第6話 狙ってるんです!
「ウチ、しょうちゃんを狙ってるんです!」
なんで俺の家に来ているのかという梨華の質問に、しぃちゃんは笑顔でそう答えた。
「し、しぃちゃん、何言い出してるの!?」
俺は慌ててしぃちゃんに問いただす。
たまに俺をからかうことがあるしぃちゃんではあるが、今はちょっとタイミングが違うんじゃないかしら?
ほら、なんか梨華も怒った顔してるし。
「――翔悟」
梨華がゆっくりと俺の名を呼ぶ。
「は、はい……」
怖ぇ……。
「二人はしょうちゃん、しぃちゃんって呼び合ってるの?」
「あ、気になったの、そっち!?」
狙ってるって言葉の方じゃないの?
「何言い出すって、そのまんまの意味や。しょうちゃん、ウチの気持ちに全然気づいてくれへんし。はっきり言うしかないな思て」
俺と梨華の話を気にせず、しぃちゃんが言う。
「いや、そりゃ気付かないよ、そんなの!」
だって、藁科先生と鶴見さんの騒動はこの夏休みの前半のことだぞ。
しかも京都でのアキくんのこともあったから、より一層しぃちゃんの前で恋愛のことはタブーと思って接してきたんだ。
「ウチ、好きでもない男に胸元見せようなんてせぇへんよ? たしかに、これまでの恋愛から軽い女に見られても仕方ないかもしれんけど……」
しぃちゃんが悲しそうな顔をするので、
「そ、そんなことは思ってないよ」
俺は慌ててフォローに入る。
「うん、わかってくれたらええねん」
しぃちゃんがケロッと笑顔になる。
あ、この人、またやりやがった。
「もっとゆっくり、時間をかけて攻略するつもりやったんやけどな。自分みたいな朴念仁、はっきり言わんといつまで経ってもこっちの好意に気付きそうになかったし、ええ機会や」
ええ機会て何それ。
コッチはただただ驚いてるんですけど。
「あ、それと、ウチが告白したついでってワケやないけど、そこの吉野さんも言いたいことあるみたいやで」
しぃちゃんが親指で吉野さんを指す。
「ええ⁉ わたし⁉」
しぃちゃんに突然名を呼ばれて、居間からこちらの騒動を伺っていた吉野さんが、どこから出したのか分からない声を上げた。
「吉野さんは別にないみたいだけど……?」
吉野さんの驚きぶりを見ると、今のはしぃちゃんの無茶ぶりなんじゃない?
だが俺のそんな考えを無視して、しぃちゃんは吉野さんに語り続ける。
「吉野さん、さっきも言うたやろ? しょうちゃんは、いつまで経っても自分が好意を向けられていることに気付かへん。そこがええトコでもあるんやけど、あかんトコでもある。せやから好意ははっきりと伝えんとあかんよ」
いやいや、しぃちゃんは何か勘違いしてるんじゃない?
「しぃちゃん、吉野さんを困らせるだけだから、あまり変なこと言っちゃダメだよ」
しぃちゃんが何故そう思ったのかわからないけど、吉野さんの前の恋愛を知ってる俺にはわかる。
吉野さんが俺に好意を向ける訳がないたではない。
だって、吉野さんが好きだったのは元サッカー部のイケメンスポーツマン北上だぞ。
俺みたいな、オマケしてもらってようやくフツメン寄りの超文化系男を好きになる訳がないではないか。
まあたしかに、性格だけはアイツよりマシだと思ってはいるけど。
ほらほら。
吉野さんが困って顔を真っ赤にしてるじゃないか。
「大丈夫だよ、吉野さん。俺はもちろん、そんな勘違いしないからね」
俺がそう言うと吉野さんは首を横に振った。
そしてゆっくり立ち上がると、何やら意を決した顔つきをこちらに向けた。
待って、吉野さん。
何を言い出す気?
「興津くん。私も興津くんのことが好きなの」
「はい⁉⁉」
あー、大変。
しぃちゃんのせいでこの部屋の中がおかしな空気になっちゃったよ!?
「よ、吉野さん。しぃちゃんが煽ったからって変なテンションになってない? 落ち着いて冷静になって」
「ううん、私は冷静よ。私は、興津くんのことが……好き」
一言ずつ区切りながら、そして最後の二文字だけは自分の前に気持ちをそっと置くように、吉野さんは言った。
「マ、マジで……?」
吉野さんの突然の告白にいまだ現実味が感じられない俺を、
「しょうちゃん。女の子の真面目な告白に対して冷静になれ、だなんて言うたらアカンよ」
しぃちゃんが窘めてくる。
――ああ、たしかに。
吉野さんが本気で俺のことを好きと言ってくれたのなら、『しぃちゃんに煽られて告白した』なんて言葉は失礼だ。
「ご、ごめん、吉野さん。まさか吉野さんが俺のこと、そんな風に想ってくれていたなんて全然気付かなくて」
「ううん、いいの。興津くんの前では私も恥ずかしくて、そんな素振りを見せないようにしてたから。特進のクラスメートには相談してたんだけどね」
吉野さんは頬を赤く染めながら話す。
吉野さんのクラスメートってことは去年の俺の同級生ってことか。
いったい誰に相談したんだろう。
「でも梨華ちゃんも巴さんも、まっすぐ興津くんに気持ちを伝えてるのを見て、私だけがこんなことじゃいけないって思ったの。今日、こんな形で告白するとは思ってなかったけど……」
眼鏡を何度も上げながら真っ赤になって照れてる吉野さんは可愛い。
ひょっとして俺って眼鏡属性の人だったのだろうか?
と、そのとき――
「……アタシが知らないうちに涼子ちゃんだけでなく他校の先輩まで手をつけるなんて、とんだモテ男ね、翔悟」
いつもより1オクターブは低い梨華の声が俺の背中から聞こえる。
しまった!
部屋にいる吉野さんの方を振り向いていたので、玄関に立ったままの梨華を忘れていた。
恐る恐る玄関側を向くと、梨華が般若のような顔をしていた。
「ひ、ひぃぃっ!」
「まったく、いったい何の勉強をしてたっていうのかしら」
「な、夏休みに入ってからは物理を中心に一学期の復習と二学期の予習を……」
「しょうちゃん。矢作さんが言うてることは多分、そういうことと違うで」
しぃちゃんが俺の肩を叩く。
え? え?
勉強内容を聞いたんじゃないの?
なに?
なんだかよくわかんなくなってきた。
パニックに陥る俺を横目で見ながら、
「あの、矢作さん。玄関ではなんだから、みんなで中で話しませんか?」
しぃちゃんが梨華に提案した。
「お、俺の意見は……?」
いま、この状況で俺の家にこの三人を同時に居させるのは良くないのではないか?
普段はほぼ発揮されない俺の勘が必死に警報を鳴らしていた。
「今は我慢しとき」
「はい……」
アラートはしぃちゃんの手でアッサリ止められた。
梨華は吉野さんとしぃちゃん、そして俺を見回して、
「はあ……。ま、今日はもともと久しぶりのオフで遊びに来たからいいわ」
ため息とともに玄関に入り、後ろ手でドアを閉めたのだった。




