない口調でワルダは言う。


「死のスケジュールで死ぬ魂は転生する先があるからまだしも、イレギュラーな死で生まれた魂は三途の川で永遠に彷徨うことになるんだろ? それでいいってのかよ!?」


 だからこそ死神とリリィは、死のスケジュール外で死んだ俺のために『操作』を与えてまで生き返らせてくれた。

 同じ遣い魔のワルダは、それを気にしないというのか。


「三途の川で彷徨う魂たちなんて別にどうでもいいわよ」


 ワルダはきっぱりと答える。


「アイツら、現世の未練に引きずられてメソメソしてるだけなんだもの」


 彷徨う魂たちの姿を思い浮かべたのか、再び口元に手を当てて笑う。



 しかし、彷徨う魂たちにとってはそんなことは当然だ。

 急な事故や自殺で死んでしまった魂が、あの何もない三途の川の河原で現世への未練を断ち切るなんて出来るワケがない。


 ワルダはそれがわかって言っているし、そんな魂を自分で生み出していることもわかっている。

 それでもワルダは悪びれもせずにそんなことをしているのだ。


 ワルダの笑顔を見ていると、俺の心には黒く陰鬱な気持ちが渦巻いていった。



「自分が起こした事故で死んだ魂たちが成仏できないことに対して、何とも思わないのか?」


 期待できる言葉が返ってくるとは思えないまま、俺はワルダに尋ねた。




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