第19話 お風呂はどうしますか?
忠告を終えたリリィが三途の川に戻ると、現世が通常通りに動き出した。
俺も幽体離脱が溶けて、肉体に戻ってきている。
目の前には奈那が正座している。
テレビではBSの経済ニュースが流れていた。
ああ、そうか。
リリィの忠告が重すぎて忘れてたが、今日からこの家に奈那が泊まるんだった。
「お兄ちゃん。今日はお風呂はどうしますか?」
目の前の奈那が尋ねる。
「それな」
……。
お風呂⁉
お風呂がなんだって⁉
「どうしますか……とはどういうことでしょう……?」
さっきまでリリィと死ぬ生きるなんてクソ重い話をしていたのに。
現世に戻ってきて早々、奈那からいきなり風呂の話なんかされたら、どこか聞き逃した部分があるのかと思ってしまった。
「あ、お風呂は浸かりますか? それともシャワーにしますか?」
奈那が改めて尋ねる。
「ああ、なんだ。そういうことか。俺は汗を流せればいいからシャワーでいいけど……奈那は湯船に浸かりたいか?」
こんなお年頃の女の子と一緒に住むこと自体が初めてだから、風呂一つにしたってどうしたらいいかわからない。
「お兄ちゃんがシャワーで済ますっていうなら私もシャワーでいいです」
奈那はそう言ったが、言い方的に浸かりたい気持ちが見える。
人気アイドルだからな。
スキンケアも大事なんだろう。
「あ~、でも今日はちょっと色々あって疲れたから浸かろうかな。お風呂、ためようか」
「ホントですか!」
俺の提案に奈那が相好を崩す。
やはり浸かりたかったのが本音か。
「そうときたら最近、湯船使ってなかったから洗ってくるよ」
「あ、私がやります! 大丈夫です!」
立ち上がりかけた俺を制し、奈那が素早く動いて浴室へ消えた。
今の動きを見る限り、奈那が自分で言った通り、たしかに家事は嫌いではないらしい。
昼食のときも食卓の準備や洗い物など、率先して手伝ってくれた。
きっと、母親がしっかりした人なのだろう。
なぜ母親かって?
クソ親父が自分の子供をこんなにキチンと躾けることが出来るとは思えないからだ。
「湯船を洗ったので、お湯を張り始めておきました」
奈那が風呂場から出てきて言う。
ずいぶん段取りがいいな。
夕食の前にお風呂に入りたかったのか。
そういえば外も暑かったし、そんな中をこの家まで来たんだからな。
シャワーを選択しないでよかった。
「お湯がたまったら奈那から先に入っていいよ」
「え? でも、お兄ちゃんの家なんだからお兄ちゃんが先に……」
「俺はまだちょっと用事があるから」
適当なことを言って一番風呂を奈那に譲る。
「そ、そうですか? それじゃ、お先に……」
奈那は嬉しそうに持参してきたカートを開けて荷物を探り始める。
そうこうするうちに、それほど大きくない俺の家の湯船にはもうお湯が溜まった。
「じゃあ、お兄ちゃん。お先に」
「うん。ゆっくり浸かっておいで」
俺の家は風呂場と洗面所へとつながる通路の入口はアコーディオンカーテンになっている。
しかし、この家が俺の一人暮らしになってから一度も閉められたことはなかった。
男の一人暮らしで意味がないからな。
そのカーテンが一年半ぶりに閉じられた。
――あのカーテンの向こうで、人気アイドルが生着替えをしている。
そう考えると俺の股間の相棒がついつい元気に……。
ならなーーーい!
全然なってなーーーい!
俺の相棒はシュンとしている。
くるみの時とは大違いだ。
俺にはその理由も分かっている。
さっきのリリィのヘヴィな話のおかげである。
死神に殺されるだの三途の川で裁かれるだの、しんどい話が続いた。
思い出すと今でも気持ちが暗くなる。
しかし、あの話を思い出すだけで、のん気に相棒を勃起させている気分ではなくなるのだ。
精神的な理由で勃起不全になってるって考えるとちょっと心配だが、義妹の前であられもない姿を見せる恐れがないのは助かる。
かといって奈那を意識しないかというとそうでもない。
アイドルが俺の家のお風呂に入ってるなんて考えると勉強したり本を読んだりする集中力まではさすがに出ない。
仕方ないので観る気もないテレビをつける。
「あなたの心のセンター担当! 中学三年14歳、ナナリンこと愛川 奈那です!」
「「「「四人そろってCuoreです! よろしくお願いしまーす!」」」」
まさかのタイミングでテレビ画面に、いま俺の家で風呂に浸かってる本人が出てきて驚く。
時計を見れば夕方。
月曜から金曜に帯で放送している地元テレビ局制作の情報番組だった。
画面には、いかにもアイドル然とした格好の女の子たちが奈那を含めて四人並んでいる。
「これがクオーレの四人か」
地元の芸能事務所でスカウトされたローカルアイドルだから、こういう地元の情報番組に出てるのだろう。
番組では、街中に最近できたスイーツの店の行列に四人が驚いていた所だった。
バッキバキのアイドルの衣装で街中ロケをしてる姿は多少シュールではあったが、本人たちはいたって真面目にやっている。
「あ、この店……」
この店は知っている。
俺のバイト先『飛行艇』からちょっと離れた場所にできた店だ。
たしかにいつも若い女性がたむろしていて何の店かなと思っていた。
さすが今、人気のアイドルグループというだけあって、奈那以外のメンバーも十分かわいい。
しかし兄の贔屓目をのぞいたとしても、メンバーの中で奈那がダントツにかわいかった。
見た感じ、他のメンバーは奈那より年上のようで、奈那はグループでも妹分といったポジションらしい。
年上の三人のメンバーが、お姉ちゃんとして妹の奈那を構ってあげてるという感じだ。
なんとなくグループ全員の仲の良さが見て感じられる。
テレビに出ずっぱりのトップアイドルと違う、いい感じの田舎臭さが好印象だった。
「人気が出るワケだな」
一人呟きながら、俺はそっとテレビの音量を上げた。
風呂場から聞こえる水音に心乱されたからでは決してない。
……ないんだからね!
俺は奈那のお兄ちゃんなんだから!
これで2021年の最終投稿となります。
今年は予想外に沢山の方に読んでいただき、本当に幸せな一年でした。
第5章はもうしばらく続きます。
明日も17時更新です。
それではよいお年をお迎えください。




