第11話 探し物はコレですか?
「――っくは!!」
大きな呼吸とともに、俺は現世の身体に戻ってきた。
その直後、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 目を覚まじだ‼ よがっだぁぁーーー‼‼」
俺の目の前にいた狩野くるみが叫びながら、両手で俺の肩を掴み前後に力いっぱい揺さぶった。
ちょ、ちょ!
あまり揺さぶらないで!
頭がフラフラしてるけど、三途の川から帰ってきたせいなのか、揺さぶられているせいなのか分かんなくなるから!
やれやれ。
「助けてもらった」って言っても俺が勝手に飛び出しただけなんだから、そんなに気にしなくていいのに。
死神のタブレットでも見たが、涙と鼻水で顔がグチャグチャになってるじゃん、この人。
……まあ、でも、だいぶ心配させたみたいだから、とりあえず俺は無事だって安心してもらうか。
「あの、ありがとうごz……」
俺が、くるみに声をかけようとした瞬間――
「おお! 目を覚ましたぞ!」
白衣にマスク姿の男性が、自動体外式除細動器パッドを手に持ったまま、横から俺を覗き込んだ。
誰かと思ったが、服装を見ると救急隊員だ。
そういえば、救急車が近づく音がリリィのタブレットを見たときに聞こえていたのを思い出す。
「よし、病院へ運ぶぞ! ストレッチャー持ってこい!」
「はい!」
声をかけられた背後の隊員たちがストレッチャーを運んできた。
え? 今から病院?
「ま、待ってください! 大丈夫です! 俺、怪我ないんで!」
俺は慌てて、救急隊員を引き止める。
「何を言ってるんだ! 君はさっきまで心停止していたんだぞ!?」
知ってます。
たしかに死んでいたし、そのまま死ぬつもりだったけど帰ってきました。
「今から病院で精密検査するから! 早く行くよ!」
「精密検査!? いえ、いいです! 結構です! また今度、暇を見つけてお邪魔しますんで! 今日は急いでますから!」
リリィがすべての怪我を治したと言っていたし、検査で逆に健康体そのものだということがバレた方が、話の辻褄が合わなくて面倒になりそうだ。
そんな所から死神のことを勘繰られたりしたら、帰ってきて早々『操作』能力がなくなる羽目になるぞ。
「何をバカなこと言ってるんだ! ほら、いくよ!」
しかし、救急隊員は問答無用で俺を抑えつけてストレッチャーに乗せてしまった。
うーん、こうなったら仕方ない。
逃げます。
救急車の車内にストレッチャーが運び込まれる瞬間を狙い、俺はストレッチャーを飛び降りて、ダッシュでその場から逃げた。
「えー!? なんでケガ人が逃げるのー!」
救急隊員の間抜けな声が背後で微かに聞こえた。
すみません、ご心配かけました!
俺は大丈夫なので、俺以外の死のスケジュールに巻き込まれそうな人を救ってください!
俺は頭の中で詫びつつ、事故現場から走り去った。
◇ ◇ ◇
あれだけ派手に逃げ出した後だというのに、一時間ほど後になって、俺は再び事故現場に戻ってきていた。
まだ救急隊員や現場検証の警察が残っていたりしたら面倒だから、できれば近寄りたくはなかったのだが……。
「鞄、忘れてきちゃった……」
そう。
逃げるとき、俺は学校鞄を忘れてきたのだ。
鞄の中には生徒手帳を入れっぱなしにしてある。
当然、そこには俺の名前もクラスも住所までも書かれている訳で、そこから学校へ問い合わせの電話なんかが入ったりしたら一大事である。
かといって誰もいない場所に、俺の鞄が一時間もそのまま置きっぱなしになってる可能性もなさそうだが――
「やっぱり、ないかぁ……」
事故現場は先ほどまでの大騒ぎが嘘のように通常の雰囲気へと戻っていたが、俺の鞄はどこにも見当たらなかった。
「ヤバいなぁ。救急隊員に持ってかれちゃったかな」
俺は諦めきれずに、事故現場付近の道路わきの草むらなどをアチコチかき分けて探していた。
――と、そのとき。
「あ! やっぱり戻ってきたわね!」
女性の声が聞こえたので、俺はそちらを振り返る。
「ああ、あなたは……」
振り向いた先には、狩野くるみが立っていた。
なんで、まだここにいるんだ? この人。
「富士翔悟くん。探し物はコレですか?」
くるみが掲げて見せたのは、俺の学生鞄だった。
見慣れたストラップがついてるから間違いない。
「あ! ソレ、俺の鞄!」
「私が見つけて持っておいたの。きっと探しにくると思って」
「すいません、ありがとうございます。ところで、俺の名前は……?」
「申し訳ないけど、鞄を開けて中身を確認させてもらいました。で、これから」
くるみは俺の生徒手帳を出す。
やっぱり、な。
やれやれ。
今日はなんだか、知らない人から名前を呼ばれることが多い日だ。
「あんな事故に遭ったのに、救急隊員さんを振り切ってまで逃げ出すから驚いたわよ」
「いや、ホントに大したことはなかったんで。病院なんて行くのも面倒だったし」
「救急隊員さんが唖然としてたわよ。さっきまで心臓が止まっていた人の逃げ方じゃないって。思わず笑っちゃった」
救急隊員の顔でも思い出したのか、くるみはコロコロと笑った。
「あんな一目散に逃げるなんて、よほど理由があるのかしらと思って、鞄だけこっそり保護した後は、君のことを聞かれても知らぬ存ぜぬで通しておいたわよ。ま、実際、全然知らないんだけど」
「助かりました。じゃ、鞄を貰います」
機転の利く人で助かった。
俺は彼女の手から鞄を受け取ろうとする――
「いいえ。まだ渡せません」
が、くるみは俺の鞄を自分の背中側に回して、俺から遠ざけた。




