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第13話 ……あります

 失踪したクソ親父が入れなくなった家計のために、奈那が芸能活動を続けているという事情はわかった。



「けどここ数日、思っていた以上に仕事が忙しくなってきちゃって、ちょっと疲れてきてるんです」


 奈那が言いにくそうに呟く。



 たしかに梨華も夏休みは撮影やらで忙しいしな。

 高校生の梨華よりも義務教育中の奈那の方が普段、芸能活動が自由にできない分、こういう長期休暇中は仕事が増えるのかもしれない。



「でも家に帰ってお母さんの顔を見ると、どうしてもお金のことを考えちゃうんです。お父さんのいない分、私が頑張ってお仕事して稼がなきゃって思うし。そうなるとなんとなく家でも気が休まらなくなってきて……」



 まだ十四歳なのに、仕事の大変さに加えて家計の大黒柱までしていたらストレスも溜まるか。

 まあ、ちょっと気の毒ではある。

 元凶はすべてクソ親父だけど。



「そんなときにお兄ちゃんの写真のことを思い出して。それで、お母さんには少しの間、お兄ちゃんのところにお世話になりに行くって一方的に伝えて、半ば衝動的に家を出てきちゃったんです」


 奈那が俯きながら言った。



「欲しかった兄弟と、適当な避難場所として俺の家を選んだってことか」


「そ、そんなことは……」


「ないのか?」


「……あります」



 まあ、そういうことだろうな。



「いま、この家は母さんが他界して俺が一人で暮らしているってのはもう分かっただろ?」


「はい」


 奈那としては、俺と母さんが二人で暮らしていると思ったから、ある意味、安心だと思って来たのだろう。


「それがどういうことかわかるか?」


「はい! この家の家事をすればお世話になってもいいってことですね! ありがとうございます!」



 わかってなかった。



「違う! 血のつながらない男女が一つ屋根の下、しかも、たった二間しかないこの家で暮らす訳にはいかないってことだ。危ないだろ?」


 俺は強い口調で言った。

 ここで強く言って、奈那の方から諦めさせようと思ったのだ。



 しかし奈那もココが正念場だと思ったのか、力いっぱい反論してくる。


「でも、私にはここしか行く場所がないんです! 仕事を休んでも家にいたら落ち着かないけど、落ち着かない理由を言えば家計の話になるからお母さんに言えないんです! ただでさえお父さんのことで悩んでいるのに、私が家計のことまで言ったら、より一層責任を感じさせちゃいます! 親戚の家に泊めてもらおうにも、反対されながら未婚で私を生んでくれたお母さんに頼れる身内はいませんし、私も中学に入ってから芸能活動に忙しくて泊めてもらえるクラスメートもいません! かといって、いくら芸能人とはいえ中学生がホテルに連泊なんて出来ないし! お兄ちゃんしか頼れる人がいないんです!」


「お、おおぅ、そうか……」



 思った以上に、ここにしか来れない理由が多すぎて反論しにくい!



「先ほども言いましたけど、居候させていただく間はお家のことはなんでもします! お母さんを支えるために家事はやってきたので得意です! 仕事で帰りがどれほど遅くなっても必ず家事はキチンとします!」


「いや、でもな……」


 めげずに俺はなんとか反論しようとするも、


「お父さんとお母さんの結婚の経緯から、お兄ちゃんにこんなことを頼める義理はないことは重々承知しています! でも助けてください! お願いします! お願いします!」


俺の言葉を遮って、奈那が正座のまま、畳に手をつき頭を下げた。

 そのまま微動だにしない。

 参った。



 ――女性には優しくしなさい。


 母さんの言葉を思い出す。



 ――いいのかい? 母さん。

 この子はアナタの夫を奪った女性の娘なんだよ?



 俺は心の中で母さんに問いかける。


 もちろん、答えはない。

 俺がどうするか。

 どうしたいのか。

 自分で考えるしかない。



 美幸の家を頼ろうにも、アイツの家は今、家族で海外旅行中だ。


 梨華、吉野さん、しぃちゃんたちには既に聞いた。


「リカの家はパパもママも不在が多いし、私も撮影が続いてるから……」


「私の家はちょっと厳しくて、人を泊めたりとかできなくて……」


「ウチの家は広いけどウチ自体がおばあちゃんトコの居候やからなぁ」


 三人の家のどこかに泊めてもらえればと思ったんだが……。



 やれやれ、仕方ない。



「奈那のお母さんには俺の家に泊ることはもう連絡してあるのか?」


「はい、もちろんです」


「奈那のお母さんは、俺がまだ母さんと二人暮らししていると思って安心して奈那をウチに預けるつもりなんだろう。今は俺一人で暮らしていると知ったら余計な心配をかける。それについては黙っておけよ」



 加納 くるみの裸の誘惑にさえ勝った、据え膳を食わぬことには定評のある俺だ。

 さっきは奈那を諦めさせようとして危ないと言ったが、誰よりも俺が、自分は奈那に手を出さないと信じている。



「そ、それじゃあ……」


 奈那が少し頭を上げて俺を見つめる。

 大きな瞳が涙を浮かべて輝いていた。

 それを見た俺の胸の奥が少しうずいた。


「何日、ここにいるつもりだ?」


 胸の疼きが表に出ないよう、俺は奈那の顔から視線を外し、いつも以上にぶっきら棒に尋ねる。


「できれば夏休みいっぱい……」


 奈那が恐る恐る答えた。

 俺はテレビの前の卓上カレンダーを見る。



 今日が8月22日だから31日まで十日間か。



「夏休みいっぱいは長すぎる。最高で一週間だ。それなら居候させてやるよ」


 俺は渋々、妥協案を提示した。



 瞬間、奈那は頭を上げ、


「ありがとう! お兄ちゃん!」


笑顔で礼を言った。

 まさに極上の笑顔だった。



 その笑顔を見て、ふと俺は。



 ――そういえば奈那って演技も出来るってしぃちゃんが言ってたな。



とぼんやりと思い出していた。




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