第8話 わかったわよ!
「ねえ。なんでそんなに私たちの言うことを信じられないの?」
いまだに首を傾げている俺に痺れを切らしたのか、吉野さんが俺に聞いてくる。
「……いや、吉野さんたちを信じてないんじゃなくて、俺自身を信じられないんだよね。だって俺なんて別にイケメンじゃないし」
俺が答えると間髪入れずにしぃちゃんが、
「好みで言うたら、しょうちゃんなんてウチの好みと全然違うで。アキくんと鶴見さんのこと知ってるやろ?」
と言った。
ああ、そうだった。
しぃちゃんの好みって年上男性だった。
「それに俺みたいなつまらない人間が三人のように素敵な子たちから好かれる要素なんてないし」
俺の答えに、しぃちゃんが溜め息をつく。
「あんな? 普通の男子高校生はそんなストレートに女の子のことを素敵、なんて言われへんもんや。そういうところも好感度高くするんやで」
「え、そうなの?」
「そうや。そんなん、ウチが付き合うてきた大人たちが余裕を見せて言うセリフや」
俺は大人で余裕があるからストレートに物事を言ってるんじゃない。
俺が隠し事をできなくなったのは、間違いなくあの死神チーム二人のせいだ。
「聞いて、興津くん」
吉野さんが俺を自分の方へ向かせて話し始める。
「私は去年、興津くんの勉強姿を見て密かに憧れていたの。それがこの間のことをきっかけに本格的に好きって意識するようになった」
この間のこと、というのが北上とのことであることはよくわかった。
「そして私と同じように、梨華ちゃんも詩織ちゃんもそれぞれ、興津くんに支えられた経験から好きになっていったんだと思う。ひょっとして興津くんは、君が私たちにしたことを軽く考えてるんじゃない?」
「軽く?」
「そう。私たちは興津くんのお陰で今、笑顔でいられるんだよ。それを信じてくれなきゃ、今の私たちの笑顔も信じられないってことになっちゃう」
「俺のおかげ?」
俺は吉野さんの言葉を一度、しっかりと考えてみる。
しかし、俺は母さんからの影響で、男は女性に対して優しくあるべきと叩き込まれてきただけだ。
だからこそ女性には笑顔でいてほしいし、俺の力が及ぶ範囲なら手助けになりたいと思ってやってきた。
そこに、何かの見返りを求めたつもりはないんだけど……。
「三人は俺のお陰だと思ってくれてるの?」
「もちろんだよ! 公園で翔悟にあの二人から助けてもらわなかったら、リカはどうなってたかわからなかったもん。それに、パパとママとも仲良くなるキッカケがなかった。だから今、リカは笑顔でいられるんだよ」
「ウチも一緒に京都まで付き合ってくれへんかったら、いまだにあの苦しい想いを抱えてなあかんかったと思う。ウチのために鶴見さんの家まで迎えに来てくれたんも嬉しかった」
二人の言葉に取り繕った雰囲気はなく、二人が本気でそう思ってくれているということは俺でもよくわかった。
「三人とも、ありがとう……」
『操作』を得てやれることが増えたからやっただけで、本当なら俺には何もできなかった。
介入しすぎてお節介かもしれないと気になっていた部分もある。
でも三人がそう思ってくれていたのなら良かった。
「……かといって、誰か一人を選べってムリだよ」
結局、話は振り出しに戻る。
これまで誰かに選ばれた経験のない俺が、誰かを選ぶなんてムリに決まってるのだ。
しかし――
「あ、ウチのことは気にせんでええよ」
ここでしぃちゃんが手を上げる。
「……え? 気にしなくていいって、どういうこと?」
「ウチ、相手に奥さんや恋人がおる人と付き合うことが多かったやろ? おかげで独占欲ってあんまないねん」
「え? アキくんや鶴見さんは?」
アキくんは家族間での問題もあったし、鶴見さんの騒動で藁科先生は別れたけど……。
「アキくんは向こうが奥さんと別れてウチに絞る言うただけや。ホンマに別れてくれるんやったらラッキーやったけど、まあ、ムリやったしな。鶴見先生んときはウチも京都から越してきたばかりで、たしかに依存し過ぎやったけど……」
「いつもはそうじゃないってこと?」
「うん。いつもは順番とか嫉妬とか別にええねん。ウチが好きでおったらええんやから」
その言葉は、いかにも自分の想いを強く持つしぃちゃんらしい言葉だった。
「しかもウチが憧れるモデルの梨華ちゃんと同じ人を好きになるなんて光栄やん。そんなんウチが一番になろうなんて恐れ多いわ」
「それ、よくわかんないけど」
俺は口を挟む。
「だったら私も一番じゃなくていいよ」
今度は吉野さんが言い出した。
「私ももともと去年から憧れてた興津くんとこうやって接点が持てたことだけで満足してたんだもの」
なんだか吉野さん、吹っ切れて言いたいこと言い出したな。
「興津くんのことだから、二番手三番手の彼女だからって粗末に扱うようなことはしないと思うし」
「いや、二番とか三番とかさ……」
「ほらね。順番を付けられないってことは、三人とも平行で気になってるってことでしょ?」
……そうなのだろうか?
