第28話 悟ったんです
「それにアンタ、それだけじゃねぇだろ、謝るべきことは」
俺の言葉は止まらない。
そして俺がこれほどこのクソ親父にキレているのは、こちらの方が大きい。
「アンタ、奈那に交換条件を出したらしいな」
俺の言葉に、土下座をしているクソ親父の肩がピクリと反応した。
『私が、父の知り合いの社長さんとホテルで食事すれば、父が家に帰ってくるって言うので……』
俺が奈那に『操作』をかけて答えさせたのがこの言葉だった。
コレが、奈那が急に俺に抱かれようとした理由だった。
「アンタ、その社長とやらに奈那をいくらで売ったんだ?」
ともすればこの瞬間にも目の前のクズ男を殴りそうになるほどの怒りを抑えるのに必死だった。
こんなクズが本当に俺の父親なのか?
「……あ、あれは俺の再就職も絡んでるんだ」
「再就職?」
「会社員時代の知り合いの社長でな。奈那の大ファンだから一度食事の席を設けてくれって頼まれたんだ」
クズの口元には歪な笑みが浮かんでいた。
何を笑っているのか、俺には全く分からなかった。
「俺の再就職も斡旋してくれるっていうし、そうすりゃ俺も、玲奈に顔向け出来るようになって玲奈の元へ戻れるんだ」
そして、続けて早口でそんなことを言う。
俺は、何度目になるのかわからないため息をついた。
「本当にそれだけか?」
俺の言葉にクズは一瞬、どこまで俺が知っているのか、様子を窺う雰囲気があった。
「そ、それだけって……?」
クズの目がソワソワと上下に動いているのがよくわかる。
「本当に就職の斡旋だけなのか? まさか、社長から金を貰ったりはしないんだろうな?」
俺の強い口調にクズは観念したかのように、
「就職準備金って名目でいくらか貰うことになってる……」
仕方なく本当のことを答えた。
「準備金って言っても許される額はあるだろ。いくら貰うんだ?」
「……」
「言えよ!」
「ご、五百万、だ……」
俺は思わず溜め息をつく。
タブレットで確認はしていたが、改めて聞いてもバカらしい金額だ。
それだけの額を払って、その社長とやらが本当に食事だけで奈那を帰すつもりでいるとは到底思えない。
いや。
それ以前にこのクズが、本当に食事だけの約束しか社長と結んでいないのかということすら怪しい。
このクズから食事以外の何かを持ちかけなければ、ただの食事にここまで値は吊り上がらないだろう。
この男は金で奈那を売ったのだ。
ああ、マジで気分が悪い。
義理と言えど平気で自分の娘を人に売るこの男も、中学生の処女を五百万で買おうとするその社長も。
しかも――
「いま、玲奈さんのもとに戻るためって言ったか?」
俺は土下座したままのクズを見下して尋ねる。
「な、なんだよ。それ以外に何があるんだ……」
言葉の割に自信なさげにクズが反論してくる。
「アンタが何を考えてるか、もうわかってるんだよ」
コレはリリィのタブレットには書かれていなかったことだ。
リリィのタブレットには事実として起きたことや、身体特徴までしか出ない。
これから先、このクズが何をどうしようとしているかまではタブレットではわからない。
しかし、このクズの思考回路が俺と母さんを捨てたときと何一つ変わっていないことは今日一日で十分わかった。
だったら、この後の考えも簡単に予想がつく。
「アンタ、金が手に入っても玲奈さんのところに帰る気なんてないんだろ? さっきのマキって女のところに転がり込むつもりのくせに」
俺の言葉に、クズは反論しなかった。
つまり、俺の予想は当たっているということだ。
コイツは俺たちを捨てたとき、当時、水商売をしていた玲奈さんのところへ転がり込んだ。
今度は奈那を売って作った金を持って、さっきの女性のところへ逃げるつもりだ。
「アンタがとっくの昔にそんなつもりだったってのに、奈那はアンタをまだ信じてたよ。自分がその社長と食事さえすれば、自分が我慢すれば、玲奈さんは幸せになると思ってた」
奈那だってガキじゃない。
その『食事』が本当にただの食事だけで終わるワケがないこともわかっている。
『そのことを考えると気持ちが暗くなって、どうしてもお仕事に集中できなくて……』
だから職場放棄をして俺のところに転がり込んできたという。
『でも、お母さんに私のお給料が渡っていないと知って、父の考えがハッキリとわかりました。私はただ利用されていただけだったんだと』
母を愛し、自分の芸能活動を応援してくれている父という奈那の中の幻想は一瞬で崩れた。
『そして私が「食事」に行かない限り、父は絶対に私から離れることはないと悟ったんです。だから――』
知らない男に自分の処女を奪われるぐらいなら――
『せめて一番そばにいてくれるお兄ちゃんに、私の初めてを捧げようと思ったんです』
あのときの奈那の絶望と諦めを想像するだけで泣けてくる。
「なんでアンタは自分の子供へそんなに迷惑をかけ続けられるんだ!?」
思わず発した俺の怒声に、
「俺が親だからに決まってるだろうが!」
クズが急に立ち上がって叫んだ。




