第30話 リリィの独白
翔悟が父親と会った日の翌日。
ボクは三途の川で、翔悟と父親の会話をタブレットで再生していた。
「翔悟、やっぱり父親に『操作』を使っちゃったんだね……」
ボクは溜め息とともにそう呟く。
もともと心配はしてたんだ。
翔悟の心があんなに荒れていたのは、ボクたちが出会ったとき以来だったから。
自暴自棄で、どうにかして自分を傷つけてしまいたいとばかり考えていたあの頃の翔悟と同じように――
◇ ◇ ◇
五か月前、ボクは加納 くるみの死のスケジュールの作成に追われていた。
トラックとの接触事故による脊髄損傷での死。
これが最も加納 くるみに苦痛を与えない死の方法であると確信し、死神さまから承認を貰ったボクは、いよいよスケジュールの最終調整に入った。
この最終調整で現場周辺に現れるだろう人間をピックアップして調査をするのは、死神の遣い魔として当然の仕事だ。
そうしないと万が一、トラックの進行方向に他の人間がいて巻き込まれたりなんかしたら、三途の川を彷徨う魂を無駄に増やしてしまいかねない。
最近は日々の魂回収作業に忙殺されて、そのあたりの調査をしっかりせずに平気で本人以外の人間まで巻き込む遣い魔が増えた。
また、遣い魔たちのそういった暴走行為を止めない死神も多い。
しかし、ボクの上司の死神さまは決してそれを許さなかった。
「死というものは唯一、どんな人間にも平等に訪れる。だからこそ死を司る私たちは、死を慎重に取り扱うべきだと私は思う」
正直、死神さまのこの言葉は今の時流から大きく外れたものだ。
天敵がいなくなり、大規模な戦争も起きにくくなった人間は日々増加する一方。
そのため、人間の多少の減少は他の生物との兼ね合いからいっても当然のことぐらいに死神たちからは考えられている。
でもボクは、死神さまのその言葉にとても共感した。
それを誇りにさえ感じた。
だからボクは、人々の「生きたい」と思う気持ちをできるだけ尊重してきた。
それでも魂の輪廻を守るため、奪われなければいけない魂に対しては誠意を持って対応した。
そんなとき、ボクは翔悟に出会った。
そのころの翔悟は、本当に心が真っ黒になっていた。
理不尽な世界に対する怒りと諦め、苦しみと悲しみが渦巻いていた。
そして、本当の彼はその心の奥底で、生まれたての子猫のように怯えて震えているように見えた。
自殺しかけていたくるみを救うための死のスケジュールなのに、翔悟の方を先に楽にしてあげた方がよっぽどいいのではないかと思ったほどだ。
ただ世の中、苦しんでいる人間は翔悟だけではない。
もっと苦しい思いをしながらも死のスケジュールに救われることなく、また、自死という選択肢を選ぶことも出来ないまま、辛い人生を歩んでいる人はたくさんいる。
このときの翔悟は自殺まで考えていた訳ではなかったから、ボクもあえて対処はしなかった。
でも結局、翔悟は自殺のような形で加納 くるみを救ってしまう。
「死のスケジュールの乱れは残念ですが、彼、富士 翔悟に関しては現世に戻すべきだと思います」
もともと個人的興味で翔悟についての調査資料を多めに集めていたボクは、すぐに死神さまへ翔悟のイレギュラーによる生還を提案した。
「そこまで調査していたのに、何故、こんな結果になってしまったんだ? これで、もし違う人間が巻き込まれていたら大変なことになっていたんだぞ」
死神さまは、少しでも自殺の可能性があった翔悟をボクが注意していなかったことについては怒った。
ボクも思わず口答えはしたものの、死神さまの言うことはもっともだと思い反省した。
だけど一方、翔悟の生き返りに関しては特に反対されなかった。
「リリィの方からそんな要望をするなんて珍しいな」
逆に死神さまは、普段とは違うボクの様子に興味があったみたいだ。
たしかにボクは、死神の力を得て翔悟がどう行動するのかを見てみたかった。
今は真っ黒に染まった翔悟の心の中で埋もれている、ほの暖かい何か。
それが死神の能力をきっかけに表へ出てくるのか。
それとも、ただ力を悪用するだけの人間になってしまうのか。
だからこそ、『操作』の力を積極的に使うよう翔悟を焚き付けに行ったこともあった。
やがて翔悟はボクの期待通り、『操作』で人を救いつづけることによって生きがいを見つけ、自殺しそうだった自分を忘れていった。
◇ ◇ ◇
「せっかく、うまくいきそうだったのに……」
そんなボクの独り言を、
「そう簡単に人間なんかの性格は変わらないわよ」
いつの間にかボクの目の前に現れた、ウェーブのかかった真っ赤なロングヘアが特徴的な美しい女性が否定した。
死神チームのトレードマークともいえるロングコート姿からもわかるように、この女性も遣い魔だ。
「ワルダ……」
ボクは彼女の名を呼び、彼女を睨みつける。
ワルダはボクが最も嫌いなタイプの遣い魔だ。
コイツは周りにどれだけ関係ない人間がいようとも、まとめて死のスケジュールに巻き込むことなんか全く気にしない。
彼女のせいで三途の川を彷徨ったままの魂は数えればキリがないほどだ。




