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第27話 いいね!

 ――リリィ、いるか⁉


 俺はこんな事もあろうかと持ってきていた猫ストラップリリィとのホットラインを握りしめてリリィを頭の中で声を出して呼ぶ。



「いるよ。父親の居場所を探せばいいんでしょ?」


 すぐに俺の頭へ直接、リリィの声が響いた。


 ――悪い。気を抜いたら逃げられた。


「それは構わないけどさ。あれだけ言ったのに、キミ、深呼吸してないんじゃない? また心の中がグチャグチャになってきてるよ」


 ――この場所は空気が悪すぎてさ。また後でするよ。



 深呼吸したいのは山々だったが、それよりも先にあのクソ親父の居場所を突き止めなければ。



「……わかった。キミのスマホのマップに居場所を共有するよ」


 リリィの言葉を聞くと同時に、俺はスマホを開く。

 ひし形のアイコンがフラフラと中央公園を抜けようとしている。

 恐らく、コレがクソ親父だな。

 動くスピードはそれほど速くないから走ってはいないようだ。

 呑んでてくれて助かった。


 ――ありがとう。


「落ち着いて行動するんだよ? いいね!」


 ――大丈夫。


 頷いて俺は猫ストラップを手から離し、ジーンズの後ろポケットに突っ込んだ。



 リリィは言わなかったが、恐らくリリィは三途の川には帰らない。

 俺のことを気にかけて、このまま俺に付いて来てくれるだろう。

 申し訳ない気持ちと、リリィが後ろにいてくれる安心感がある。

 俺が危うく一歩先へ踏み込まないよう見ていてくれるのだろう。



「行くか」


 俺はスマホを片手に公園に向けて走り出した。



◇ ◇ ◇ 



 クソ親父はよほど俺のことを舐めていたらしい。

 時間に余裕はあったはずなのに、まだ公園の中ほどをフラフラと歩いているのを発見できた。


 駆け寄る俺の足音に気付いたのか、後ろを振り向いて暗闇の中に俺を確認すると、クソ親父が顔をしかめたのが見えた。



「なんでここだってわかった?」


「そんなことはどうでもいい。ふざけるなよ、逃げやがって」


 俺の言葉にクソ親父は舌打ちをする。


「チッ、うるせぇヤツだな。話しゃいいんだろ。そこのベンチに座るぞ」


 クソ親父が顎をしゃくってベンチを指す。

 そこは、何の因果か梨華が絡まれていたベンチだった。


 ベンチの右端にクソ親父が座ったので、俺は左の端に腰掛ける。

 クソ親父はポロシャツの胸ポケットからタバコとライターを取り出して火をつけた。

 残念ながら風下だったらしく、俺の方へタバコの煙が流れてくる。

 また深呼吸できなかった、と思い出した。



「なぁ。なんでお前が奈那のことに首をツッコんでくるんだよ。お前には関係ねぇだろ?」


 タバコの煙とともにクソ親父は吐き捨てる。


「俺もアンタなんか二度と会いたくはなかったんだけどな」


「だったら……」



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


俺はクソ親父の顔も見ずに言った。



「奈那は自分の稼ぎがすべて母親の玲奈さんに渡ってると思っていたぞ」


 玲奈さんは奈那の給料については関与していないと言った。

 それなのに奈那は自分の稼ぎが玲奈さんに渡っていると思っていた。



 じゃあ、その金はどこに行ってる?



「アンタ、玲奈さんから奈那の給料のことについて詮索されないのをいいことに、奈那の稼ぎはすべて自分の口座に入れてるな?」


 玲奈さんが奈那の芸能活動を賛成しなかったことを逆手にとって、この男は自分が後見人を申し出た。

 そして奈那がまだ中学生だからと適当な理由をつけて、奈那のギャラの振込口座を自分の口座にしたのだ。



 コイツが子供の夢を応援しているなんて考えたことがバカだった。



「奈那には、稼ぎの中から玲奈さんにお金を渡しているとか、適当なことを言いやがって」


「……ガキが大金持ったってロクなことにゃならねぇから、俺が預かってやってんだよ」


「玲奈さんに渡せばいいだろ? なんでアンタが貯金しなきゃいけねぇんだ?」


 俺の言葉にクソ親父が俺を睨む。


「血が繋がらなくとも俺は奈那の保護者だ。俺が奈那の代わりに貯金してやってんだよ」


「……貯金、ねぇ」


 思わずため息が出る。

 あきれて言葉もない。


「ところでアンタ、いま、仕事は?」


 俺の突然の質問変更に、クソ親父は再び沈黙する。

 俺がどこまでわかっているのか探ってるのだろう。



 残念ながら全部わかってるんだよ、このクソが。



「アンタ、三年前の奈那の芸能界入りと前後して、その頃に会社を辞めてるな」


 俺の追求にクソ親父は強く舌打ちをする。


「会社に連絡しやがったのか」


 会社に連絡なんかしてない。

 死神のタブレットがある俺に隠し事はできないだけだ。

 ただ、そんなことを説明する必要はないし、そう思わせておけばいい。


「しかも自主退職じゃない。会社の金を横領していたのが発覚して懲戒解雇されたな?」 


 三年前といえば、まだクソ親父は玲奈さんと奈那の下から完全に出ていく前だ。


「よくもまあ玲奈さんや奈那に黙って、会社に通っているフリをし続けていられたもんだな」



 奈那もそんなところだけ似なくてもいいものを。

 


「ただ横領した金額を全額返還したから、会社から損害賠償請求や刑事告訴まではされずに済んでいるようだけど……」


 俺はため息を一つついて言葉を続ける。



「その返還した金、どこから出た? まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてことないよな?」



 俺はクソ親父とベンチへ横並びに座ったまま、ずっと前を向いている。

 だからクソ親父がどんな顔をしているかわからない。



「会社を解雇されてから、会社からの給料として入れてた金も、全部奈那の稼ぎから入れてただけだろ。そのうち自分の分にする方が増えて、ほぼ家には入れなくなったみたいだけどな」



 話せば話すほどクズだ。



「……なんか反論はねぇの?」


 俺がクソ親父の方を向こうとしたとき、クソ親父が急に動いた。



 俺の前で土下座したのだ。



「頼む! 見逃してくれ! 金は必ず返すから!」


 ベンチに座った俺の前で無様に土下座するクソ親父を、俺は冷ややかな目で見下ろす。



「奈那にも謝る! ま、前と同じぐらいの稼ぎの会社へ再就職すれば、すぐに返済できるから」



 いい年をした大人の土下座を短期間で二度も見る羽目になるとは。

 しかも、前回は友達の元カレだったが、今回は実の父親ときたものだ。



「アンタ、前の会社をクビになってもう三年だろ? 前と同じ給料で雇ってくれるような会社があると思ってるのかよ」



 奈那の稼ぎでラクして酒を呑んでたようなクズに、そんなことが出来る訳がない。



「それにアンタ、それだけじゃねぇだろ、謝るべきことは」


 俺の言葉は止まらない。




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