ただ、この異常な状況にオロオロしてるだけのような気がするのだが。
「待って待って。それじゃアタシだけが自分を選んでって言ったら、スゴく独占欲が強い感じじゃない?」
梨華が慌てて口を挟む。
「そんなことないわよ。それでいいと思う。でも梨華ちゃんが興津くんと付き合ったからって、私が興津くんを好きって気持ちは抑えられないわ」
「そやね。彼女の立場は梨華ちゃんに譲っても、好きって気持ちは譲られへんかな」
吉野さんとしぃちゃんがはっきりと言った。
「そやから、隠れてウチらにコソコソ動かれてるよりも、三人仲良くしょうちゃんを共有する方がええんやないかな~って思うけど……」
しぃちゃんがスゴい提案をしてる。
そんなの、断りようがないんじゃないのか?
これまでしぃちゃんが付き合ってきた大人たちが、なぜ浮気や不倫などの危ない橋を渡ってきたのか。
その理由がなんとなく分かったような……。
「――もう、わかったわよ! じゃあ、三人で翔悟を分け合う形にすればいいのね!?」
「いいわよ」
「ほな、ウチら三人は同列の彼女ゆうことで」
このとき俺の脳内でピコーンという音とともに、『ハーレムルートが解放されました』という言葉が響いた気がした。
「ま、待って! 俺の意見が全く反映されてないけど!?」
「なんや? こんな美少女三人に言い寄られて不満でもあるん?」
「いや、それはないけど」
そんな贅沢いったら全男性に殺されてしまう。
「それやったらええやない」
「いいの!? ホントにそれでいいの!?」
俺の必死の抗議はあえなく撃沈した。
「ねぇ、童貞は誰が貰うん? マンガやないんやし、処女と童貞の初体験なんか絶対うまくいかんよ? ウチが筆下ろししよか?」
「ええ!? そんなことまで決めるの!?」
「当たり前やん。セックスの相性は大事やで。初体験がうまくいけへんかったら、そこからの関係もギクシャクするしな。ま、ウチはどっちでもええよ」
「お、興津くんの初体験……。図書館で予習してこないと」
「涼子ちゃんの大きなおっぱい見た後だと、リカのおっぱいはガッカリされちゃうかな……」
吉野さんと梨華は完全にトリップしてしまってる。
ていうか、俺の初体験相手まで決めようとしてるの、この人たち。
このとき。
なんと本日四度目のドアフォンの音が鳴った。
このときのドアフォンの音ほど、俺にとって福音に聞こえたものはない。
「は、はい!」
もう誰でもいい。
この状況を打破できるのだったら、どんな人が来てもいい。
俺はそう思いながらドアを勢いよく開けた。
玄関先には、ロングの黒髪が目に映えるセーラー服姿の女の子が立っていた。
長い睫毛にスラリと伸びた鼻梁。
大きな目に少し青みがかった瞳。
姿勢のいい立ち姿。
身長は百六十後半の梨華より少し高いぐらいか。
そして胸が吉野さんに匹敵するほど大きい。
控えめにいっても、抜群のスタイルと驚くほど整った顔の美少女がそこに立っていた。
「ど、どちら様ですか?」
予想もしていなかった来訪者のあまりの美しさに、素でどもってしまう。
でも、なんだろう。
なんとなくどこかで会ったことがある気が……。
俺がそんなことを考えていたところへ、目の前に立つ女の子が口を開いた。
「富士 翔悟さん、ですか?」
彼女の声は耳に心地よく、やはりどこかで聞いた覚えがあった。
「あ、はい。そうですけど……。どちら様でしたっけ?」
顔と声に覚えがあるから、一度会ったことがある前提で尋ねてみる。
「わたし、安倍 奈那って言います」
「え、安倍……?」
たしかに、その苗字は聞いたことがある。
聞いたことがある、というか……。
俺が考えを整理する前に、目の前の少女は言葉を続けた。
「初めまして。お兄ちゃん」




