第31話 リリィの独白②
ボクの目の前に現れたワルダは、口元に皮肉な笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「いくらイレギュラーで能力を持たせて蘇らせたとはいえ、人間の肩を持ちすぎると痛い目に合うわよ」
「……別にボクは人間の肩を持ってるつもりはないよ。能力を与えた人間を調査対象として観察してるだけだもの」
ワルダには見透かされていると思いつつも、ボクはそう答える。
遣い魔同士で『読心』は効かない。
突然現れたワルダの本心がなんなのか、探り探りいくしかない。
「まあ、いいわ。ただ、富士 翔悟はアタシの担当なんだからね。あまり部外者がちょっかい出すのは勘弁してもらいたいの」
そう。
翔悟の死の担当は、よりにもよってこのワルダだった。
それは考えうる限り、最悪な組み合わせだった。
彼女の組む死のスケジュールで、いくつもの魂が三途の川を彷徨う羽目になっていることを知らない遣い魔はいない。
そう言った意味で彼女は、まさに人間が思い描くままの『死神』であるとも言えた。
こんなワルダなら、ただ翔悟が気に食わないからという理由だけで翔悟を死なせ、三途の川での裁きを開きかねない。
それを防ぐためにも――
「あのときワルダが来なければ、翔悟の『操作』だって止めることができたのに」
ボクは再びワルダを睨みつけながら言った。
翔悟が父親に会いに行ったあのとき、ボクは三途の川へ戻らずに翔悟の後を追っていた。
もし翔悟が取り返しのつかないような『操作』を父親に掛けようとした場合には、口煩く深呼吸をして落ち着くように言うか、いざとなれば無理やり幽体離脱させてでも翔悟を引き留めるつもりだった。
でも、翔悟を追うボクの前へ急にワルダが姿を現し、自分が翔悟の死の担当だと言ってきたのだ。
「それは残念だったわね。もっとも担当のアタシが許可しなきゃ、アンタは……翔悟だっけ? あの男にもう会うことはできないワケだけど」
人間の魂に直接アクセスできる遣い魔の順位は、一位が本人の死の担当の遣い魔で、二位が死神の能力を与えた死神チームの遣い魔になる。
つまり翔悟とのアクセス優先権は本来、ボクよりも死の担当のワルダにあった。
これまで一度も現れることがなかったワルダが、よりによってあのときになって現れた。
そして、そのときにワルダが発したアクセス拒否権限のせいで、ボクは今、翔悟と話すことが出来なくなってしまっている。
だから翔悟が暴走して父親に『操作』をかけたあのとき、ボクは翔悟を止めてあげることができなかったのだ。
「なんであのとき、翔悟を止めさせてくれなかったの?」
今更ではあるけど、ボクはワルダに恨み節を言う。
父親の現在の体調や生活状況を考えると、翔悟の父親が今の妻や他の女性に頼ることなく自活する能力はほぼゼロに等しい。
つまり、翔悟が父親に指示した『誰にも迷惑をかけることなく、自力で奈那から奪った金をすべて返済しろ』という『操作』は、父親の死期を間接的に早めるものであることは間違いなかった。
それは、これまでとは比べ物にならないほど黒に近いグレーの『操作』だった。
――三途の川の裁きが開かれれば、最悪の結果になりかねないほどに。
「いいじゃない。本人の好きなようにさせれば」
ワルダは興味なさそうに言う。
「好きなようにさせておいて、今度は三途の川の裁きを開こうと考えてるんじゃないの⁉ そんなの、ワルダが結果を誘導したようなものじゃない!」
ボクはワルダのその態度にカッとなり、思わず口調が強くなった。
「何を言ってるの。リリィだってあの男に忠告したんでしょ? これ以上はマズいって。だったら本人だって覚悟の上よ」
「あのとき、翔悟はいつもの翔悟じゃなかった! 冷静に考えていれば、翔悟だったら他の解決方法だって見つけられたはずなのに!」
父親への怒りを抑えきれずに『操作』を使ってしまった翔悟は、冷静になったいま、きっとすごく苦しんでいる。
彼の前に立って、いつものように彼をからかって笑わしてあげたい。
「やれやれ、リリィには敵わないな」
なんて照れさせて、心を軽くしてあげたい。
そして、励ましてあげたい。
大丈夫だよって。
ボクがいるから心配しなくていいよって。
翔悟が持つ『操作』の力を知っているボクだけが、今の翔悟の苦しみをすべてわかってあげられるというのに。
今のボクは彼の隣にいてあげることさえ出来なくなってしまった。
「なあに? ずいぶんと知ったような口を叩くわね。まさかリリィ、あの人間のことが好きなの?」
ワルダがボクの目を見ながら尋ねる。
「……そんなワケないでしょ。ボクは遣い魔だよ」
そう、ボクは遣い魔だ。
遣い魔が人間相手に恋に落ちるなんて、あるはずがないじゃないか。
「フッ、そうよね。数百年の時を生きてるアタシたち遣い魔が、いまさら数十年しか生きない人間を好きになっても意味ないものね」
ワルダは艶々と赤く輝く唇の端を思いきり持ち上げて笑った。
「ねぇ、リリィ。悪いことは言わないから、あんな下らない人間の男は忘れなさい。遣い魔は遣い魔同士で仲良くしましょ」
そう言ってワルダは両腕を広げ、
「アタシの気持ちは知ってるでしょう? さあ、おいで」
ボクを抱きしめようとゆっくりと歩み寄ってくる。
――しかしボクは後ろに下がってそれを避けた。
「翔悟は下らない人間なんかじゃない」
ボクはワルダにそう言った。
ワルダはそんなボクを見て、再び妖艶に笑ってみせる。
「まあ、いいわ。今はまだムリでも――」
広げていた腕を下ろし、
「あの男が死んで地獄に落ちても、同じ態度でいられるかしらね」
ワルダは心底、楽しそうにそう言った。
「翔悟に手を出すのはやめて!!」
ボクは思わず声を荒げる。
けど、そのときにはすでにボクの前からワルダは姿を消していた。
「ワルダ! 待って! 話を聞いて!」
ボクのワルダを呼ぶ声は三途の川で空しく響くのみだった。
「……どうしたらいいの」
ボクは呆然として呟いた。
このままでは翔悟が危険だ。
いや、違う。
自分が危ない立場にいることなんか、翔悟はとっくに覚悟している。
一番危険なことは、翔悟が現世に対して全てを諦めてしまうことだった。
あの頃の自暴自棄な翔悟に戻ってしまうことだった。
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